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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~

第三十一話 シルド大公の外遊 10

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「さあ、行きますよ!
 旦那様!!!」
 イルバン卿に殺されかけた恐怖に怯えていたのは誰だったのだ?
 この喜怒哀楽の激しさ。
 よく見た光景だと、シルドは過去を思い返していた。
 そう、あの若き頃の‥‥‥父親に見捨てられ病気で身体が不自由になり介護が必要だった自身の母親のことを。
 心に闇が張ると人間はこうなる。
 シルドはそのことをよく、知っていたーー

「アルメンヌ、こっちに来い」
 来い?
 いきなり亭主面ね?
 そう思いながらアルメンヌは嬉しそうに、シルドの指定した場所。
 膝上へと座り込む。
「何かしら、旦那様?」
 なにをしたいの?
 まさか、こんな昼間から情事?
 ふざけて言う彼女にシルドは笑顔で否定した。
「いいや、そうではない。
 なあ、アルメンヌは不安から抜け出せないのか?
 僕が演技で言ったことにも大きな責任はあるだろうな。
 これまでの経緯を聞いていれば、そうなる理由もわかる。
 ただ、君を軽視したり、馬鹿にしているわけじゃない。
 そう思って聞いて欲しい」
 いつになく真面目なシルドに、アルメンヌは驚いてしまった。
 こんな真面目な、そう、当たり前のことだが人間対人間の。
 対応な会話をするなんてどれくらいぶりだろう、と。
「‥‥‥話の内容によりますわね、シルド様」
 なぜだろう。
 この話を聞くことが恐かった。
 触れられたくない部分。
 心の奥底に封じ込めたあの気持ち。
 そこに触れられそうで、恐かったのだ。
「先に言っておくよ。
 僕はエイシャ以外は愛さない。
 他に妻もいらない。
 彼女がもし死ねば、生涯独り身を貫く。
 愛人も作らない。それだけは誓える」
「いきなりのろけ話ですか?
 いつも、エイシャ、エイシャ、ばかり‥‥‥」
 面白くない。
 アルメンヌはそんな仕草でそっぽを向いた。
「そうだ。
 常にエイシャが一番だ。
 だが、君にもそうなる男性は必ず現れる。
 いまは僕が庇護しよう。 
 情婦の真似事も、そう演技だけでいい。
 寝るなんてことは望んでいない。
 いいか、アルメンヌ。
 君は、この帝国でも最大の権力を持つ一人に保護されたんだ。
 もう、男からの暴力に悲しみ、恐れを抱くことは無い。
 だからー‥‥‥自分を取り戻せ。
 僕は君の友人だ」
「ゆう‥‥‥じん?」
 そんな存在、まともに出来た事なんてーーなかった。
 今までの人生で体験してきたこと。
 そう言って近づいてきた男はみな、この身体を抱きそして離れて行った。
 いまようやくそんな心配をしなくていい相手に出会えたと、そう思ったのに。
 友人なんて‥‥‥
「そんな、都合のいいこと!!!
 信じられないわー‥‥‥。
 どうせあなたもわたしを抱いて、この傷だの入れ墨だのの身体を見て捨てるのよ!!」

 アルメンヌがそう叫んだ時。
 彼女の頬が鳴った。
「えっ‥‥‥??」
 一瞬、アルメンヌは何が起きたかわからなかった。
 シルドが片手で自分の頬を張ったと理解した時、元傭兵としての蹴りがシルドを狙っていた。
 しかし、彼はそれをやすやすと受け止めてしまう。
 ため息をつき、シルドはアルメンヌをそっと抱き寄せた。
「少しだけ熱いぞ?」
 熱い?
 何を言って?
 ----???
 焼かれる痛み。
 それが右腕に走る。
「なに!?
 自分の奴隷だと焼き印でもーー‥‥‥!?
 なによ、これ‥‥‥」
 痛みがはしった部分を見て、アルメンヌは驚いてその場を飛びのいてしまう。
「なによこれは!?
 なにをしたの!!??
 まさか‥‥‥呪い!?」
 魔導に詳しくない彼女は悲鳴を上げた。
 だってそう。
 その痛みのはしった部分にあった入れ墨がー‥‥‥。
 跡形もなく消えていたのだから。
 シルドはふふん、と得意気に笑った。
「天才魔導師にかかれば、その程度の入れ墨を消して皮膚を綺麗にするくらい‥‥‥。
 できるんだよ、アルメンヌ。
 その火傷や足の傷跡も、時間はかかるが必ず治せるし痕も消せる。
 これが僕が君の友人である証だ。
 自分を取り戻せ、アルメンヌ。
 君は誇りたかい女性だ。
 なぜなら、この僕とエイシャが君を友人だと認めているのだからな。
 さあ、手伝ってくれないか?
 まずは、この都市の古だぬきを掃除するとしよう」
 唖然とするアルメンヌは‥‥‥なぜだろう。
 素直に差し出されたその手を受け止めていた。
 どこからか沸いてくるかわからない、安心感と嬉しさを覚えながら。

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