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第二部 二人の帝位継承者

第六話 二人の再会

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「ニアム!?」
「殿下!!」

 いきなり押し出された彼女が、自分の胸に降ってきた。
 この世の誰よりも愛おしく、会いたくてたまらなかった相手をその腕の中に抱いて、ユニスはもう離さないとグレンの胸に顔を埋めていた。
 参った。
 まさかここまで追いかけてくるなんて、本当になんて女性なんだ。
 グレンはこの偶然のような必然に驚きを隠せなかった。
 もう、ここまでだな。
 自分のわがままを貫くのはやめよう。

「最後だな?」

 そうシェイルズの嫌味がグレンの耳に痛く突き刺さる。
 白い鳩がようやく射止められ、帝国の鷹に改めて祭り上げられる様をシルドは嫌味を込めて見ていた。
 これからは彼と義理の兄弟になることになる。
 そして、その栄光の影に自分たち夫婦が生きる人生も始まっていた。
 さあ、これから闇の中にも戻らなきゃならない。
 ユニスとグレンは光の中に、シルドとエイシャは闇の中をさ迷うように。

「参った‥‥‥どこまでもお前たち。
 僕を出し抜くつもりか?
 ニアムまでこんな危険なことをー‥‥‥」
「さて、な?
 義兄上殿。
 もう観念なさったらいかがですか?
 ユニス義姉上はあなたの為だけに軍を挙げられた。その成果は聞き及んでいるでしょう? 
 もう、あなたの自由は無いと思われた方が良い」

 シルドからは冷ややかな視線が飛ぶ。
 そして、ユニスは死んでも離さないといった風情でグレンに女大公として命じることにした。

「イズバイア。
 殿下とはつけますが世間では死んだものと解釈されています。
 グレン皇子でもよろしいかもしれません。
 ならば‥‥‥あなたはいま、帝位継承権も持たない身、たんなる皇子。
 女大公として、帝位継承権を持つ者として命じます」
「いや、命じますと言われてもなにを言う気だ、ニアム」

 これはこの先、二度と逆らえない。
 そんな予感がグレンの心に走る。
 ユニスは悪魔のように微笑んで命じた。

「ええ、簡単です。
 最初からこうするべきでした。
 我が夫になりなさい、グレン・イズバイア・エルムド皇子。
 拒否は死罪とみなします。
 シルド、シェイルズ。
 宜しいですね?」
「ニアム‥‥‥」

 否定はできない。
 だが、グレンにはニーエ母娘の父親としての責務もある。
 僕には果たしてそんな幸せが許されるのか?
 迷うグレンに親友が止めの後押しをした。

「あのなあ、グレン。
 さっさと一言でないのか?
 お前にだけ愛を捧げてくれた女性に対する感謝の心は?」
「いや‥‥‥それは分かっている。
 だが、このまま行けば‥‥‥」

 逡巡するグレンは面白くない。
 ユニスにシェイルズ、そしてシルドの三者は意地悪く彼を包囲していった。
 もう逃れられない、鳩の時代は終わったのだとようやくグレンは観念する。

「分かったよ、ニアム。
 僕の負けだ。
 君に生涯の愛を誓おう‥‥‥しかし、帝位継承者だなんだと言いながら。
 なぜ、君は自分でその地位に向かわなかったんだい?
 いまの君なら、皇帝陛下も喜んで迎えたはずだ?」
「だって殿下」

 ユニスはそっと微笑んだ。

「わたしは一月だけの女王ですから」

 ユニスの笑顔のあるもの。その喜びと苦悩と悲しみを支えてここまで道を指し示してきたもの。
 それはたった一つ。

 すべては、殿下の御為に。
 すべては、イズバイア。
 愛したあなたの為に‥‥‥。

 あの夜、舞踏会の夜に命を救われたただその恩返しのためだけに。
 彼女は愛を含めてここまでやって来た。
 誰がこの思いに勝てるというんだ、グレン?
 一人の女性が奇跡を起こしたんだ。
 もう、わがままは手仕舞いしろ。
 シェイルズの二人を祝う瞳はそう語っていた。

「ニアム、そうだな。
 僕が悪かった」

 すまないが抜けているだろう?
 そうシルドは言いたくなるが、シェイルズに制止されて黙っていることにした。
 男性三人に、女性一人。
 恋人の二人を邪魔するほど、残された男性陣二人は野暮ではなかった。

「しかし、上にはまだあるのか‥‥‥」
「上?
 ああ、それならー」

 そう、シルドが言いかけた時だ。
 ようやく再会の感動もひとしおの二人の片割れ。
 白い鳩‥‥‥もとい、幼い鷹のグレンが声を発した。
 どうやって出るんだ、と。
 親友、シェイルズが上と言い出したその意も汲んでいたらしい。
 だが、シルドは上はあるがまだ開いてはいないとそう言いだした。
 上には部屋があり、しかるべき人間が行かなければその門は開かないのだ、と。
 代々の法王猊下がその任に当たってきたから、次代の法王猊下が選出されなければ開くことは無いだろうというのだ。

