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第二部 消えた王国
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ふと、思いだすときがある。
それはあの懐かしくも狂おしいほどに憎悪の詰まった過去のことだ。
夫をそれまでの関係を持っていた親友に、いや、親友もどきに寝取られた愚かな元王太子妃は、彼女に斬り落とされた腕がたまに痛むときに過去を思い返していた。
「どうした、まだ痛むのか?
治癒は完全だったはずだが?」
黒狼サクの背中に寝そべりながら、虚空の闇夜を駆けている彼女にサクは優しく語りかけていた。
そうね、とシェイラは思う。
神様からすれば、治療は完璧なんだろうな、と。
しかし、自分は人間で、それでも寿命なんて因果なものから解き放たれた存在ではあったが――
「ええ、たまに痛みますの。
幻覚というか、幻の痛みというか。
あの痛みはこれまでに無いくらい‥‥‥辛いものでした」
「ふん‥‥‥。
まさか、素肌と布一枚と思っていた相手があんな剣を‥‥‥。
女の細腕であっても、かなりの技量を要するだろうにな。
それだけの剣の腕前と、剣の性能が良かったということか。
あっけなく、切断されていたからな、お前の腕は」
「酷い物言いですね、サク様?
この王太子妃を誘拐しておいて」
そんなシェイラの嫌味もサクには通じない。
この無愛想なある意味、邪神よりもタチの悪い黒狼は頬を歪めて笑っていた。
「さて、どうかな?
あちらが夫を寝取ったのであれば、こちらは神に奪われたのだ。
それでいいではないか?」
神に奪われたって‥‥‥まるであなた様の子供でも産めと言いかねないわね、この御方は。
まるで神話にある、王妃があまりにも美しいからさらって妻にした太古の神にそっくりな物言いだ。
あの神の名はなんといったか。
シェイラは記憶を探る。
はるかな太古の記憶。
神殿にだけ受け継がれて来たあの神々の戦争の逸話。
その名は確かー‥‥‥。
「大神ダーシェ‥‥‥だったかしら?」
その呟きに呼応するように、どこかで闇がうごめいた。
え?
シェイラがなんだろうと思う暇もなく、光であり、雷でもあるそれらはサクの頭上から幾百もの轟雷を叩きつけるように振り落としてくる。
「なんで!?
雷嫌いなのに―――!!」
「まあ、気にするな。
この程度、なんの問題にもならん」
まるで意思を持って襲い来るようなそれらを、サクは笑いながら全ての落ちる先を見通しているかのように乗り切ってしまっていた。
背中にいるシェイラは揺れることなくその危険地帯を駆け抜けたサクに羨望の眼差しを向ける。
いずれは自分もこの力を継承するのだと思うと、武者震いをしてしまっていた。
「凄い、サク様。
でもあの雷はなんでいきなり‥‥‥??」
自分の発したあの神の名が原因なのかともシェイラは思ったが、そうそう都合よくこんな危険に出くわすはずも――
「まあ、名前だ、シェイラ。
ここは虚空。
罪と罰を受けし神や魔もいれば、まだ滅び足らず現世への執着が渦巻く場でもある。
そして、虚無との境目でもあるからな。
まあ、その口にした神は戦争に負けてここに追いやられたのよ。
誰かが自分の在りし日の名を呼んだことに反応しただけだ。
愚かな神めー‥‥‥」
「ああ‥‥‥そう、です、か。
でも、わたしをさらっているサク様も同じー‥‥‥」
「俺はさらったわけではない。
これは共存共栄だ」
「共存共栄?
サク様、意味が分かりかねます」
「俺は人の姿にはなれるがそれはあまり好きではない。
影に潜み、お前を守ろう。
お前はこれより行く先々の世界や国で俺の代わりに目となり耳となり、口となって我らがヤンギガルブの姫を探してくれればいい。
そういう意味での、共存共栄だ。
嫌か?」
そういう意味ですか。
まあ、それならいいかな?
シェイラはそう思い、フカフカの背中に身を預けた。
「でも、サク様。
これからどちらに行かれるご予定ですか?」
どこかに当てでもあるのかしら?
そう思い、シェイラは尋ねてみる。
「まずはお前のその悔恨の念を晴らすべきではないのか、シェイラ?
腕がうずくのだろう?
約束の二十年。
この虚空からならば、すぐにでも行けるぞ?」
「約束、です、か。
夫を寝取られた元王太子妃に何ができると――」
ふん。
そういう考えを人間はするのか。
なるほど、興味深い。
サクはそう呟き、ならばとシェイラを驚かせる提案をしてきた。
「ならば、俺がお前を奪い妻にしたとすればいい。
神が選んだ妻だ。
人間からすれば、尊い存在として敬いはされるが忌避はされまい」
「呆れた‥‥‥。
それでも結構ですけど、どうせ‥‥‥シェイラめには否定する権限はないのでしょうから。
ただー‥‥‥一つお伺いしていいですか?」
「なんだ?」
「サク様。
奥様やお子様は‥‥‥?」
しかし、この問いにはなぜか黒狼はぶすっとして返事をしなかった。
とりあえず、いないということでいいのかしら?
