命の番人

小夜時雨

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命の番人

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「はい。私には覚悟が足りなかった。そして、刀鍛冶という仕事について理解が足りていなかったのです。」

 鍛冶屋は眉間に皺を寄せ、そうぽつりと言った。その声はよそよそしく、後悔の念に駆られていることが、男にもひしひしと伝わった。鍛冶屋はいつのまにか作業していた手を止めていた。しばしの間、火のはぜる音だけが響く。

「刀鍛冶は刀を作る。それだけではないのですか?」

 男の思い描く鍛冶屋とは、武器を作る職人、というものである。そして、その武器は時に人を守り、傷つけるものだということだ。
 この認識は世間一般的なものであり、間違った考えではない。鍛冶屋だってこのことは昔からわかっていただろう。

「いいや、私も以前はそう思っていました。しかし、戦というのは武器がないと始まりません。素手でも戦えはしますが、非効率的ですし、いつかは強大な力を欲し、武器を手にするようになるはずです。武器とは争いを加速させるものです。それを作る鍛冶屋は刀を持つ武人の命の行方を左右する。そしてさらには、その刀で奪われた人の命でさえ、鍛冶屋がいなければ失われなかったものだったのです」

 つまりは鍛冶屋とは人の生死を司る仕事。それは自分では見通すことのできないほどの多くの人の運命を変えるもの。

「私は刀鍛冶の持つ責任の重さに気づき、恐れました。そして、その重さを背負うことは自分にはできないとわかったのです。」

 自分の弱さに気づくということ。それは目を背けたい現実であるし、出来ることなら蓋をして、自分の好きなことをした方が、楽だっただろう。しかし、鍛冶屋は全てを受け止めて、生きがいだった刀作りをやめた。
 人によっては職人の誇りを棄てたと言う者もいるだろう。しかし、男としては自分の弱さを真っ向から受け入れた鍛冶屋は強いと感じた。
 いや、俺がこの人達に恨みがあるから、戦の道に進むことをやめたことを肯定的に感じているのかもしれないが、と男は慌てて考えを打ち消そうとした。
 鍛冶屋のことを恨んでいたにもかかわらず、いいところがあると考えてしまうのはなんだか少し癪だったのだ。

「それで、ここで野鍛治をしているのですか」

 もともと職人として生計を立てていた彼には国から与えられた土地はない。農業で稼ぐこともできないし、自身の才能を生かすなら、この方法が一番良かったのだろう。と、男は鍛冶屋がこんな辺鄙な所に住んでいる理由を考えた。

「そうですね。私はこの技術でなんの罪もない人たちの命を奪ってきました。ですから、つぎは人の力になれることをして、せめて罪を償いながら生きようと決めました。償いきれるか、償いになるのかさえわかりませんが、私にはこれしか浮かばなかった。」

 そう言った鍛冶屋の目には強い光が浮かんでいた。男に刀を作れないと断りを入れた時の目と同じだ。これは鍛冶屋の覚悟そのものだと男は感じ取ったのだった。
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