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第五章 アリアと闇の妖精たち
石化の魔法
しおりを挟む「そうなりますとこれで誰かを先に行かせるということは難しくなりますな」
「そうだと思う。こちらとあちらの時間の流れを少しでも変えることができればまた別なんだろうけど」
「この城の中でならば、それも可能なのでは?」
「やってしまったら、いまいらしている来賓の方々に色々と面倒なことになると思わない?」
この状況下で一番の問題となるのは誰でもない。
城の中に招いているあのお客様たちだ。
南からも西からも北からも世界のいろんな場所からやってきた神々が、わたしのやり方一つ一つの興味を持たないはずがない。
どんなやり方をしても彼らが元の場所に帰っていけばそこでは色んな噂が立つだろう。
その時に、せめて旦那様の恥にならないようにしっかりとしなくてはならない。
「ともかくそこの不審者には地下牢に入ってもらいましょう」
「それが妥当ね。よろしいかしら、ライシャ?」
「……は、ええ……知らなかった。そんな道具で利用されていたなんて……」
「自覚はなかったって言うつもり? あなたも妖精王の娘ならそれなりに魔法が使えたはず」
「……何か不思議な力に心を掴まれるような感じはありました。でも、ルイがおっしゃるようなことをしてなんて、ちょっと信じられない……」
そう。
どうなんだろう。
老ダークエルフの持っていた「兆しの杖」はそうな効果を及ぼす道具だという話だけど、彼がこれを使ってライシ ャに何をさせていたのかは、また別の話になってしまう。
調べあげたいところだけれど、今は本当にそれどころじゃないのよね。
「戻り次第調べることにしましょう。ではおまえたち」
わたしの合図で魔力を使えないように法具を付けられ、拘束されたルイが憎々し気な目をこちらに向けてくる。
一瞬彼の目が銀色の光を放った。
銀色? 彼の瞳は金色だったはず。
背中に、闇が這うような異様な感触をおぼえた。
意識する前に、水の精霊たちがわたしに向けられた何かに対して、先ほどルイのまえに作り上げたような水壁を作り上げる。
光がはなたれ、届くあいだの瞬間のこと。
言葉が音になるよりも早く、その光は壁の前に崩れ落ちる。
と、いうか……水の壁の接触したぶぶんだけが強固な石と化して流れ落ちた。
「陛下、ご無事かな」
「……ええ。なにかしら、これは……」
リクウスが知らぬ間にわたしの目の前に飛んでいた。
そう、駆けたのではなく。中空を飛んでいた。
水壁だと思ったのは、彼の勇壮なたてがみのそれだったのだ。
静かな声に救われて、思わず悲鳴をあげそうになるのをぐっとこらえるとそれだけを返すことができた。
書記官やニーエさんにライシャ。
他の武官・文官ともに……ああ、誰もが優秀すぎる。
わたしが対応しなくても、ルイの瞳がはなった何かの魔法は、幾重にも彼らが対処した結界だの、剣先だのによって阻まれていたのだから。
「石化の一種かと。古い魔法……神ではなく闇に属する魔族の利用する、呪いの一つ。光を目の奥にとらえてしまうと、そのまま石になるのです」
「……とんでもない魔法ね」
「呪いの方が正しいですが、まあ我らがどうこうする必要もなかったようですな。陛下の周りには御自身の壁が幾重にもなされているようですから。ああ、お前たち、目を塞げ。布でもかぶせればもうなにもできん」
リクウスがそう命じると、ルイは……いや元ダークエルフだったはずの何か……咄嗟のことに臣下たちの攻撃により燃えたり、裂けたり、凍り付いて砕けたりとした肉塊は、何も物言わぬまま運ばれていった。
「……お前たち、ご苦労でした……」
「あれはまた後で、元通りにしておきましょう。聞きたいこともありますでな」
「任せるわ。ダークエルフって馬鹿に出来ないのね」
「それはもちろん。人間でも命を賭ければ恐ろしい力を発揮しますから。さて、ライシャ様ですが、いかがなさいますか?」
「え?」
「この場で八つ裂きにするものよし、首をはねるのもよし、氷漬けにしてはく製にして飾っておくのも宜しいでしょう。さすがダークエルフの王女、見た目はなかなかに美しい」
