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第四章 魔族と死霊術師

ロア族のシェナ

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 果たして自分たちは何をしていたのか。
 地上世界に一度戻ったイライアの代わりにパルド支部を任された新ギルドマスター、その部下である黒曜族のルカに嘲笑され、アーチャーとラーズは深いため息をついていた。

「噛まれ、引っ掛かれ、服まで新調する始末。情けないですねーまったく」
「ああ、もう良いだろう? 何度目だ、ルカ? そんなに俺にネチネチと言わなけりゃ気が治まらないのか?」
「ええ、もちろんです。イライアお姉様にお叱りを受けるわ、あなたには勝手に全権委任されるわ私がどんな恐怖を覚えたと思っているんですか?」
「知らないよ。そのおかげでいまじゃ、サブギルドマスターの地位に昇進できただろ。感謝して欲しいもんだ。それよりもあれは出来たのか?」

 あれ。
 アーチャーの言うあれとは、三匹の狂犬と呼んでもいいほどの暴れっぷりを見せてくれた、鳥かごの中で囚われていた獣人の少女たちのことだ。
 いかに非合法の肉屋とはいえ、買い取りした奴隷は奴隷。
 その身分から解放するには土地の管理者の許可か、相応の代価を支払う必要があった。

「ええ、出来ましたよ。二人ともこれで自由の身分。ただし、彼女はあなたが望んだとおりに領主預かりということになっていますから、まだ奴隷から解放されたというわけではありません。いうなれば所有権移転、でしょうか。確かに見た目も若いし、側におくには蒼狼族の王族という触れ込みですから悪くはない買い物です。でもそうするなら三人とも愛人にでもすれば良いのに‥‥‥勿体ない」
「勘弁しろ。愛人なんか望んでいない。彼女は相手方の親と話があるから預かるだけだ。妙な気を回す必要はない」
「そうですか、ま、いいですけどね。それよりも、本当に良かったの新領主様。彼女たちの代価を勇者が支払う。その形で請求書を地上に回すことになりますけど。本当に‥‥‥」
「勇者様の御意思だよ、ルカ。それでいってやってくれ。現パーティメンバーの私が保証する」
「宣教師様がそう仰るなら、はい」

 あっさりと引き下がるその言葉の裏には、アーチャーに向けられるような嫌味はまったくない。
 むしろラーズに対するルカの応対には尊敬の念すら感じる程だ。
 こうも差を見せつけれられてはアーチャーとしては面白くない。
 女の恨みは恐ろしいもんだ。
 シェニアもそうでないことを祈りたい、アーチャーだった。

「でもどうして? 二人の手柄にすれば王国内での立場も上がるでしょ?」
「その分、注目も集まるな。権力も手に入る。俺もマスターも向かう先は戦場だ。王国と勇者様はここぞとばかりに、地下世界、地上世界の魔王討伐に繰り出すんじゃないか? 待ってるのは魔族との不和だけ。それがいいと思うなら、俺の名前にしてくれていいぞ」
「私はごめんだな。そんな血生臭い戦いの中で生活するなど耐えられない。ただでさえ仲間の面倒を見るのが大変なんだからな」
「だって、マスター・ラーズ? ルカにはアーチャーがトラブルを全部、勇者様に押し付けているだけのように見えるけど。それが狙いなの?」
「そう見えるか? 俺は勇者様は喜んで支払うと思うぞ?」

 どうしてとルカは不思議そうな顔をしてアーチャーを見ている。
 自分の財産が目減りし、おまけに地下世界のいざこざの後始末まで押し付けられる。
 誰が好き好んで損な役回りを引き受けたいの、と、彼女の目はそう語っていた。

「勇者は王族もそうだが、権力関連の困難を解決してその敬意や賞賛を集めて権威を手に入れるものだから。つまり、ここでの問題解決は単なる問題じゃない。地下世界に巣くっていた人身売買の根源の一つを解決したんだ。勇者ライルにしてみれば、新たな冒険譚が語られることになる。名声は勇者からすれば地位に等しいものだからな。喜んで貰うし、支払うだろうな」
「‥‥‥それって不名誉な名声や自分の立場を悪くするような冒険は受けないって聞こえるんだけど??」
「もちろん、その通りだ。勇者なんて存在ほど、功利主義な商売はないよ。将来の利益にならないものには興味を示さない。少なくとも、勇者ライルはそんな人間だな」
「困った人々や迷える子羊を勇敢な心と深い慈悲の思いで救うのが勇者や聖女じゃないの‥‥‥」
「それはあっち。フォンテーヌ教会のお仕事だよ。勇者は国によって、王によって、その二つに将来的に都合のいい存在が神により選ばれる。その為に、国は神を崇めるんだ。そして神はその力を増す。このからくりはフォンテーヌ教会も変わらない。神と信徒がいる限り、変わらない永遠の仕組みだよ」
「そんな真実、知りたくないわよ。はい、これあなたの連れ合いになる彼女の情報。ちゃんと読んでおいてね?」

 欲にまみれた現実なんて知りたくもないわ。
 そう言い書類を押してつけてルカは去っていく。
 イライアは一足先に双子に救い出した二人の獣人を連れて地上世界に戻っていた。
 そしてラーズもまた、そろそろ戻ろうかと腰を上げている。
 ここからは彼らの支援は受けれない。
 書類に目を通していたアーチャーは滅多に目にすることのない種族名を見つけていた。

「ロア族? なんで天空大陸の一つとともに滅んだと言われるあの種族が? いや、伝説だしな‥‥‥おい、ルカこれは本当の種族名か?」
「はい? そうよ、ロア族にせよ私のバジェス族にせよ古くからこの地下に住んでいるけど?」
「‥‥‥そうか。で、その手にしているのはなんなんだ、ルカ?」
「これ? 通行手形代わりの首輪。彼女はまだ奴隷の身分だもの。これなしじゃ、逃亡奴隷と思われて見つかった時に処刑されかねないわよ?」

 自分で彼女につけてあげてね?
 そう言い手渡された首輪を見、こんなものをつけるのか?
 ロア族のお姫様に?
 そのお姫様はアーチャーの目の前で、相変わらず牙をむき、真っ青な尾を最大限に膨らませて威嚇していた。

「シェナ‥‥‥様。大人しくつけてくれない、よな?」

 その返事は鋭い爪が空を裂くような、凄まじい威嚇音だった‥‥‥。
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