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第八章 エイジスの蒼い髪

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「困ったなあ‥‥‥」
「そうですねえ。
 まさか、エバース大公なんて、どうします?」
「どうしようもないでしょ。
 あなただって、その側室という形で籍を入れているのですから‥‥‥」
 そんなひそひそ話が聞こえてくる。
 どうやら困ったと言っているのは、詐称している身分に関してのようだった。
 エバース大公妃とその側室。
 なるほど、今度はその旦那様を連れての枢軸の本体に入る、と。
 それは、まあまあ大きな問題になるよね。
 だって、大公様だもん。
 アルフレッドとナターシャは顔を見合わせていた。
 そんな中、竜王は居心地が悪そうにしている。
 だって、役人は彼女たちを知っているが、その夫までは知らない。
 しかし、その身なりに今回のカヌーク乗り場できちんと発行された身分証と旅証は本物で‥‥‥
「みんな困ってるよ。
 大公様なんていったら、王族に次ぐ偉い人だもんな」
「そうね、それで下手なことをしたらー‥‥‥」
「役人の首が飛ぶ。
 冗談抜きに、ね」
 アルフレッドの言う通りだった。
 船着き場の役人たちは最初は、イフリーテやアリアとも顔なじみなのだろう。 
 奥様、本日お加減いかがですか、とか、また美しいお二人様ですね、こんな女性方に囲まれて旦那様は羨ましい方だ。
 そんな挨拶をしていたのだ。
 そこに現れたエバース大公、もとい金麦の竜王エバーグリーン。
 彼ににらまれ、もとい、最初から目つきが悪いのが原因なのだがその身分証と旅証を確認し、第一、第二夫人である二人にも確認を取り、アリアから渡されていた家紋のついた指輪を見せ――
「これはこれは大公様。
 ここ数百年とご領地からのお出ましがないものですから、いいえ、決して文句ではございません。
 ええ、ただただご尊顔を拝見できて至極、感極まっておりまして」
 と、この波止場の管理者の長だろう。
 彼が上にも下にもおかない扱いをするものだから、アルフレッドとナターシャは見ていて笑いを堪えるしかなった。
 十数人しかいない船内で、特等席にどうぞ、と通された三人とは別に二人きりの部屋に案内されてナターシャはとても機嫌が悪いのも事実だった。
 なぜかって?
 それはひとえに、アルフレッドが悪い。
 ナターシャはアルフレッドの紹介と言うだけで、身分証にある住所は彼の家のものだった。
 枢軸でも王国でも、夫婦別姓はよくあることだから――
「なんだ、ヤンギガルブの祭司が妻をなあ。
 あそこの神殿にはたまに行くが、よく手入れされている。
 お前も‥‥‥これまた美人な女性を貰ったなだが――」
 ここまではまだ笑って済ませることができた。
 問題はその後だ。
「お前も遊びが過ぎたか、それとも良縁に恵まれなかったかは知らないが。
 もう少し若いのにしておけば良かったのに。
 なぜ、こうも年いった娘を頂いたんだ?
 どこかの商家からの出戻りか?」
 ナターシャはすでに十代後半。
 この時代の通例としての結婚は十代前半。
 男は二十代でもいいが、女性はそうもいかない。
 子供を産む年齢があるからだ。
「いや、そんなことはないんだ。
 ちゃんとしたいい家内で、いまは大公様のお宅で下働きをー‥‥‥」
 いい家内?
 あんな、髪を適当に切り揃えた品の無い女が?
 確かに外見だけは立派そうな美人ではあるが。
 そう役人は余計なことを口走る。
「まあ、金使いの荒さだけはきちんとしつけておくんだな。
 これから苦労するぞ、お前?
 気も強そうだ。
 それに、どことなく危うげだしな。
 出戻りにされるわけだ‥‥‥」
「あのさ、もういいかな。
 俺の嫁さんに文句を言うのはやめてくれよ」
「ああ、すまん。
 お前のこれからが気になってな。
 まあ、また神殿にはいくからな。
 その時は、いい話でも聞かせてくれよ?」
 これはつまり、子供を早く作ってきちんとアルフレッドの支配下におけという意味であり‥‥‥
 ナターシャはひどく機嫌が悪かった。

「なあ、ナターシャ‥‥‥??」
 窓の外は高くて怖いから、ブラインドを降ろして頂戴!!
 そう叱られて依頼、ナターシャはアルフレッドを寄せ付けない。
「近寄ったら斬るわよ。
 不出来な出戻り女で悪かったわね!!」
「いや、それは俺は言ってない‥‥‥」
「否定もしなかったじゃない、この裏切り者!
 アルフレッドの妻?
 ええ、それでもいいわよ。
 どうせ、不出来な出戻りのおばあさんだもの。
 それで良ければ貰って下さい。
 でも―‥‥‥」
 そう言い、抜いたナイフをギラリと光らせて、その奥からにらみつけるナターシャはまるで手負いの獣というか、手に負えない猫のようだった。
「でも、何かな???」
「二度と、あんな言い方をさせたら――喉を掻っ切って死んでやるんだから!!
 何よ、わたしだってあの馬鹿王子の件がなければ――」
 そこまで言って、今度はナターシャがいきなり黙ってしまった。
 学院にいた時。
 周囲の貴族子弟子女はみんな、さっさと婚約だの結婚だのをしていて、自分には声などかからず‥‥‥
「ばかみたい。
 一生、こんな縁、無いって思ってたらあんな扱いされて、今度は出戻りなんてまで!! 
 屈辱よ!!」
 と、席に腰かけて膝を抱え込むと、一人のせかいに入り込んでしまったのだった。
 そして、数時間。
 アルフレッドの心配というか、問題はいろいろとある。
 大公様の側使いということで、それでも上客用のコンパートメントを用意されそこはベッドも一つ。
 風呂も完備されていて、間に遮るものなどこの当時、カーテン一枚あればいい方で‥‥‥
「俺は夜風に当たってくるから。
 寝る時は、外で寝るよ。
 何もしないからさ‥‥‥そろそろ、機嫌直してくれないか?」
 夕食が運ばれてきて、隣の大公様とやらがいる部屋からは賑やかな声が聞こえて来てー‥‥‥。
 二人の少年少女は、なにか物悲しい気分になってしまうのだった。

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