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1.無能の少年と古い箱

孤児院 7

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「……何だ。人生を良いように弄ばれそうになったんだ、テメェには怒る権利がある」

 グンセさんは納得のいかない表情で僕に顔を向ける。

「……違うんです」

「何がだよ」

 僕は足を引き摺りながら二人の間に入っていき、マキナさんと向き合う。

「マキナさん。あなたが僕を利用しようとしていた事は分かりました。でも、ひとつだけ聞かせて下さい」

「なーに?ムノ君」

「——僕がDH教育学校へ行くために孤児院を去ったあの日。あなたは僕を抱き締めながら……諦めないで、と声をかけてくれました」

「……?そんなの誘惑の魔法だよ?」

「いえ。あの時は魔法を使って無かったと思うんです」

「何で何で?そう思うの?」

「——あの時だけは何故か、人の暖かさの感覚が有るんですよ」

「あははっ。そんなので魔法じゃないって言い切るの?それも全部魔法かもしれないよ?ムノ君と孤児院で話す最後の機会なんだから、それはもう強烈な記憶にしないといけないし!」

 マキナさんは僕を揶揄うように笑い、そして何故か目を背ける。

「……もし違ってたら、そんな記憶が残るわけないじゃ無いですか。今まで記憶のある限り、誰にも抱きしめて貰ったことなんて無いのに?そんな、経験もしたこと無い感覚が魔法で植えつけれますか?」

「ムノ……」

 グンセさんは先ほどの表情を一変し、目を伏せる。

「僕は話を聞いた後でも、あの時のマキナさんは本心で抱きしめてくれたのだと思っています。そして、それが在ったからこそ……僕はここまで頑張って来れたんです」

 僕はマキナさんの顔を見つめるが、彼女は未だに目を合わせない。けれど、そんな彼女はゆっくりと喋り始めた。


「——ねえ、ムノ君」

「はい」

「君、悲しすぎるよ」

「……」

「孤児院でもそう。みんなに無能と言われて虐められても、その場では絶対に泣かないで、誰にも見られないところで声を押し殺して泣く。暴力を振るわれても相手から決して泣かない。僕、それが不思議だったんだよ。……君、子供なんだから泣けばいいじゃん」

 そこで真面目な顔をしたマキナさんが僕と目を合わせる。

「それなのに大人ぶって影で泣いてさ、そんな君の姿に僕の胸が痛くなったんだ。……それで思った。これを仕向けたラリンス教は本当にクズだなって、こんな子供にする事じゃないって——で気付いたら抱きしめちゃってたんだよ」

「おいおい、テメェがラリンス教を否定してどうすんだよ……」

「べっつにー?上がクズだろうがなんだろうが、僕は言われた事をちゃんとやるだけだし。でも、今回の失敗はすこーし怒られるかなー?」

 マキナさんは、真面目な表情を崩してカラカラと笑う。



 ……やはり彼女はあの時、僕の事を思って抱きしめてくれていたんだ。

 思っていた事実とは違ったけれど、その事が分かれば——もう大丈夫。
 僕は、この過去を乗り越えて先にいける。



「……マキナさん。今までありがとうございました」

「……騙してた相手によく言うよ」

「ははっ。でも、今でも本当にそう思ってますよ」

「殺されかけたのに?」

「マキナさんが居なかったら、もっと早くに死んでたかも?」

「はあ、何それ……ムノ君はお人好し過ぎるよ」

「それでも本心ですから」



 マキナさんはそんな僕の様子に呆れた表情をする。

「——はあ。ムノ君のせいで、興が削がれちゃったよ。本当はラリンス教の脅威になりそうな2人共まとめて殺すつもりだったのに」

「どうやって?」
 
 今更どうでも良いのだけど、少しだけ気になった。

「この人形のコアで使ってる魔石に、魔力を流してオーバーフローさせて、半径1キロをドーンと吹き飛ばそうかなって」

「うわあ……」

 思ったよりもエゲツないやり方じゃないか。もしこの住宅地で起きてたら数百の人は死んだんじゃ?

