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第四章 魔族と死霊術師

草原のグランバル 1

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 パルド市から馬車で三日。
 人が住む盆地を抜け、視界を少しだけ塞ぐ山々の合間を縫うようにつくられた広い山道を抜けると、その向こう側に蒼狼族の管理する土地、グランバルがある。
 この地下に降りて来るときに見おろした、東側に果てしなく広がる大海に接するように荒涼とした草原。
 背後にはここまでやってきた時に越えた、なだらかな丘陵線。
 前方は、うっすらと碧に見える大海を望むことができる。
 
「海と山に囲まれた広い草原、か。これがグランバル。いい土地だな、シェナ?」
「知らない」
 
 そう言い、シェナはふいと顔を背けてしまった。
 懐かしい故郷だと思わないのか?
 もっとも、自分を奴隷として肉屋に売るような家族だ。
 それが前領主の課した重税のせいだとしても、彼女には捨てた故郷なのかもしれない。

「ここからはきちんと案内してくれよ? 命令な?」
「卑怯者! ‥‥‥このまま行っても会えない。氏族は移動するから」

 怒りの言葉を吐きながらも、シェナはある方向を指差した。
 命令って言えばいいのか?
 それとも確実な安心を約束した方がいいのか?
 アーチャーにとって判断に困るところだった。

「ありがとう」
「意味が分からない。奴隷に謝意を述べる主はおかしい」
「俺の行動はいつもおかしいんだよ」
「‥‥‥? それは合っているかもしれない」
「ひどい言い様だ‥‥‥」
「本当のことだから」

 この返答にはうなづく気になれない。それよりも何が大事で何がダメなのか。
 それを聞きたかった。
 しかし、方向が違うとなればこの馬車では行けなくなる。
 徒歩か、もしくは――空から行くか。
 ラーズのように悲鳴を上げることはないよな?
 アーチャーはついついシェナを見てしまっていた。獣人――その割に同じ狼の系譜だというラナやラグと外見は似ていても習性や中身はまるで違う。あの二人は幼いし、産まれてからすぐに人間の元に売られたから自分たちの文化を知らないのかもしれない。

「狼の亜人はみんなこうなのか?」
「このままだと行けない。馬車が行ける道がない、アーチャー。どうするの?」
「ああ‥‥‥歩くか。それとも空がいいか? 魔法は嫌いだったりするか」
「しないけど、飛んだら大変」
「何が大変?」

 シェナは草原の上空とまばらに見える岩山を交互に指差して言う。

「空はバジェス族、大地はロア族。それぞれ、生きる場所が違う。バジェスとロアは仲がいいけど、勝手に動く? それはダメだから。怒られる」
「領域? テリトリーがあるのか? バジェス――黒曜族か。彼らも勝手に大地には降りられない?」
「そう。それにロアは空を行くことはあまりない」
「ふーん。なら、歩きだな。転送魔導を使ってもいいが‥‥‥魔法は使えるのか? その――狼の獣人は?」
「‥‥‥獣人と呼ばれるのは嫌い。それ、みんな言うのはなぜ? 狼は蒼、赤、灰、黒。いまは蒼と赤だけ。灰と黒はもういない。どうしてその名で呼んでくれないの?人間は人間って呼ばせるのに」
「人間は弱いからな。多くは魔法も身体も弱く、すぐに死んでしまう。魔族、竜族、獣人。そう分けて怖い存在を見分けないと、勝てないんだよ。心の弱さにな」
「都合がいい、そして、奴隷を作りたがる。アーチャーがしたいことは何?どうして父上様に会いたいの?」
「‥‥‥降りて話そうか?」
「うん」

 正規のルートを走る馬車に別れを告げると、二人はしばらく歩き、小高い丘に登った。
 シェナは先に立ちこちらの方が近いと告げるその丘の上で、アーチャーが見たのは地上世界でいうところの牧羊であり、現代風に表現すれば遊牧民と表せれるかもしれない。
 しかし、街道から離れて山を一つ越えればあるのは内海と見間違えそうな巨大な湖に注ぎ込む数本の大河、その両側はまだ開拓されていない青々とした肥えた土地が広がっている。

「なるほどな。地下世界は資源の宝庫とは‥‥‥よく言ったもんだ」
「資源? それは何?」
「あー‥‥‥今、表現したのは穀物や農耕、そういった作物を得ることの出来る土地が豊富だって意味だよ。
 中にはこんなもの――」

 と、アーチャーが見せたのは朱色の四刃は回収しそこなった魔石や、小ぶりのルビー、その他に貴石などの類だった。

「ああ‥‥‥そう。魔石。魔族を殺したの?」
「退治の依頼があったからな。でも、魔獣だ」
「違いは何?」
「違い? 魔族と魔獣のか? そうだな‥‥‥会話ができ、文化があり、交流ができるかどうか、かな?」
「ふうん‥‥‥シェナや他の二人がどうして売られたか、考えた?」
「え‥‥‥? あーなんだ、その肉が目当てだったんじゃないのか??」
「違う」
「違う? だが、他にあるとすれば価値が高い‥‥‥とか、だろ?」

 そんな言い方はしたくない。
 自分がもし奴隷として売られた時、その値段なんて知りたくもないからだ。
 恐らく、とても安い価格で叩き売られるだろうし、死んだ後も自由になれない立場に堕ちることなんて‥‥‥誰も想像したくはないに違いない。

「そう、値段が高い? 言葉がへんかもしれない。これが、良いのが手に入るから」
「これ? だってお前、それは魔石だろ? どこにそんなものが‥‥‥」
「ここ。頭の中にある。四つの狼は魔族。他の獣人とは格が違う」
「あ‥‥‥確かにそうだな」
「知っているの? 人間で、地上世界の存在なのに?? 変な人‥‥‥」
「ま、いろいろとな。蒼に青か。奇縁なのか偶然なのか、悪縁なのか。不思議なもんだな」
「青? それは何」
「何でもないよ。つまり、魔族だから獣人と呼ばれたくはない。それは失礼に当たる。そう言いたいんだな?」
「アーチャーはいつも考えと優しさが足りない‥‥‥」

 ロア族の男は大変だな。 
 死霊術師はついつい歎息していた。
 そんなに女性に気を遣い、心を砕くから女性もまた男に尽くすのかもしれないが‥‥‥この上にあるブルングド王国の文化では受け入れづらいものだった。

「そうかもな。よくよく考えたら、女性は家のもの、か。貴族社会も似たようなもんだ。俺はどっちも好き――あ、いや。なんでもない。だから、その尾を膨らませるのはやめろ‥‥‥」
「優しさが足りない。本当に優しさが足りない!!」

 察しろ、読み取れ、感じろ、理解しろ。
 ロア族の男はどうやって女性陣を立てているのか。
 アーチャーは頭を悩ますのだった。
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