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プロローグ 絶望の侯爵令嬢

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 それを目の当たりにした今。
 ナターシャは叫ぼうなんて勇気もないし、何より、心が委縮していた。
 初めてみた人が遠慮なく誰かにふるう暴力と、その威力を。
 皮膚がさけ、血が噴き出し、眼はすでに戦意を失っている。
 そして、彼女はあれから少しは動いていたが。
 いまは微動だにしない‥‥‥息をしているのだけはわかる。
 吐く息が白く、その顔面の周りに漂っているからだ。
 これからどうなるのか。
 行く当て先も知らされず、馬車は薄暗い、足元の悪い斜面を登り出した。

 王都の付近はよほどの田舎でない限り、レンガの石畳で道路が整備されている。
 それがなく、反動で身体がなけだされるような窪地がありながら、斜面を回転して登っている。
 と、いう、こと‥‥‥は?
 まさかーあの場所?
 もう何百年も使われて来たというあの???
 ナターシャの脳裏に嫌な予感が走った。

 それから間もなくだ。
 馬車が停車した。
 山道を登り切ったのか、それともどこか中腹で平らな地にたどりついたのかはわからない。
 ただ、平坦な場所にいる。
 それだけは、ナターシャにも理解できた。
 警護兵が馬を折り、近場にあるのだろう、灯り台に手にしたランプの火を移したらしい。
 灯りが途端、緩やかに明るくなったのが車内の窓からも見て取れた。
 誰かが場所の最奥の扉にかけられた錠前を外し、片側ずつ、慎重にその扉が両方開かれる。
 危険はないと判断したのだろう。
 うっすらと顔が見えた。
 あごひげと、まだ若い二人組だ。
「降りろ」
 あごひげの方が野太い声でそう、指図をする。
 扉に一番近いナターシャがまず、それに従った。
 手足の枷は、鎖の間隔が短く、それは首にされた枷にもつながっている。
 不便このうえなく、ナターシャは転げ落ちるように地面に降ろされた。
「まず、一人‥‥‥あの魔女、か」
 次だ。
 しかし、その次にいた赤毛の少女はピクリとも動かない。
「なんだ?
 くたばったか?
 なら、奥のお前ら‥‥‥来い!!」
 二人の女がそれに従う。
 馬車の周りには御者も含めた他の四名が固めていて、ナターシャは見事に地面に転がされていた。
 降ろされた二人の女は、別の二名によって近くの岩のような。
 祭壇のような場所に連れられていく。
「おい‥‥‥だめだ。
 こいつはーー」
 さきほどの若い警護兵だろう。
 彼がだめだ、そう声を上げた。
「もう、こいつは死んでるーー」
 と。

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