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序章 死霊術師、追放される
黒き夜の来訪者
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カタンっ、と音がした。
ふと音の方向に視線を転じると、そこには出窓がある。
その向こう側には深夜の天空に浮かぶ赤い月の光に照らされてひとりの女性が立っていた。
地方の宿屋の二階にあるこの部屋だ。
いかに田舎とはいえ、その場所は‥‥‥人が立つにはいささか高すぎた。
窓の外に足掛かりになるような床や、一階の屋根がないことはここ数日の逗留で確認すみだ。
「はあ? また何なんだ、こんな夜中に‥‥‥」
古臭くてかたいベッドのマットレスに文句をぶつけながら、アーチャーはやれやれとうつぶせの態勢から起き上がる。その腕の下には彼を抱き止めるようにして柔らかい別の人物がいるのだが――相手は、集中していたところを妨げられて不快そうに窓の外にいる存在をにらみつけていた。
「もうっ! またなの? 何回目よ、アーチャー!? ほうっておきなさいよ、相手にする気?」
「まあ、待てよ、シェニア。彼女に見覚えないか?」
「んー?」
言われて人よりも耳がいくぶんとがった印象の少女は、どこか年寄りめいたため息をついてああ、あれって昼間の? そう彼に問い返した。
確か、昨日訪れたとある古城の地下のダンジョンの一角で見かけたような気もする。
そう確認すると、アーチャーはそうだよ、シェニア。良い目だね、と返事を返してベッドを抜け出した。
「なあ、シェニア? 俺のズボン知らないか?」
「‥‥‥っもう、はいこれ。その恰好で出迎える気なの、情けない‥‥‥窓、次から鎧戸を落とさないとだめね‥‥‥」
いつでもどこでもやってくるんだから。きりがないし、大事な空気が台無しにされちゃう。
シェニアは若木のような芽吹いた緑色の絹のような髪を、手でかきあげると不機嫌なままベッドにもぐりこんでしまった。
「すまないな、シェニア。ほら、入って来いよ? ‥‥‥ダメなんだぞ、こんな人里にまで降りてきたら」
そう言いながら窓を開けると、黒髪に古い時代に貴族令嬢の間で流行したであろうロングドレスを身にまとった女性は室内に招き入れられてそっと床にその足を降ろす。
背にある羽は彼女が、人間ではないことを暗に示していた。
「すいません、あなた様にお話がありまして」
「俺に? みんなこうして来るけど、なぜか夜中なんだよな? あれが機嫌悪くなるんだが‥‥‥」
「申し訳ございません。 私たちは夜の方が自由に動けますので――どうかご容赦ください」
後ろでもの扱いして呼ばないでっ、とクレームが小さく入るがそれは無視されて会話が続く。
アーチャーはまあ、種族としてはそうなんだろうがと、来客の返事を受けて困った笑顔を浮かべていた。
「昨日、我が主の城にお越しいただきました。覚えておられますか?」
「城? もう千年から二千年もの間、主不在の古城の跡になら――訪れたけどな。やはり、主は健在だったか?」
納得したようにうなづくアーチャーは得意そうな顔になる。
来訪した女性は背に巨大な、闇色に染まった黒鳥の羽をそれぞれ、二枚、合計四枚備えていた。
羽を折りたたむようにしてその場に膝をつくと、彼にかしづくようにして胸に手を当てた。
「我が主、デュラハンのリード卿より感謝の言葉を捧げに参りました、死霊術師殿」
「夜に来るなんて失礼よ、ハーピーさん?」
途端、ベッドの中から指摘の声が飛ぶ。
ハイエルフのシェニアはシーツをからだに巻き付けると、羽を持つ女性に向かって嫌味を言っていた。
「ハーピーではありません、黒曜族です。エルフ‥‥‥?」
「ハイ、エルフよ。純血のね!!」
「おめずらしい、森の賢者たるあなた様が何故にこのような‥‥‥?」
あ、やっぱり珍しいんだ?
