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第三章 たった一人の隣人

死霊術師、憂さ晴らしをする

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「‥‥‥うそっ!?」
「ついでだ。この全権委譲と本件の正式代理人を‥‥‥ルカ、本名は?」
「え?  なんでそんなこと言わなきゃいけないのよ!?」
「めんどくさい、あーなんだ? ルカ・エナス――?? ルカ・エナスティカに委任するものとする。以上!!」
「はあ―――――っ!!?? ちょっと、何勝手に‥‥‥嘘お?? こんなの困るわよ!?」

 慌ててその紙をアーチャーに戻そうとするが時すでに遅し。
 文面にはきちんと青の線が入っていた。

「逃げれなくなったな? ま、頑張れよ。黒曜族のルカ? しくじったら――あんたが公開処刑されるかもな?」
「ひっ!!???」

 円満の笑みで言うアーチャーの後ろで、多くの職員が困惑とようやく正義に走れるという思いが入り混じった顔を並べ、そのうちの数人はギルドの奥と入り口から出て行った。

「さて、お前たち。追いかけてくれるか?」
「はい、御主人様?」
「違うわよ、ラナ。ロン様、よ」
「ロン様‥‥‥うん」
「行こう、狩りの時間だわ」
「うん、お姉ちゃん」
 
 そう言うと、双子は獣人の俊敏さと狼の狩人の血をたぎらせ、外に出た連中を追跡しに出口から勢いよく走りだし、姿を消した。
 で、どうするんだ?
 アーチャーはロンの仮面のまま、イスにへたへたと座り込んだルカの胸倉をつかんで引き寄せる。

「ほら、ルカ様? そろそろ覚悟を決めろよ」
「だって‥‥‥あたし、一介の受付嬢なのよ?? そんな大それたこと出来るはずがない‥‥‥」
「おい、甘えんなよ? 俺が何かをしたんじゃここは変わらないだろう? 誰かがのろしを上げるしかないんだ。とは言っても、俺が盛大に燃やしたけどな」
「この疫病神‥‥‥あんたなんて、あいつらに殺されれば良かったのに‥‥‥」

 ひどい言われようだ。
 だが、それでいい。
 怒りがなきゃここから先は生き残れないからだ。

「そうかもな? だがあんたの憧れのイライアならやるだろうよ? 例えこのパルド市の大半を焼け野原にしても、腐った連中を一掃するはずだ。ほら、神様の許可も出ただろう?」
「神様の許可が降りたとしても、その神様が守ってくれるわけじゃないわ。ただ、見ているだけの神なんて要らないのよ‥‥‥」
「情けない奴だなあ。俺なんてまだ十八だぞ? あんたより、二歳も年下だってのに……だったら、援軍を呼べよ上の連中を動かせ、それといるだろうが」
「何がよ? どこになにがいるのよ??」
「イライアにすぐに回線をつないで助けを求めろ。どうせ、あのババアのことだ。数時間で来る方法くらい知ってるだろ。それまでは守ってやる。この俺がな」
「あんたじゃ‥‥‥力不足だわ」
「あん? なんでだよ‥‥‥なるほど」

 そんな話をしている間に上の人間に伝達されたのだろう。
 二人を取り囲みようにして遠巻きに警備員だの、他の冒険者だのが手に武器を取って近づいて来ていた。

「これで助かる見込みなんてあると思うの? 明日の朝の解体ショーのメインは私とあんたよ‥‥‥??」
「いいねえ、それは是非、なってみたいもんだ。おい、ルカ、そこを動くなよ? 少なくとも、そのイスから立つな」
「‥‥‥だって、何よこれ!?」

 ふと気づくとルカは円形の結界が足元に作られていて、自分がその中心にいることに気づく。
 そして、動くなと言われても――翼を広げて空に逃れようとしたのに、その結界に当たると紫電が散って痛みをもたらしてしまい、これでは動きようがなかった。

「出るなよ? 外からも中からも何も出来ないからな。一番、安全なのはそこだけだ」
「何よこれっ!!?? あんた一体何なのよ!!?」
「俺か? 死霊術師だよ!!」

 アーチャーはそう叫ぶと長剣を上段から振り下ろしてきた冒険者の男の脇をすり抜けた。
 同時にその柄に手をやって剣を奪うと、彼の背中に剣の腹で盛大に一撃をくれてやる。
 男は頭からルカのデスクに突っ込んでいき、派手な音を立ててそれを破壊してしまっていた。
 上がるルカの悲鳴を合図に、四方から押し迫ってくる剣や槍の脅威に少しだけ冷や汗をかきながら、アーチャーは良い日だ――全員ぶちのめしても怒られない!!
 そう心で歓喜の声を上げると、勇者や聖女に対する恨みを晴らすように暴力の渦のなかに飛び込んで行った。




「あんたねえ、何考えてんのよ‥‥‥」
「まあ、そう言うなよイライア。地下のギルド支部に巣食った闇の一層の足掛かりになったろ?」

 足掛かり?
 この有り様で??

 前回、地下の視察で見たときのギルド支部の建物はいまは主がいなくなった貴族の邸宅を改装したものだった。
 広い庭に門柱までついていて、これほど立派でいいのかしら。
 そう首を傾げるほどに見栄えが良かったのに‥‥‥

「誰、屋根はぶち抜くわ、天井は半壊させるわ‥‥‥おまけに奥の間に至るまで壁という壁が焦げ付いてるわ。、この建物もう、二度と使えないじゃないの!!」
「そこは怒るとこじゃないだろ?? きちんとルカも守ったし、ほら、怪我人だって最低限だ。まあ、半年は入院がいるかもしれないがな? 善良なギルドメンバーや、運営側の係員たちはルカを守ってくれたんだぜ? それに、ババ―――いや、あんたにも連絡してくれた。だからここにいるんだろ?」
「誰がババアよ!?」

 イライアの額に青筋が走る。
 しかし、アーチャーの言い分も間違ってはいなかった。
 これだけの大乱闘。おまけに攻撃魔法もふんだんに発動した後があるのに負傷者はいても死亡者はいない。
 どんな方法でやらかしたのよ、思わずそう聞かずにはいられなかった。

「方法? さあな? そこにいる、ルカに聞いたらどうだ?」
「聞いたわよ‥‥‥」
「で、なんて言ってた?」
「‥‥‥化け物がいた、って。それだけ言って今も泣いてるわよ、彼女。何したのよ」
「これ、かな‥‥‥?」

 アーチャーはあの紙を折りたたんで持っていた。
 どこかから取り出すと、イライアに見せてやる。

「あんたねー‥‥‥うちの可愛い子を苛めないで!!」
「絶句しとけよ、おばさん。それよりだ。うちの可愛い狼二匹が外で見つけて来たみたいだな? この件の首魁の居所につながる手がかりをさ」

 明日は盛大に暴れようぜ、イライア?
 こんどこそ絶句したイライアを尻目に、アーチャーはラグとラナの頭を優しく撫でて褒めていた。
 
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