「まあでも、この人形に思い入れが出来ちゃったから永久保存かなー。なんたって、僕が初めて人を抱いた人形だもの」

「いや僕男の子なんで、いつかは逆になりたいなーと」

「……ムノ君、急に茶化し過ぎだよ?」

「何か雰囲気が暗いので」

「ハァ……ほんと、バカじゃない?」

「僕はバカなりに色々考えてますよ。今日の夕飯何食べようとか、グンセさんが上裸なのはやっぱりそういう趣味なのかどうかとか」

「あ、僕もそれ気になる」

「おい、今はそれはどうでも良いだろうが。さっきまで湿っぽい話だった筈なのに、どこいったんだよ。……というかテメェら急に仲良くなってんじゃねぇよ!」

「「えー?」」

「声まで揃えんじゃねぇ!!」


ーーーーーー


「ま、僕はこれでお邪魔するよ。後はお若いお二人で、ってね」

「それじゃまるでお見合いするみたいじゃないですか……」

「あれ?僕の誘惑が効かないってのは、ムノ君がてっきりソッチに——「「それは絶対に無い(ねぇ)」」

「あーあ。僕も普通の生活がしたくなってきたなー。その時はムノ君、僕をお嫁さんに貰ってね」

「あ、お友達からでお願いします」

「うわ。まさか、僕が即答でフられるとか」

「じゃあ……次は本当の姿で来て下さいよ。それなら検討しますよ」

「それもそうか——じゃ無いって。多分、次会う時は本当の殺し合いになると思うよ?その時は、ムノ君もグンセ君も覚悟してね?」

「出来れば平和的な解決を」

「それは難しいんじゃ無いかなー。グンセ君なら分かるでしょ?」

 マキナさんはグンセさんに目を向ける。

「……」

 グンセさんは問われるが腕を組んで黙ったままだ。

「もし、それが嫌なら……ムノ君が世界の誰もが文句を言えない位、圧倒的に強くなればいい」

 そこでマキナさんの身体が薄くなって徐々に消えていく。

「君ならきっと、出来るよ。じゃーね——」

 そう言って手を挙げ、マキナさんの身体が完全に消失する。


 そこに残されたのは僕とグンセさん。

「……転移魔法か。かなりレアだな」

「どこに転移したと思います?」

「ま、本拠地のアメリカだろうな」

「アメリカかぁ……遠いなあ……」


 僕がそう呟いて空を見上げると、雲一つ無い青空が広がっていた。
 今日は本当に死にかけたし、僕が大切に思っていた人も失った。

 ——でも、僕の心は今の空のように澄み切っている。それだけは間違いなかった。



ーーーーーー


 右足を負傷した僕を、グンセさんがおぶりながら帰り道を行く。

「そう言えば、グンセさん助けに来たときに自分の事を親父って言ってませんでしたか?」

「……忘れた」

「僕はちゃんと覚えてますよ。それと僕の事を息子って」

「……ヤクザもんは良く言うだろ。テンション上がって言っちまったんだよ」

「そう言えば、誰かにおぶられることも無かったかも。うーん……グンセさんが父親なら、母親はマキ——「やめろ」

「なら、グンセさんの事をパ——「絶対にやめろ」


「「……」」


 暫く続いた沈黙の後、僕は喋り始める。


「……グンセさん」

「何だ」

「今日は助けてくれて……本当にありがとうございました」

「……おう」

「次からはこうならないように、僕強くなります」

「ああ。だが無茶はするんじゃねえぞ。それとどうしても駄目なら俺を頼りやがれ」

 そう言うと照れ臭そうに頭を掻くグンセさん。

「あははっ。照れてるじゃないですか」

「うるせぇ……」


 ——僕は人生で二度目の人の暖かさを感じながら、その心地よい揺れに身を任せる。
 
 そして疲れと安心感から、そのまますぐに意識を手放してしまった。
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