エルフが人の側にいることも珍しいのに、シェニアはその中でも神に近いハイエルフだ。
アーチャーは魔族が奇妙がるのも理解できる気がした。
「どうでもいいでしょ? それに彼は宮廷死霊術師よ、黒曜族のあなた?」
「失礼いたしました。それほどの地位のある方とまで、推察できませんでした」
素直に頭を下げる鳥女子に、森の賢者はふんっとそっぽを向いてしまう。
早く用事を済ませて帰りなさい、そんな素振りだった。
「あー、で、何かな? リード‥‥‥卿、様のお言葉とは?」
「名乗り遅れました、私は黒曜族のラスと申します。宮廷死霊術師様。我らが長い眠りについていた間、城は無粋な低級どもに住み着かれていた様子。それらを退治して頂き感謝に堪えません」
「別にあなたたちのためにした訳じゃないよ。低級? あのライルが倒した鬼人の僧侶のことか? 多くの死霊やオークなんかを召喚して近隣の村々を襲っていたからな、地方のギルドから退治の依頼が来ていただけだよ」
アーチャーがつまらない仕事だったよ。
と、そう言うと黒曜族の女性は不思議そうな顔をしていた。
「勇者? あのような弱き者が‥‥‥いまの世では勇者を名乗れるのですか?」
「まあ、弱くは無いんだけどな――あなたたちの時代がいつかは俺には分からないけれど、いまではあれが勇者だよ。風の女神アミュエラ様からの神託を受けた勇者ライル。それが彼の名だ」
女神の名を聞いたラスは呆れたように頭を振っていた。
勇者の格も落ちたものですね、とそう言いながら‥‥‥
ふと音の方向に視線を転じると、そこには出窓がある。
その向こう側には深夜の天空に浮かぶ赤い月の光に照らされてひとりの女性が立っていた。
地方の宿屋の二階にあるこの部屋だ。
いかに田舎とはいえ、その場所は‥‥‥人が立つにはいささか高すぎた。
窓の外に足掛かりになるような床や、一階の屋根がないことはここ数日の逗留で確認すみだ。
「はあ? また何なんだ、こんな夜中に‥‥‥」
古臭くてかたいベッドのマットレスに文句をぶつけながら、アーチャーはやれやれとうつぶせの態勢から起き上がる。その腕の下には彼を抱き止めるようにして柔らかい別の人物がいるのだが――相手は、集中していたところを妨げられて不快そうに窓の外にいる存在をにらみつけていた。
「もうっ! またなの? 何回目よ、アーチャー!? ほうっておきなさいよ、相手にする気?」
「まあ、待てよ、シェニア。彼女に見覚えないか?」
「んー?」
言われて人よりも耳がいくぶんとがった印象の少女は、どこか年寄りめいたため息をついてああ、あれって昼間の? そう彼に問い返した。
確か、昨日訪れたとある古城の地下のダンジョンの一角で見かけたような気もする。
そう確認すると、アーチャーはそうだよ、シェニア。良い目だね、と返事を返してベッドを抜け出した。
「なあ、シェニア? 俺のズボン知らないか?」
「‥‥‥っもう、はいこれ。その恰好で出迎える気なの、情けない‥‥‥窓、次から鎧戸を落とさないとだめね‥‥‥」
いつでもどこでもやってくるんだから。きりがないし、大事な空気が台無しにされちゃう。
シェニアは若木のような芽吹いた緑色の絹のような髪を、手でかきあげると不機嫌なままベッドにもぐりこんでしまった。
「すまないな、シェニア。ほら、入って来いよ? ‥‥‥ダメなんだぞ、こんな人里にまで降りてきたら」
そう言いながら窓を開けると、黒髪に古い時代に貴族令嬢の間で流行したであろうロングドレスを身にまとった女性は室内に招き入れられてそっと床にその足を降ろす。
背にある羽は彼女が、人間ではないことを暗に示していた。
「すいません、あなた様にお話がありまして」
「俺に? みんなこうして来るけど、なぜか夜中なんだよな? あれが機嫌悪くなるんだが‥‥‥」
「申し訳ございません。 私たちは夜の方が自由に動けますので――どうかご容赦ください」
後ろでもの扱いして呼ばないでっ、とクレームが小さく入るがそれは無視されて会話が続く。
アーチャーはまあ、種族としてはそうなんだろうがと、来客の返事を受けて困った笑顔を浮かべていた。
「昨日、我が主の城にお越しいただきました。覚えておられますか?」
「城? もう千年から二千年もの間、主不在の古城の跡になら――訪れたけどな。やはり、主は健在だったか?」
納得したようにうなづくアーチャーは得意そうな顔になる。
来訪した女性は背に巨大な、闇色に染まった黒鳥の羽をそれぞれ、二枚、合計四枚備えていた。
羽を折りたたむようにしてその場に膝をつくと、彼にかしづくようにして胸に手を当てた。
「我が主、デュラハンのリード卿より感謝の言葉を捧げに参りました、死霊術師殿」
「夜に来るなんて失礼よ、ハーピーさん?」
途端、ベッドの中から指摘の声が飛ぶ。
ハイエルフのシェニアはシーツをからだに巻き付けると、羽を持つ女性に向かって嫌味を言っていた。
「ハーピーではありません、黒曜族です。エルフ‥‥‥?」
「ハイ、エルフよ。純血のね!!」
「おめずらしい、森の賢者たるあなた様が何故にこのような‥‥‥?」
あ、やっぱり珍しいんだ?
エルフが人の側にいることも珍しいのに、シェニアはその中でも神に近いハイエルフだ。
アーチャーは魔族が奇妙がるのも理解できる気がした。
「どうでもいいでしょ? それに彼は宮廷死霊術師よ、黒曜族のあなた?」
「失礼いたしました。それほどの地位のある方とまで、推察できませんでした」
素直に頭を下げる鳥女子に、森の賢者はふんっとそっぽを向いてしまう。
早く用事を済ませて帰りなさい、そんな素振りだった。
「あー、で、何かな? リード‥‥‥卿、様のお言葉とは?」
「名乗り遅れました、私は黒曜族のラスと申します。宮廷死霊術師様。我らが長い眠りについていた間、城は無粋な低級どもに住み着かれていた様子。それらを退治して頂き感謝に堪えません」
「別にあなたたちのためにした訳じゃないよ。低級? あのライルが倒した鬼人の僧侶のことか? 多くの死霊やオークなんかを召喚して近隣の村々を襲っていたからな、地方のギルドから退治の依頼が来ていただけだよ」
アーチャーがつまらない仕事だったよ。
と、そう言うと黒曜族の女性は不思議そうな顔をしていた。
「勇者? あのような弱き者が‥‥‥いまの世では勇者を名乗れるのですか?」
「まあ、弱くは無いんだけどな――あなたたちの時代がいつかは俺には分からないけれど、いまではあれが勇者だよ。風の女神アミュエラ様からの神託を受けた勇者ライル。それが彼の名だ」
女神の名を聞いたラスは呆れたように頭を振っていた。
勇者の格も落ちたものですね、とそう言いながら‥‥‥
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