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1.スタダ

24.桜の舞う季節に… 4 、ララの手紙

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クロード商会が見えてきた。
オレの手にはララさんのルークさんへの想いが詰まった、手紙の入っている白い封筒。

そしてクロード商店に着くと、そのまま入口のドアを開いた。
店内に鈴の音が鳴り響く。
ルークさんはカウンターに居るようで、店内に他の客の姿は無い。
誰かが入ってきたことに気づき、ルークさんが反応する。

「いらっしゃいませ!…おや、貴方は……」

入ってきたのがオレだと気づくと、ルークさんは困った様子を見せる。
オレはその様子を気にせず、ルークさんの居るカウンターへと近づいていく。

「何度も訪れて仕事の邪魔をしてしまい申し訳ありません。ですがこの件で訪れるのは今回で最後にするので、お許しください」

「…人探しの次は何の用でしょうか?」

ルークさんは明らかに不機嫌な様子を見せる。
けれど今回はここで退いてはいけない。

「実は…ララさんに手紙を書いて頂きました」

ルークさんはオレの言葉に目を見開いて驚く。
…オレには怒っているというよりは、焦っているように見える。

「ルークさん。この手紙にはララさんの想いが全て詰まっています。この3年間の後悔と謝罪…そしてあなたへ抱いている想い。正直ルークさんがこの3年という期間を、どのように思いながら過ごしていたかは分かりません。ですが、少しでもララさんに思ところがあれば……この手紙を読んで頂けませんか?」

オレはそう言って手に持った白い封筒をルークさんに差し出す。

「上野さんでしたか…?あなたは私がララさんの言うルークである事が分かっていたのですね。そして、私とララさんの間に何があったのかも」

「…分かっていました。ですが、ララさんから直接聞いた訳ではありません。ララさんの手紙を偶然見てしまい、ルークさんとララさんの関係を知りました」

オレは封筒を差し出したままで、ルークさんは受け取ろうとしない。
封筒をずっと見つめて、何かを考えているようだった。
そして、ルークさんは決意したように動く。
オレの手から封筒を受け取り、そのまま封筒を上下に破る動作をする。

ルークさんの動作を見た、その瞬間…オレはこう思った。

(あぁ…オレがした事は全て余計な事だったみたいだ。所詮、自己満足でしかなかったのだ。オレの行動で、ルークさんとララさん2人を傷付ける結果となってしまった…)

しかしルークさんは封筒を破る直前で動作をやめた。
封筒も中の手紙も無事だ。
そしてそのままの格好で小刻みに震え…目には涙が浮かんでいるようだ。
オレは…見ている事しかできなかった。

暫くの沈黙の後、ルークさんが強めの口調で話し始める。

「破れる訳がないっ…!!私が…どれだけララさんを想っていたか…!卒業式の日に言った事を、この3年間で何度後悔したか!!!…私はララさんの傍に居れただけで……友人として居れただけで満足していれは良かったのに!!」

ルークさんの目からは涙が溢れ、線を描いて落ちていく。
そしてそのまま地面に座り込んでしまった。
けれどそのまま喋り続ける。

「私がララさんに気持ちを伝えた事で…彼女を困らせてしまった!ララさんは優しくて、美しい…そして私とは家柄も違う!私と釣り合う訳が無いのに!…そしてその結果がこれだ!ララさん…彼女を3年も後悔させてしまうことになった!!」

ルークさんもずっと思い悩んでいたのだろう。
それがララさんの手紙が届いた事で、今まで押し留めていた想いが決壊し、溢れ出てきてしまった。

ルークさんの嗚咽が落ち着いてきたのを確認し、口を開く。

「ルークさん…ララさんはあなたに対する悪い感情は一切無いそうです。逆にあなたに感謝していました。…そしてこれ以上は私の口からは言えません。ララさんの想いが全て詰まった手紙を…読んであげて下さい」

ルークさんは意を決して封筒の口を開ける。
そして丁寧に中の手紙を取り出した。

手紙の内容は…そう。
最初に見てしまった、ララさんの手紙そのままだった。


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拝啓 ルーク・クロード様

また桜の舞う季節になりました。

ルーク様は元気に過ごしているでしょうか?
この季節になると、私は後悔で胸が締め付けられてしまいます。

卒業式の日気恥ずかしさで、貴方を傷つけてしまったことが今でも…悔みきれません。
何も返事をせずに貴方の前から去ったあの日から、後悔の日々が続いているのです。
もし、出来ることなら。もし、話すことを許して頂けるのであれば…あの日の事を貴方に謝罪したいです。
あの日失礼な態度をとってしまって、本当にもうしわけありませんでした。

私にとって教会学校で貴方とお話をさせて頂いている時間は、とても楽しくかけがえの無い時間でした。
私の人生の中で一番素晴らしい、幸せな時間だったのです。

私は卒業間際に貴方へ恋心を抱いていた事に気づきました。
そしてそれに気づいてしまったことで、あなたとどう接したら良いかが分からなくなり、距離を取るようになってしまいました。
決して貴方を嫌いになったわけではなかったのです。

卒業式当日のあの日、貴方から声を掛けていただきましたね。
私は相変わらず上手に会話をする事が出来ないでいました。
そして貴方は片膝を地面につき、私への想いを伝えてくださいました。

あの時、私はとても嬉しかった。

ルーク様も私と同じく気持ちが通じ合っていた。
その事に全身が喜びに満ち溢れました。
ただ、私はそのお返事をする事が出来なかった。
どうしたら良いかが、分からなかった。
あまりの事に高揚し、貴方の手を取ることが出来なかったのです。

あの時の貴方の悲しんだお顔が、今でも目に焼きついて離れません。
私は意気地なしです。私の心が弱かったのが全て悪いのです。

ルーク・クロード様。
こうして手紙にて一方的に謝罪をさせて頂いていることも、大変申し訳なく思います。
私は3年前のあの日の事を許して頂けるとは思っておりません。
それだけの事を私はしてしまったのですから。

ですが、私の行動によりご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。
そして謝罪が遅れてしまった事を、お詫び致します。

私はルーク・クロード様の人生が幸せで溢れる事を、ずっと祈っています。

これからこの季節が良い出来事に溢れ、早く私の事を忘れてしまえるよう願っています。

最後に。

私の初恋が貴方で良かった。
本当にありがとう。

ララ・アネット

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手紙を見たルークさんは再度泣き崩れた。

その瞬間…突如風が吹き、開いていた窓から花弁が一つ運ばれてくる。
花弁はそのままひらひらと舞い、泣いている彼の肩で止まる。
まるで、彼のことを慰めるように。

そしてその花弁は、ララ・アネットの髪色と同じ薄い桃色だった。
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