シェイラは一抹の不安を抱えたまま、元の世界への道をサクと共に取るのだった。
それはあの懐かしくも狂おしいほどに憎悪の詰まった過去のことだ。
夫をそれまでの関係を持っていた親友に、いや、親友もどきに寝取られた愚かな元王太子妃は、彼女に斬り落とされた腕がたまに痛むときに過去を思い返していた。
「どうした、まだ痛むのか?
治癒は完全だったはずだが?」
黒狼サクの背中に寝そべりながら、虚空の闇夜を駆けている彼女にサクは優しく語りかけていた。
そうね、とシェイラは思う。
神様からすれば、治療は完璧なんだろうな、と。
しかし、自分は人間で、それでも寿命なんて因果なものから解き放たれた存在ではあったが――
「ええ、たまに痛みますの。
幻覚というか、幻の痛みというか。
あの痛みはこれまでに無いくらい‥‥‥辛いものでした」
「ふん‥‥‥。
まさか、素肌と布一枚と思っていた相手があんな剣を‥‥‥。
女の細腕であっても、かなりの技量を要するだろうにな。
それだけの剣の腕前と、剣の性能が良かったということか。
あっけなく、切断されていたからな、お前の腕は」
「酷い物言いですね、サク様?
この王太子妃を誘拐しておいて」
そんなシェイラの嫌味もサクには通じない。
この無愛想なある意味、邪神よりもタチの悪い黒狼は頬を歪めて笑っていた。
「さて、どうかな?
あちらが夫を寝取ったのであれば、こちらは神に奪われたのだ。
それでいいではないか?」
神に奪われたって‥‥‥まるであなた様の子供でも産めと言いかねないわね、この御方は。
まるで神話にある、王妃があまりにも美しいからさらって妻にした太古の神にそっくりな物言いだ。
あの神の名はなんといったか。
シェイラは記憶を探る。
はるかな太古の記憶。
神殿にだけ受け継がれて来たあの神々の戦争の逸話。
その名は確かー‥‥‥。
「大神ダーシェ‥‥‥だったかしら?」
その呟きに呼応するように、どこかで闇がうごめいた。
え?
シェイラがなんだろうと思う暇もなく、光であり、雷でもあるそれらはサクの頭上から幾百もの轟雷を叩きつけるように振り落としてくる。
「なんで!?
雷嫌いなのに―――!!」
「まあ、気にするな。
この程度、なんの問題にもならん」
まるで意思を持って襲い来るようなそれらを、サクは笑いながら全ての落ちる先を見通しているかのように乗り切ってしまっていた。
背中にいるシェイラは揺れることなくその危険地帯を駆け抜けたサクに羨望の眼差しを向ける。
いずれは自分もこの力を継承するのだと思うと、武者震いをしてしまっていた。
「凄い、サク様。
でもあの雷はなんでいきなり‥‥‥??」
自分の発したあの神の名が原因なのかともシェイラは思ったが、そうそう都合よくこんな危険に出くわすはずも――
「まあ、名前だ、シェイラ。
ここは虚空。
罪と罰を受けし神や魔もいれば、まだ滅び足らず現世への執着が渦巻く場でもある。
そして、虚無との境目でもあるからな。
まあ、その口にした神は戦争に負けてここに追いやられたのよ。
誰かが自分の在りし日の名を呼んだことに反応しただけだ。
愚かな神めー‥‥‥」
「ああ‥‥‥そう、です、か。
でも、わたしをさらっているサク様も同じー‥‥‥」
「俺はさらったわけではない。
これは共存共栄だ」
「共存共栄?
サク様、意味が分かりかねます」
「俺は人の姿にはなれるがそれはあまり好きではない。
影に潜み、お前を守ろう。
お前はこれより行く先々の世界や国で俺の代わりに目となり耳となり、口となって我らがヤンギガルブの姫を探してくれればいい。
そういう意味での、共存共栄だ。
嫌か?」
そういう意味ですか。
まあ、それならいいかな?
シェイラはそう思い、フカフカの背中に身を預けた。
「でも、サク様。
これからどちらに行かれるご予定ですか?」
どこかに当てでもあるのかしら?
そう思い、シェイラは尋ねてみる。
「まずはお前のその悔恨の念を晴らすべきではないのか、シェイラ?
腕がうずくのだろう?
約束の二十年。
この虚空からならば、すぐにでも行けるぞ?」
「約束、です、か。
夫を寝取られた元王太子妃に何ができると――」
ふん。
そういう考えを人間はするのか。
なるほど、興味深い。
サクはそう呟き、ならばとシェイラを驚かせる提案をしてきた。
「ならば、俺がお前を奪い妻にしたとすればいい。
神が選んだ妻だ。
人間からすれば、尊い存在として敬いはされるが忌避はされまい」
「呆れた‥‥‥。
それでも結構ですけど、どうせ‥‥‥シェイラめには否定する権限はないのでしょうから。
ただー‥‥‥一つお伺いしていいですか?」
「なんだ?」
「サク様。
奥様やお子様は‥‥‥?」
しかし、この問いにはなぜか黒狼はぶすっとして返事をしなかった。
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シェイラは一抹の不安を抱えたまま、元の世界への道をサクと共に取るのだった。
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