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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~

第一話 捨てられたエイシャの微笑

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 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ーー実はもう離縁されましたの。
 王国側の土地にきてまでおいしいエサで釣ろうとする。
 そのような女大公の血筋など、フレゲード侯爵家、エンバス子爵家にはいらん、と。
 それでもミレイアはあの御方だけの為にいきると誓いましたから。
 捨てられても最後まで、旦那様のために生きようと思いましてーー

 おおよそ二週間前。
 エニシス半島のアバルン城塞の一室で、自分が姉であるハーベスト女大公ユニスに告げた言葉をエイシャは思い出していた。
 王国側のルケーア子爵位はそのまま持っていたものの、帝国の西の大公家。
 ハーベスト大公家はそのままエイシャに譲られることとなった。
 元ハーベスト大公ユンベルト帝国宰相がその後見人を務め、形だけではあるがエシャーナ公領を含めたユニスによるグレン皇太子のための領地拡大は着々と進んでいた。
 一方で、恩人であるエバース大公様のかたき討ちができたと喜び、自分と姉のいたアバルン城塞の一室へとやって来た時。
 確かに。
 エイシャの目には稀代の天才魔導師だと。
 いや、そんな名目や地位などどうでもよかった。
 ただ、無事に戻って来てくれたことが、この一度は離縁された妻にとっては嬉しいものだった。
 しかしーー

 --まあ、そう責めるな、エルムンド侯。
   僕は妻に捨てられたがその愛までは失ったわけではないからな。
   待たせたな、ミレイアーー

 あのセリフがどうにもエイシャの中で引っかかっていた。
 最初に、
「僕はお前にもしものことがあれば。
 王国側の人間でるという立場を利用される可能性もある。
 だから、いまはこれで理解してくれ。
 もう、戻れないかもしれないんだ‥‥‥」
 そう言われればもう、その無事な帰還を祈るしかなくなってしまう。
 シルドの言うがままに離縁状にサインをし、姉の用意してくれたエシャーナ公第二令嬢エイシャとしてあのアバルン城塞での調印式に挑んだ。
 そして、渡されていた宝珠によりシルドのその魔導の才能をやはりこの御方こそが、と。
 自分の信じたこの男性こそが最高の伴侶なのだと。
 そう思わずを得れない自分がいた。
 その後の、グレン皇太子とブルングド大公シェイルズの探索に行った時といい。
 戻らないかもしれないなら、そう一言言っていけばいいのに。
 彼はなにも言わず、ただ深い眠りの魔導を自分にかけて姉と二人で彼らを探しに行ってしまった。
 先週のエシャーナ公邸で行われた姉夫婦の結婚式に便乗する形で自分たちの再婚まで報告する始末。
 そして何よりもーー
「旦那様?
 あの、天空からの魔導で落とした材木の数々。
 もちろん、回収なさって来られたのですわよね…‥?」
 エイシャはハーベスト女大公になっている。
 シルドは再婚してもらうために、王国での爵位も何もかもを投げ捨ててきた。
 つまり、ここではエイシャに養われている身なのである。
「いや、奥よ‥‥‥。
 あんな海底に没した材木など。
 いくら僕でも、元に戻せるわけが‥‥‥」
 エイシャの額に青筋が立つ。
 女大公になった以上、宰相にシェイルズはおらず(彼はブルングド大公シェイルズとなった)。
 押し寄せる庶務だの政務だのは彼女を謀殺していた。
「いいですか、旦那様?
 あの、『農家』などどエルムンド侯にもお姉さまにも呼ばれたあの城ですらも!!
 この‥‥‥エイシャの裁量でどうにかやりくりをして参ったのです。
 殿方の成すべきお仕事とはなんでございましょうか?」
 呼びつけられ、大公の執務室の上に山と積まれた書類だの嘆願書だのの多さを見て。
 シルドは顔を引きつらせる。
「そうだ、な‥‥‥女性は詩歌を歌い、古代語の読み書き会話を諳んじ、刺繍裁縫をする。
 男はタカや鳥・馬の扱いに馬術・魔導・各種武芸・チェスや‥‥‥政務だろうなあ。
 文官はいないのか?」
「おりますよ、もちろん。
 ですが、女のわたしが旦那様の上に立ち行動するのは誰も快くは思わないと、思いませんか?」
 円満の笑みで。
 こういった時のこの六歳下の幼な妻が微笑む時に来る言葉がだいたい決まっていた。
 あのエルムンド侯に言ったのと同じ内容だ。
 
 --我が家には一人で三人前食べるのが一匹いるんです!!!ーー

 つまり、シルドにやれ、と。
 さっさとやらねば、また離縁を叩きつけるぞ、と。
 そういう笑顔だった。
 シルドはフレゲード侯爵家の三男。
 銀鎖の影の第三師団の長として騎士団の指揮は経験があったが。
 さて、この大公領の経営は向いているのか。
「さあ、どうぞ、旦那様?」
 笑顔でエイシャはその執務の席を譲ってくれる。
 エルムンド侯‥‥‥!
 農家とはなんのことなんだ!?
 そう、心の叫びをあげつつ、ハーベスト大公シルドの領地経営は始まったのだった。 


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