「え、あの。待ちなさい、リクウス」
「それとも生きたまま腹を切り裂き、内臓を引き抜いて太陽の下にさらしてやるのもよいでしょうな。狼やこの辺りに住む野生動物のどもの、舌を喜ばせてやることになる。神々の前で調理をして出すのが宜しいでしょうかな。ダークエルフというのは一時期、エルフの中でも最下位だとして奴隷として売買され、その肉体が良い薬のもとになるという迷信はあったほどで。調理方法も、いろんなものが伝えられておりますから」
「待ちなさい! そんなライシャの恐怖心を煽るようなこと言わない!」
「おや、そうですか。よかったなライシャ殿。我が女王陛下はそなたのことを、今は罰する気はないらしい。臣下の我々からしてみれば、今この場で処断されてもおかしくないと思うが、まあ、よろしい」
「……リクウス。あなたのそういうところが好きじゃないわ」
「それは残念。ですが女王陛下、妖精とはいま話したわしのように、残酷で気まぐれで自分勝手な存在だと認識していただきたい」
「あ……」
静かに素直にわたしは頷いた。
リクウスは満足そうな顔をすると、さっさとわたしの左側に戻ってしまう。
神でもない、精霊でもない妖精たち。
その考え方の根源にあるのは、人とは違う倫理観だと思い知らされる。
彼らは人よりももっと自然に近くて、その意志も理論化されたものではなくて、大きな力の流れに沿うようなそんなものなのだ。
法律とかそんなものではなく。
未来に起こること、いまそこにある力の大きな流れに寄り添うこと。
それが、妖精たちの生き方なのだと、おぼろげに掴み取る。
「すこしだけ良い機会だったかもしれません。我が女王」
「ラスア……そうね。そうかもしれない。それからライシャ殿、いまは何も致しませんよ。ルイ殿はああなってしまったかけれど」
少し落ち着くように声をかけても、床にしゃがみこみ両手で顔を覆ってむせび泣く彼女がいた。
かつての仲間の変わり果てた姿を見たライシャは、あれほど傲慢だった態度はどこかに消えてしまい、抵抗することを忘れた無力の徒へと化していた。
自分のこれからを考えたのかななんて思ってしまった。
連れてきた部下が助けを求めた相手に無礼を働いたら、その主であるライシャが無事ですむ保証はなくて。
リクウスが脅しめいた言葉をかけたことも、彼女の感情に大きな怯えをもたらしたの。
まったく、おじいちゃんったら……。
「いいえ、いいえ……陛下」
「落ち着きなさい。あなたまでわたしに何かをするつもりですか?」
そう問いかけると、ゆっくりと顔をあげ、両手を降ろした彼女は、よくよく見れば目尻がちょっと垂れた犬のような可愛らしい瞳をしていて。
目の端からは恐怖からか、それとも申し訳なさからか。
とどめない涙が溢れて止まるところを知らない。
「そんな、ことは……ありません。我が古郷を、お助け下さい、陛下……」
「心配しなくても、ルイは元に戻します。彼には相応の罪が与えられるだろうけど、それも妖精王様がお決めになるでしょう。あなたが泣いていては侍女も泣き止みませんよ?」
「え?」
落ち着きなさいとライシャに言い含める。
侍女と聞いて後ろを振り返った彼女は、もう一人のダークエルフの少女、エステラを見やった。
あちらはあちらで、ルイの行なった行為とその後に与えられた罰に、戦慄したらしい。
その場にへたり込むと、何も言えないままこちらに恐怖の視線を向けていた。
「二人とも罰する気はないから……もっとも、ルイに加担したというならば話は別ですが」
「な、ないです!」
「それは、ありません陛下」
二者二様の返事が戻ってくる。
なんだかとんでもないトラブルが起こったけど、とりあえず邪魔者一人消えたらしいし。
そろそろ次の舞台の幕は開けなければ、物語は進まない。
時間は刻々と押していて、戻ることはないのだから。
わたしは二人のダークエルフの少女たちに歩み寄ると、ライシャを先に。次はエステラを立たせまずはリクウスを筆頭に先遣隊を門の向こうにやることに決めた。
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