始まりの聖女の物語

星ふくろう

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プロローグ

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 ※

 それは夢の中での出来事だった。
 カイネはいつものように、下女に与えられた馬屋のそばの小屋で、わらで作った寝床とボロボロになった毛布をあてがわれて、寝ていた。
 うつらうつらと夜がふけるに連れて眠くなり、いつの間にかねてしまっていた。
 そうすると、気が付けば、光の中にいた。
 周りには空に浮かぶ雲がたなびき、天空にはまるで昼間のように煌々と明るい何かが輝いている。
 どうも変な夢を見ているな、そうカイネは思った。
 ここはまるで、毎週末の日曜日に行われる教会で牧師様が話される世界。
 天国のように思えた。
 ふと、足元を見ると、地面が見えた。
 山々があり、川が流れ、広い牧草地と立派なお城が見える。
 ああ、あれは自分が仕えている御主人様。
 男爵様のお城だ。
 カイネは、奉公にあがるときに遠くからみたからその城の見分けがついた。
 そうすると、自分は死んだのだろうか?
 確かに、季節は真冬で与えられていた毛布だけでは寒くて寒くて、とても耐えれそうにないと何度も思ったからだ。

 ああ、御主人様に申し訳ないことをしてしまった。
 明日の朝になれば、自分の遺体の処理をするためにまたお金がかかるし。
 何よりも、奉公の期間はまだ十何年残っている。
 家族、両親や弟たちはどうなるのだろう。
 そういった心配が、心残りとなってカイネは途方にくれた。
 もう生き返れないのだろうか。
 みんなに迷惑しかかけていない。
 これが悪い夢なら、早く醒めて欲しい。
 そう思った。
 明日の朝はまた、巻きわりから始まるが、それでも生きていれば家族に迷惑はかからないから。
 しかし、夢はいっこうに醒める気配がなかった。
 困った。
 これはどうすればよいのだろう。
 十三歳の少女は途方にくれた。
 その時だ。
 天空より何かが舞い降りてきた。
 八枚の翼を持ち、あたまに光る輪を浮かべた金髪の美しい男性か女性かわからない誰か。
 これは、教会の絵で見た天使のように思えた。

「カイネよ、よく来た」
 天使とカイネがそう思った存在はそう言った。
「あの‥‥‥あなたは天使様ですか?」
 幼い少女はそっと、おそるおそる、質問をしてみる。
 その存在はにっこりとほほえんで、
「ええ、そうですよ、カイネ。今日はあなたに、お話があって、ここに来てもらいました」
 と、少女に告げた。
「お話‥‥‥ですか、天使様?」
 カイネは問い返す。
「そうです。いいですか、カイネ。今から言うことをよく聞きなさい」
 天使は少女にそういうと、両手をかざして大きな地図を空中に描いた。
「これは、世界の地図です。ここが」
 と、東の大陸の端を指差す。
「あなたがいま住んでいるところです、わかりますか?」
「はい、天使様」
 不思議なことに、自分の頭の中には天使の言うすべてが明確に、理解できるように入ってくるのを少女は感じた。
「よろしい。では、カイネ。まずは、この都市へと行きなさい。そこで、仲間を募るのです」
「仲間ですか?」
「そうです。あなたは、大神ダーシェ様により、聖女に選ばれました。ここと、次はここ。その次はこの港から西の大陸へと行きなさい。そして、ここ」
 と、天使はカイネがいま寝ている場所からそう遠くない最初に行けと示した都市を指差す。
「ここで、オルブ・ギータという男を探しなさい。彼が、あなたの剣となり、盾となって兵士を集めてくれます」

 兵士を集める?
 自分は何をする為に選ばれたのだろう?
 そうカイネは思った。
 天使はその思いに気づいたのか、カイネに静かに諭すように話をする。

「いいですか、カイネ。聖女という存在は、悪魔。つまり、人間の敵であり、神の敵である魔族と戦い、そして魔王を倒す存在なのです」
 カイネはその言葉に恐怖する。
 巻きわりようの斧ですら満足に扱えない自分が、そんな大それた真似ができるはずがないと思った。
「大丈夫ですよ、カイネ。ダーシェ様はあなたを選びました。あなたは神の子なのです。自信を持ちなさい。人間を滅ぼそうとする魔族を打ち倒すのです。その為の力は、旅のあいだにあなたにゆっくりと与えられていきます。まずは旅立ちなさい。そして、西の大陸セダにある、ダイナル王国の王都ベィネアへと行くのです」
「ベィネア‥‥‥?」
 耳にしたことのない都市の名前だった。
「そうですよ、カイネ。ベィネアにある、ダーシェ様の神殿へと行きなさい。そこであなたは聖女の神託を改めて受けることになるでしょう。そして、旅の間に集まった仲間たちは聖騎士になることができます。その時、こう名乗りなさい。青き三日月の騎士団、と」
「青き三日月‥‥‥」
 それはとても、気高く、強い感じがする名前だった。
「そうです、カイネ。そして、向かいなさい北の大陸シェドに。そこで待つ、魔王フィオナを討ち果たすのです。ダーシェ神のために。できますか、聖女カイネ」
 聖女カイネ。
 その言葉は、幼い少女に使命感を与えた。
 そして、なぜか自分は今言われたことを出来るという確信がカイネの中に芽生え始めていた。
「はい、天使様。カイネは、ダーシェ様のために、この命を捧げます魔族の討伐を、青の三日月の仲間とともに果たすことを誓います」
 と、少女は強い意思を宿した瞳で、そう天使に告げた。
「よろしい、ではカイネ。頑張るのですよ」
 そう言って、天使は消えようとする。
 しかし、カイネには一つだけ心残りがあった。
 家族のことだ。
「お待ちください、天使様。どうかお一つだけ、願いをお聞き入れください」
 幼い少女は泣きそうな顔で、天使にそう懇願する。
「どうか、わたしがこの男爵家を旅だったあと。残された家族にだけ」
 そこまで言うと、天使はカイネの頭を優しく撫でて言った。
「大丈夫ですよ、カイネ。あなたの家族には幸運が訪れます。安心して旅立ちなさい」
 と。
 カイネはそれを聞き、ほっと一安心する。
 そして天使は消え、カイネは夢から目覚めた。

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