上 下
82 / 87
第五章 アリアと闇の妖精たち

石化の魔法

しおりを挟む

「そうなりますとこれで誰かを先に行かせるということは難しくなりますな」
「そうだと思う。こちらとあちらの時間の流れを少しでも変えることができればまた別なんだろうけど」
「この城の中でならば、それも可能なのでは?」
「やってしまったら、いまいらしている来賓の方々に色々と面倒なことになると思わない?」

 この状況下で一番の問題となるのは誰でもない。
 城の中に招いているあのお客様たちだ。
 南からも西からも北からも世界のいろんな場所からやってきた神々が、わたしのやり方一つ一つの興味を持たないはずがない。
 どんなやり方をしても彼らが元の場所に帰っていけばそこでは色んな噂が立つだろう。
 その時に、せめて旦那様の恥にならないようにしっかりとしなくてはならない。
 
「ともかくそこの不審者には地下牢に入ってもらいましょう」
「それが妥当ね。よろしいかしら、ライシャ?」
「……は、ええ……知らなかった。そんな道具で利用されていたなんて……」
「自覚はなかったって言うつもり? あなたも妖精王の娘ならそれなりに魔法が使えたはず」
「……何か不思議な力に心を掴まれるような感じはありました。でも、ルイがおっしゃるようなことをしてなんて、ちょっと信じられない……」

 そう。 
 どうなんだろう。
 老ダークエルフの持っていた「兆しの杖」はそうな効果を及ぼす道具だという話だけど、彼がこれを使ってライシ ャに何をさせていたのかは、また別の話になってしまう。
 調べあげたいところだけれど、今は本当にそれどころじゃないのよね。
 
「戻り次第調べることにしましょう。ではおまえたち」
 
 わたしの合図で魔力を使えないように法具を付けられ、拘束されたルイが憎々し気な目をこちらに向けてくる。
 一瞬彼の目が銀色の光を放った。
 銀色? 彼の瞳は金色だったはず。
 背中に、闇が這うような異様な感触をおぼえた。
 意識する前に、水の精霊たちがわたしに向けられた何かに対して、先ほどルイのまえに作り上げたような水壁を作り上げる。
 光がはなたれ、届くあいだの瞬間のこと。
 言葉が音になるよりも早く、その光は壁の前に崩れ落ちる。
 と、いうか……水の壁の接触したぶぶんだけが強固な石と化して流れ落ちた。

「陛下、ご無事かな」
「……ええ。なにかしら、これは……」

 リクウスが知らぬ間にわたしの目の前に飛んでいた。
 そう、駆けたのではなく。中空を飛んでいた。
 水壁だと思ったのは、彼の勇壮なたてがみのそれだったのだ。
 静かな声に救われて、思わず悲鳴をあげそうになるのをぐっとこらえるとそれだけを返すことができた。
 書記官やニーエさんにライシャ。
 他の武官・文官ともに……ああ、誰もが優秀すぎる。
 わたしが対応しなくても、ルイの瞳がはなった何かの魔法は、幾重にも彼らが対処した結界だの、剣先だのによって阻まれていたのだから。

「石化の一種かと。古い魔法……神ではなく闇に属する魔族の利用する、呪いの一つ。光を目の奥にとらえてしまうと、そのまま石になるのです」
「……とんでもない魔法ね」
「呪いの方が正しいですが、まあ我らがどうこうする必要もなかったようですな。陛下の周りには御自身の壁が幾重にもなされているようですから。ああ、お前たち、目を塞げ。布でもかぶせればもうなにもできん」

 リクウスがそう命じると、ルイは……いや元ダークエルフだったはずの何か……咄嗟のことに臣下たちの攻撃により燃えたり、裂けたり、凍り付いて砕けたりとした肉塊は、何も物言わぬまま運ばれていった。
 
「……お前たち、ご苦労でした……」
「あれはまた後で、元通りにしておきましょう。聞きたいこともありますでな」
「任せるわ。ダークエルフって馬鹿に出来ないのね」
「それはもちろん。人間でも命を賭ければ恐ろしい力を発揮しますから。さて、ライシャ様ですが、いかがなさいますか?」
「え?」
「この場で八つ裂きにするものよし、首をはねるのもよし、氷漬けにしてはく製にして飾っておくのも宜しいでしょう。さすがダークエルフの王女、見た目はなかなかに美しい」
「え、あの。待ちなさい、リクウス」
「それとも生きたまま腹を切り裂き、内臓を引き抜いて太陽の下にさらしてやるのもよいでしょうな。狼やこの辺りに住む野生動物のどもの、舌を喜ばせてやることになる。神々の前で調理をして出すのが宜しいでしょうかな。ダークエルフというのは一時期、エルフの中でも最下位だとして奴隷として売買され、その肉体が良い薬のもとになるという迷信はあったほどで。調理方法も、いろんなものが伝えられておりますから」
「待ちなさい! そんなライシャの恐怖心を煽るようなこと言わない!」
「おや、そうですか。よかったなライシャ殿。我が女王陛下はそなたのことを、今は罰する気はないらしい。臣下の我々からしてみれば、今この場で処断されてもおかしくないと思うが、まあ、よろしい」
「……リクウス。あなたのそういうところが好きじゃないわ」
「それは残念。ですが女王陛下、妖精とはいま話したわしのように、残酷で気まぐれで自分勝手な存在だと認識していただきたい」
「あ……」

