始まりの聖女の物語

星ふくろう

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プロローグ

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 目覚めると、カイネはすぐに身支度を整え、深夜のうちに男爵家の城を抜け出した。
 まずは、あの都市にいるという、カイネの仲間。
 オルブ・ギータを探さなくてはならないからだ。
 それから、二週間ほどかけてカイネはオルブと出会いを果たす。
 オルブもまた、夢で天使からのお告げを聞いていた。
 そうやってカイネは天使が示した道筋を歩き続けた。
 しかし、カイネは知らなかった。
 彼女が消えた翌日。
 その家族は捕縛され、数日後には死罪となったことを。
 やがて1年が経過し、聖女と共に魔族と戦えという、天使のお告げを聞いた仲間は数万人に増えた。
 カイネたちは、言われた通りに西の大陸、ダイナルの王都ベィネアへと向かう。
 海を渡り、更に仲間は増え、10万の大軍が聖女カイネに従っていた。
 王都ベィネアのダーシェ神殿でカイネは新たな神託を受ける。
 それは騎士団を名乗ることを許すこと。
 そして、ダイナル王国第一王子、アシュレイと婚約することだった。
 神託に従い、カイネはアシュレイと婚約を交わす。
 もし、魔王フィオナを討伐したあかつきには、カイネは次期国王の妻となる。
 カイネの騎士団は最初の神託に従い、青の三日月と名乗った。
 神聖な神の軍隊として青の三日月は北の大陸シェトへと向かう。
 そして三年後。
 聖女カイネは魔王城まで攻め込むことに成功し、魔王フィオナと聖女カイネは運命の出会いを果たすことになる。


 北の大陸は果てしなく寒い。
 常に冷たい風が吹き荒れていて、作物はなかなか育たない。
 飢えをしのぐために、悪事にをはたらくものがあとを絶たなかった。
 幼い少女はそんな大陸の、少しばかり東よりの土地に誕生した。
 両親は貧しく、数人いた兄弟姉妹はその多くが、奴隷として売られて行った。
 フィオナもまたその例外に漏れず、貴族の元へと奉公に出された。
 獣人族の御主人様は暴力的で、幼い少女をいつも叱り、殴りつけていた。
 そんな時、奴隷仲間の獣人の少年が、必ず庇ってくれていた。
 しかし、御主人様はそれが気に食わず、少年を処刑してしまう。
 それは、フィオナの目のまえで行われた。

「お前の働きが悪いから、こいつはお前を庇ってばかりで働こうとしない。だから殺したすべてはお前が悪いんだ。
わかったら、黙ってはたらけ」
 御主人様はそう言うと、少年の身体を残さず食べてしまった。
 強い者だけが生き残れる。
 弱い者は滅びればいい。
 そう学んだのは、フィオナが七歳の春だった。
 それからフィオナは御主人様のためになるように働いた。
 彼の思うことを先に考えるようにして、彼の言うがままに振る舞った。
 彼女の主人は、魔界でも指折りの貴族だった。
 魔力は果てしなく強く、また剣技にも、軍事にも秀でてていた。
 夢魔の成長は早く、それはフィオナの強みとなった。
 やがて十三歳になったフィオナは、美しい夢魔へと成長する。
 その能力を使い、周りの男たちを誘惑することを覚えた。
 強い魔族を見つけては、その能力を使って誘惑した。
 心を惑わし、男たちの持つさまざまな魔力の特技や剣技、知識を学んだ。
 そのうちに、身体を交えた相手から魔力を少しずつだが奪えることにフィオナは気づいた。

