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第一章 悲しみの聖女と精霊王

精霊王様に溺愛を受ける聖女になりました。

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「‥‥‥で、祈るのはやめにするのか。この国は凍土の上にある。わたしの結界魔法がないと人々は凍え死ぬことになるが、いいのか」

 そしていま。
 わたしはショーンの配下に追われ殺されかけそうになったところを、転移魔法で何とか脱出を果たし‥‥‥精霊王様の王宮に逃げ込み、彼に説明した。

 祈り、ね。
 もう、死にたくない。
 そう思えて仕方がなかった。
 あんな、王太子が王になる国なんて。
 守りたくもない。
 命をかけて結界魔法を維持しようなんて意志は、さらさら無かった。

「それは・・・・・・困ります、精霊王様。あの時、わたしはラーナが死なないようにと思って、交代を願いにきたのにあんな勘違いをされるなんて。わたしにも落ち度はありますけど‥‥‥」

 思い返せば、少しでも話し合うべきだった。
 自分で考えて行動する前に親友と、いえ、元親友と愛したあの人と。
 もっと話し合えばいまの現実は回避できたかもしれない。
 そう思った時だ。

「変わらんよ、アリア」
「え‥‥‥? また、わたしの考えを読んだんですか!? エバース様?」

 風の精霊王様。
 エバース様は緑色の髪に紅い瞳の、少しだけ遊び人風の悪戯心が豊富な人格。
 意地悪もよくなさるのだ。

「違うよ、たまたま、意識の風に乗ってきたのを読んだだけだ」

 ほら、こんなうまい言葉でいつも言いくるめられる。
 本当に意地悪な精霊王様なんだから。
 でも、今回はその言葉がありがたかった。

「助けて頂いてありがとうございました‥‥‥祈りたいです、本当はみんなを助けたいし、結界魔法を維持したいです。でも‥‥‥死ぬのが怖い。そう思ったら何もかもが嫌になりました」

 あー嫌だなあ。
 また涙が溢れてきちゃう。
 あれだけ泣いたのに。
 ショーン‥‥‥あんなに愛していたのに。
 あの気持ちはーーどこに消えたんだろう。
 もう、自分だけの人生を生きたい。
 わたしは心からそう思っていた。

「そうか、ならあの王の在位期間だけは少しばかり冬を与えてやるとしよう」
「‥‥‥えっと、どういうことですか?」

 エバース様は不敵な笑みを浮かべて言われた。

「大神官様に『神は新王が嫌いだから冬を続けることにした。退位させれば終わる』と、予言させればいい。ラーナは、平民に格下げさせて、愛人にしろ。側室は認めない。わたしがそう告げれば、復讐は遂げられる」

 なんてことを言いだすんだろう、この精霊王様は!
 まるでわたしの為に?
 いいえ、そんなことがあるはずがない。
 偉大な精霊王様が、こんな、単なる人間の娘の為に何かをして下さる。
 そんなことはあってはならないことだ。

「残念だが、あるのさアリア。もちろん条件も存在する」
「そんなっ! だって、わたしにだって落ち度が!」

 お前はどこまでも馬鹿だな?
 そう、エバース様は笑って言われた。
 その慈愛の深さが、わたしの聖女として相応しい、と。

「ところで条件だがな。もうこの数千年、わたしは臣下はいるが妻も恋人も愛人もいないのだ」
「それが、何か‥‥‥?」
「ああ、ずっと独り身でだ。どうにも、寂しくて仕方がない。お前がわたしの王妃となり、永遠に生きる精霊の女王となるのはどうだ? ちょうど、水の精霊王が二万年の寿命を終えて死去した‥‥‥という建前だが、退位したばかりでな。普通、精霊王は永遠に生きるのだが、一度に使える力には限界があってな。彼は全ての力を注ぎ込み、存在を確保する分まで捧げてしまった。いずれは再生はするだろうが、今は消滅したのと変わらない。その席が空いている。どうだ、わたしと結婚してくれないか? 愛しいアリア?」

 とんでもない条件が飛び出してきて、空いた口が塞がらなかった‥‥‥わたしが水の精霊の女王? 
 しかも‥‥‥エバース様は妻に、と求婚までしてくるなんて。

「返事は決まっているな? 心の声はよく聞こえる。心地よいものだ」
「エバース様は本当に意地悪ですね‥‥‥」

 はい、と。
 その返事は不要だった。
 抱きしめられ、優しいキスがわたしに贈られる。
 わたしは、生きていて本当に良かったとそう思った。
 そして、エバース様は言うのだ。

「ああ、そうだ。王が退位する時に、二人で行って祝ってやろうではないか。浮気者の愚王め、ざまあみろ、とな?」

 それは――本当はいけないのだけど。
 でも、少しだけしてみたい野望になった。
 こうしてわたしは、精霊王様の溺愛を受けるようになった。
 人生は‥‥‥必ず、良いことがある。
 そう思える始まりの瞬間だった。

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