「なるほどな‥‥‥。
 つまり、上には誰かはいるということ、か」
「では、いまはここにいても特に意味はないのか。
 残念だったな、グレン?」
「そうだな、シェイルズ。
 しかし、残念なことだ。
 まあ、仕方ないか‥‥‥」

 話が一段落したところで、ユニスがようやく会えた愛おしい男性の腕を取り、その場のまとめ役らしく宣言した。

「では、帰りましょう。
 もう夫は手に入りました。
 あとは、先程までの画策の通りに。
 みなさま、どうぞあと十年。
 お付き合いくださいね?」

 そう、あと十年。
 シルドとエイシャはハーベスト大公夫妻になり、シェイルズはブルングド大公になる。ライナを娶って夫婦になるが、その妻が南方大陸のある国と画策をしてシルド夫妻やユニスやグレン夫妻に復讐を企てたのは先に書いた、シルドの領地経営譚の第一部にある通りだ。
 そして、シェイルズはグレンと共に密やかに新たな内紛に備えることになる。
 それはユニスにも、帝国の誰にも知られてはならないこと。
 この二人、ひいては一部の有志により解決されなければならない事柄だった。
 少なくとも、事態が明確になるまでは。



「さて、グレン。
 お前の挙式が済んだ後で恐縮だがな‥‥‥」
「分かっている、シェイルズ。
 シルド殿にはしばし、ライナの持ちだした亜人奴隷策に踊ってもらうとしよう。
 しかし、あの夫婦のことだ。
 うまくエサに引っ掛かるか?」
「エサとはひどい言い方だな‥‥‥。
 蒼狼族の王国とは繋ぎはできているのだろう?」

 グレンは普段、ユニスに任せっきりで釣りに興じていると見せかけて、道楽に染まっている様を見せているバルコニーに地図を開かせていた。
 その場は魔導により隔絶された空間になっている。
 シルドもうかがい知れないほどに強力な秘密の結界。
 グレンとシェイルズ、帝国の二大魔導士による合作のそれは、情報隠ぺいにかけては三国一の精度を誇っていた。
 青い狼、黒い牙、そして宮廷騎士団から派遣された数名の魔導騎士たち。
 総勢、十数名がそこに膝を交えていた。

「やれやれ、陛下にすら内密に行わなければならないとはな。
 エシャーナ公に、ルサージュ公、そして、ユンベルト宰相殿の肝いりとはいえ。
 いいのかグレン?
 ユニス様には秘密で?」
「仕方あるまい、あれを巻き込むとまた余計な心配をする。
 ユニスはユニスで、ライナの策にシルド夫妻と当たって貰わないとな。
 帝国の内情はあまりにももろいと、大々的に世界に広めてもらわないと困るんだ。
 だろう、シェイルズ?」
「お前が前に話していたあの貴人と交わしたという約束。
 それを果たして守るべきか俺には謎だがな?」

 だが、それで良くなることもあるさ。
 グレンはその場に控えている女性に次の地図を、と指示を下した。

「すまんが、次のを、な」
「はい、旦那様」

 ユニスのよく見知った彼女は、南方大陸の地図を二枚ほどテーブルの上にひろげた。
 一枚は帝国領土の対岸にある南方大陸の人類国家群の地図。
 もう一枚は、その背後をつくようにして存在する、蒼狼族、炎豹族、猫耳族のそれぞれの国家が記されていた。

「ありがたいことに、蒼狼族はあの大陸でもそれなりの勢力を持つらしい。
 そして、同じ蒼狼族といっても三つの国に分かれている。
 猫耳族の国家は一つ。北部山脈の一帯がそうだ。
 それと手を結ぶようにして、炎豹族と呼ばれるこれも亜人らしいが。
 この国が大陸の真ん中にあり、その東側に我が帝国と友好国である、ニベア王国が。
 北側にグリムガル王国がある」
「いま、グリムガル王国は大陸の覇権をかけてまずは猫耳族の国家を滅亡させようとしているそうだ。
 そこでー‥‥‥」

 帝国が出て行く、か。
 しかし、困ったものだ。
 そうシェイルズ以下、その場にいた数名はため息をついた。

「まさか、どの国の北部にも枢軸連邦の加盟国があるとはな。
 どれだけ強大なのだ、枢軸連邦とは‥‥‥」
「それは、これから彼女が語ってくれるさ。
 親戚の多くが枢軸の議会がある央国にあるらしい。
 頼むぞ?」
「はい、旦那様」

 助かるよ。
 そうグレンが言い呼ばれた少女は口を開いた。
 
「この屋敷の仕事の合間に済まないな」

 グレンはそっと彼女に謝辞を述べていた。
 すまん、アンリエッタ、と。

 
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