 より多くの魔力が欲しい。
 より多くの知識が欲しい。
 より多くの戦える力が欲しい。

 それはすべてある目的のため。
 そうしてフィオナは数年を過ごした。
 最後に身体を交えた相手は、御主人様よりも強い魔族だった。
 彼女の知らない魔法、軍隊の扱い方、政治の方法、そして、王という存在をフィオネは知った。
 御主人様はフィオナの身体よりも、獣人の女たちに夢中だった。
 だから、フィオナはそのうちの数人を、魔法で操ることにした。
 ある夜。
 フィオナは御主人様の寝室に忍び込んだ。
 そこにいるのは彼女が魔法をかけた獣人の女たち。
 そして、酒に酔って眠る御主人様の姿。
 絶好の機会だった。
 フィオナはそれまでに覚えた魔法の中で、最も威力の強い攻撃魔法を使い御主人様を殺した。
 ずっと狙っていたのは復讐の機会。
 幼い時に彼女を守ってくれたあの少年の、復讐だった。
 目的を果たした時、フィオナは15歳になっていた。
 それからも多くの魔族と交わり、彼女の魔力は膨大な量をもつようになった。
 ある時、魔王が死んだ。
 老衰による自然死だったが、問題があった。
 後継者を指名していなかったのだ。
 魔界では次の魔王を決めるための権力闘争が始まった。
 フィオナは自分が殺した御主人様の領地と、その資産を奪い取ることにした。
 御主人様の親戚や家族など。
 その一族を根絶やしにして、その土地の領主を名乗った。
 残されていた莫大な遺産を利用して兵を集めることにした。
 また、多くの有力貴族を誘惑して傘下に収めた。
 それまでに魔界に存在しなかった巨大な勢力をフィオナは作り上げた。
 そして彼女は、亡くなった魔王の一族へと戦争をしかけた。
 魔界を二分する戦いは数年続き、その間にフィオナは人間の世界との交易に力を入れた。
 フィオナは北の大陸の東側に領土をもっていた。
 そこには、一年をとおして凍ることのない港があった。
 交易で富を得ていき、それを仲間に配分した。
 元魔王の側についた貴族たちは己の魔力に固執した。
 とても強い魔力を操ることはできたが、部下たちを養うことに力を入れなかった。
 部下を大事にしない彼らの軍隊は常に、飢えていた。
 やがて、豊かで食糧を与えられるというフィオナ軍の噂は、かれらの部下の間に広まっていった。
 そして、彼らの軍勢は勢力をうしない、戦いに敗れていった。
 18歳の時、フィオナはとうとう、自力で魔族の頂点に昇りつめた。
 夢魔でありながら、歴代魔王にも劣らない魔力と知恵、そして人徳が彼女を支えた。
 魔族はこれまでにないほどに栄えようとしていた。
 他の大陸に住む、人間族や獣人族、エルフやドワーフ、妖精族の国々に使者を送り交易を開始した。
 北の大地に適した作物を植え、それまでただ使っているだけだった魔法の改良を試みた。
 フィオナは優れた魔法使いでもあった。
 彼女が研究し、改良をほどこした魔法は天候の一部をあやつり、国土の多くを温暖な気候へと変化させた。
 争いと貧困と種族ごとによる差別に支配されていた魔族の常識は変わり始めていた。
 平和を求めて多くの魔族がフィオナを慕うようになった。
 こうして北の大陸が繁栄への一歩を歩み始めた頃。
 西の大陸のある国で、聖女が誕生した。
 カイネという名のその聖女は十万からなる大軍で、北の大陸に攻め込んできた。
 また、これだけではなく、東の大陸や南の大陸の国交を結んだはずの人間国家も、聖戦という名の大義を掲げて魔族討伐の軍を派遣した。
 その総勢、百二十万。
 対して、魔族側は繁栄への一歩をたどり始めていたとはいえ、その前に行われた魔王決定戦で多くの種族が数を減らしていた。
 人間族百二十万に対して魔王軍四十万。
 とうてい、勝ち目のない戦いが開始された。
 魔族たちは聖戦の名のもとに、人間族の軍隊が行く先々で殺され、奴隷にされていった。
 そして三年後。
 聖女カイネ、十七歳。
 魔王フィオナ、二十一歳。
 ここに、神々の遊戯の駒が揃った。




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