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第一章 棄てられた死霊術師

「上級貴族」のしきたり

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「単身では――ダメ、だと‥‥‥?」

 その言葉はアーチャーの口からため息となって漏れていた。
 ここは外務省の上級貴族向けの窓口。 
 王都外壁の中にある郊外や植民地に移動するための貴族がその役務を受けたり、返上する際に最初に手続きに訪れる場所だ。
 アーチャーの爵位は準伯爵。
 しかし、任地は辺境国だから辺境国王を名乗ることも可能となり、彼の爵位は伯爵と同列にあった。
 そうなるとこれまでの勇者パーティーでの移動とはまったく異なる人員の編成が必要になる。
 人事院からここに最初に行けと言われて、墓参りの後にやってきたのだが‥‥‥

「はい、イディス伯爵様。ああ、その任地に応じてこう呼ばせて頂きますね。男爵様以上の御方が地下に限らず、任地変えで移動されるときはその時に連れて行く人員が定められています。決められた頭数の馬車が何台、下男下女、その家人の数、持ち込める資産についてもですね」
「いや、待ってくださいよ? その費用はどこから出るんですか? 国が貸付でもして頂ける、と?」
「え? ご存知ないのですか?」

 嫌な予感がした。
 これは自腹かそれとも――

「それは、もしかして‥‥‥」
「はい、勿論でございます。
 冒険者からいきなり爵位を受勲される方もいらっしゃいますが、そういった方は領地替えとは行きませんから単身行って頂いても構わないのですが」
「俺も――そのパターンですよね??」
「いいえ、伯爵様。伯爵様は先に宮廷死霊術師様ですから。騎士格以上となりますので、二度目の転封となりまして――」
「つまり、先払いで用意しろ、と?」
「はい、左様でございます」

 ああ、なんだよそれ。
 最悪どころじゃないぞ?
 俺は宮廷死霊術師だが、貰った給与なんてなかったんだ。
 あったとしても――それは仲間のあの魔道具や実家に、アリスたちに送金していた。
 今更、返してくれとは言えないのは分かり切っていた。 
 そして、貴族はその名誉だの体面だのを大事にするから、貸付なんて制度は‥‥‥あり得ない。
 八方塞がりだ――
 
「分かりました。では‥‥‥その詳細、頂けますか? 人員や移動する際の最低限の規則で決まっているものを、知りたい」
「こちらに概要を記してございます。不明な際はまたお越しください。ただ――」

 相手はちょっと困ったような顔をしていた。
 言いづらい、そんな表情だ。
 分かってる。
 任期だよな、期日‥‥‥

「何時までに地下に就けるか、ですよね?」
「‥‥‥はい、伯爵様。これは三か月後となっております。地下のタイレス辺境国のタイレス城に行くには最低でも二か月かかりますから。お早めにされたほうが宜しいかと」
「分かりました。ありがとう」
「またお待ちしております」


 ――お待ちしております。じゃないだろ‥‥‥。
 ここを立つ猶予が一月もないのに、かかる経費が最低、金貨二百枚?
 俺の報酬の五年分じゃないか。
 
「無理だろ、これ‥‥‥。逃亡、するか? それもいいなあ‥‥‥いや、無理だな――」

 爵位を受勲したあとで返上は不名誉だ。
 あの聖女なら、王国を侮辱したとして死罪を求刑されたとしてもおかしくない。
 何より、アスカだ。
 あいつの存在は、言い換えれば人質。逆らえばどうなるか、そう言われているとしてもおかしくないようにアーチャーには取れてしまう。
 頼れる存在、いたかな?
 いや、いないな。
 どうするべきか。

「困ったな。いや、どうにかしないとこれは本当にまずい。とはいえ、借りれる宛もない‥‥‥? いや、それも無いことはないか」

 貴族のくせに馬車も使わないのか?
 そんな目で館を出るアーチャーを睨む出入りする同じ階級か、それ以上の貴族の下男たちが侮蔑の視線を向けながら去っていくのを尻目に、彼は外務省を後にした。
 時刻は夕刻。
 いつもなら、宿屋に戻っているころだ。
 最近は暇で、こころの距離が開いたとしても、そばにいてくれるシェニアを抱きしめて二人の時間を大事にしていた。そんな時間はまた戻るのだろうか?
 
「あ、荷物‥‥‥。まあ、いいか。また揃えれば困らない。必要なのはここにあるしな」

 こんな街中をひとりでぶつぶつと言いながら歩く役人。それもまだ若い少年から大人になりきれていない人間が夕刻にいれば、誰でも変な顔をするものだ。
 ついつい、田舎や辺境にいた頃の習慣が出てしまっていた。
 アーチャーは、奇妙なものを見る人々の視線に気恥ずかしさを感じると、口を閉じてその場を後にした。
 とりあえずは資金が要る。それも早急に。
 今夜はパーティーメンバーがいるあの宿屋に戻るのはやめよう。
 離れるいい機会だ。
 シェニアのことが気がかりだが、渡した魔道具を差し戻してきたところを見ると、関わりたくない。
 
 そんな意思表示にもとれてしまう。
 シェニアはしつこい男を求めない。あくまで彼女は自分の世界が中心だ。
 エルフというのはそういう種族なんだろう‥‥‥この三年間で彼女のことをそう思うようになったから今戻るのは更に距離を開くことになるような気がする。
 恋愛ってのは、めんどくさいもんだ。
 軽く手を額に当てて落ち込んだ気分をぬぐうと、アーチャーは市街地の西側に抜ける辻馬車を探した。
 宿屋街がそこにあるからだった。

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