 静かに素直にわたしは頷いた。
 リクウスは満足そうな顔をすると、さっさとわたしの左側に戻ってしまう。
 神でもない、精霊でもない妖精たち。
 その考え方の根源にあるのは、人とは違う倫理観だと思い知らされる。
 彼らは人よりももっと自然に近くて、その意志も理論化されたものではなくて、大きな力の流れに沿うようなそんなものなのだ。
 法律とかそんなものではなく。
 未来に起こること、いまそこにある力の大きな流れに寄り添うこと。
 それが、妖精たちの生き方なのだと、おぼろげに掴み取る。

「すこしだけ良い機会だったかもしれません。我が女王」
「ラスア……そうね。そうかもしれない。それからライシャ殿、いまは何も致しませんよ。ルイ殿はああなってしまったかけれど」

 少し落ち着くように声をかけても、床にしゃがみこみ両手で顔を覆ってむせび泣く彼女がいた。
 かつての仲間の変わり果てた姿を見たライシャは、あれほど傲慢だった態度はどこかに消えてしまい、抵抗することを忘れた無力の徒へと化していた。
 自分のこれからを考えたのかななんて思ってしまった。
 連れてきた部下が助けを求めた相手に無礼を働いたら、その主であるライシャが無事ですむ保証はなくて。
 リクウスが脅しめいた言葉をかけたことも、彼女の感情に大きな怯えをもたらしたの。
 まったく、おじいちゃんったら……。

「いいえ、いいえ……陛下」
「落ち着きなさい。あなたまでわたしに何かをするつもりですか?」

 そう問いかけると、ゆっくりと顔をあげ、両手を降ろした彼女は、よくよく見れば目尻がちょっと垂れた犬のような可愛らしい瞳をしていて。
 目の端からは恐怖からか、それとも申し訳なさからか。
 とどめない涙が溢れて止まるところを知らない。

「そんな、ことは……ありません。我が古郷を、お助け下さい、陛下……」
「心配しなくても、ルイは元に戻します。彼には相応の罪が与えられるだろうけど、それも妖精王様がお決めになるでしょう。あなたが泣いていては侍女も泣き止みませんよ?」
「え?」

 落ち着きなさいとライシャに言い含める。
 侍女と聞いて後ろを振り返った彼女は、もう一人のダークエルフの少女、エステラを見やった。
 あちらはあちらで、ルイの行なった行為とその後に与えられた罰に、戦慄したらしい。
 その場にへたり込むと、何も言えないままこちらに恐怖の視線を向けていた。

「二人とも罰する気はないから……もっとも、ルイに加担したというならば話は別ですが」
「な、ないです!」
「それは、ありません陛下」

 二者二様の返事が戻ってくる。
 なんだかとんでもないトラブルが起こったけど、とりあえず邪魔者一人消えたらしいし。
 そろそろ次の舞台の幕は開けなければ、物語は進まない。
 時間は刻々と押していて、戻ることはないのだから。
 わたしは二人のダークエルフの少女たちに歩み寄ると、ライシャを先に。次はエステラを立たせまずはリクウスを筆頭に先遣隊を門の向こうにやることに決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】婚約破棄にて奴隷生活から解放されたので、もう貴方の面倒は見ませんよ?

かのん
恋愛
 ℌot ランキング乗ることができました! ありがとうございます!  婚約相手から奴隷のような扱いを受けていた伯爵令嬢のミリー。第二王子の婚約破棄の流れで、大嫌いな婚約者のエレンから婚約破棄を言い渡される。  婚約者という奴隷生活からの解放に、ミリーは歓喜した。その上、憧れの存在であるトーマス公爵に助けられて~。  婚約破棄によって奴隷生活から解放されたミリーはもう、元婚約者の面倒はみません!  4月1日より毎日更新していきます。およそ、十何話で完結予定。内容はないので、それでも良い方は読んでいただけたら嬉しいです。   作者 かのん

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...