ギルド嬢のひとりごと

星ふくろう

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第一章 緑の水晶と山賊たち

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 そして、上にはまだ――

「あれ、どうするの旦那様?
 天をいくなんてどうしようもないわよ?」

 いや、どうしようもある。
 茜だけなら。
 でも、それはここでは披露したくない。

「あれ、な」
 
 アッシュは形成不利と見て逃げ出そうとする、女首領に向けて手にしていた数本の槍を構える。
 逃がす気はないぞ?
 そう呟くと、彼が投げた槍はそのつばさの両翼を貫き‥‥‥まだ越えていない建物の壁に女首領を縫い付けてしまっていた。

「すっごい‥‥‥あんなに正確に、よく見えますね!?」

 ぎぃやああ―――なんて悲鳴を上げるところを見ると、もしかしたら肩口か。
 それとも、腕か胸も貫かれたのかもしれない。

「あーあ‥‥‥悲鳴だけで近所迷惑ですね、旦那様?
 あれ、どうなさるのですか?」

「ん?
 あれはな、こうするんだ」

 アッシュは手近な建物を伝い、その女首領の縫い付けられた壁の上にと移動する。
 そのまま、剣を引き抜きー‥‥‥

「いや、待て、待ってくれ!!!
 頼む、翼だけは、これだけは――いや、お願いっ!!!」

 そう、先ほどまでの勢いはどこに行ったのやら。
 彼は容赦なく、その背の根元? から両翼をバッサリと切断してしまった。

「うっわ。えげつない‥‥‥」
 
 ボコ、ボコンっなんてそこかしこにある窓だの壁のでっぱりに身体を打ち付けて翼を失った罪人は堕ちてきた。
 そして、その側に音もなくシュタっ、なんてかっこよく降り立つアッシュ。
 忍者みたい‥‥‥茜はそう思いながら、切り裂いた翼の片方を容赦なく持ち、女首領が自害しないように口にその頭巾を無造作に押し込んで引きずりながらやってくるアッシュ‥‥‥

「もう少し優しく――、ね旦那様?」

「優しく?
 剣を抜いた時点で死を覚悟しているはずだ。
 そんな優しさは相手に失礼だぞ、茜?」

 これが生きてきた世界の常識の違い、文化の違い‥‥‥
 彼等の現代には、死と生が当たり前に存在している。
 なかなか慣れないのよねえ、これ。
 腕と足を、アッシュは駆けつけてきた警吏? から受け取った縄で縛り上げそれを貰い受ける。
 そう彼等に伝えていた。

「え‥‥‥渡さないんですか?
 それ、悪党の親玉‥‥‥」

「ん?
 十数人も捕縛したのだ。
 拷問すればどうにでも吐くだろう。
 これはな、黒い翼。
 鳥人は珍しい。その黒い翼を称して、黒曜族なんぞと呼ばれている。
 狩ったのは俺だ。  
 つまり、俺の奴隷にしようが、皮をはごうが‥‥‥どうにでもしていいということだ」

「本気で‥‥‥皮をはぐつもりですか‥‥‥?
 いや、彼女、それ泣いてるし。
 あ、でも可愛い。
 まだ幼い?
 わたしと変わらないくらい‥‥‥」

「亜人は年齢が経過するのが遅い。
 見た目に騙されると痛い目にあうぞ、茜。
 皮をはいでもいいな、肉を喰らうのもいい。
 まだ食したことはないが、黒曜族の肝は長命になるともいうしな???」

 ああ、これは恐怖を煽るだけにやってるんだろうなあ。
 数か月でも付き合いのある茜にはその心内がよくわかる。
 でも、黒曜族の彼女は恐怖に恐怖を感じているだろう。
 それに、気になることが二つ。
 一つは生きたまま捕らえたこと。
 まあ、これは奴隷なり売るなりするならありかもしれない。
 ただ――

「旦那様?
 なぜ、羽を根元からではなくー‥‥‥半分以下程度で切断されたんですか?」

 なんとなく、嫌な予感しかしないでもない。
 それに、この一団。
 なぜ、ここで警吏たちと斬り合いになっていたのかすら、茜には知る術がない。
 でも、アッシュはそれ以外の目的で羽を残したような気がしてならなかった。

「なあ、見事な切り口だろ、これ?」

「そんなエグイもの、見せないでー‥‥‥なんですか、それ???」

 翼の一番太い部分の手前に、青い光輝くものが片方に一つ。
 両方で二つ‥‥‥

「ふふん、これはな?
 黒曜族の力の制御する元なんだよ。
 これを無くさない限り、こいつらは羽を再度生やせるんだ。
 だが――」
 
 再度、生やさせるつもりはないがな。
 その冷たい一言に、黒曜族の女は、顔面を蒼白にする。

「あのな、茜。
 この根元にはな?
 あるんだよ、こいつらの羽は単なる飾りなのさ。
 魔素、つまりこの世の中に充満している魔力の源を集積して、浮遊を管理する、もっと大きな魔石がな‥‥‥」

「ムグ、フムっ、ブググ―――!!!???」

 悲痛どころではない。
 まるで死刑宣告を受けたかのように、彼女は激しく頭を振り、縛られた手でアッシュの足にすがって泣いていた。
 どうかそれだけはお許しください、そう言わんばかりに‥‥‥

「ふん、あれだけ人を殺しておいて。 
 今更、なにを言うか‥‥‥」

 アッシュはそれを蹴り上げて怒りをあらわにする。
 それは茜が知らない、彼の新しい一面。
 残酷とかではなく、怒りと悲しみの念がその顔に現れていた。

「人殺し‥‥‥???」

「お前も聞いたことはないか?
 最近、王都を騒がせている‥‥‥盗賊だけならまだいい。
 入った商家に豪農などな。
 家人、皆殺しの上に火つけまでやりおっての最悪の集団よ。
 どこに盗賊宿だの、隠れ家があるのか。その洗い出しは彼等に任せるとして。
 せめて、魔石程度はな。
 今夜の駄賃として頂かねば、割に合わないよ、茜。
 こいつらは、特にこいつはな‥‥‥」

「こいつは??」

 なんだろう。
 なにか後があるような含んだ言い方をする不思議な旦那様。
 茜はそう思った。

「俺の大事な新妻に、手を出そうとした。
 許すと思うか、俺が?」

 新妻?
 本気でそれを思ってたんだ。
 ただの慰み者にされるだけの、奴隷以下にしか使われないと思っていたのに‥‥‥

「あっ‥‥‥」

「あ?」

「アッシュの‥‥‥旦那様のばか‥‥‥」

「おい、泣くな。
 こんなとこでー‥‥‥すまなかった。
 怖い目に合わせたな。
 すまなかった」

 そう言い、彼は茜を本当に大事な存在のようにだきしめてくれる。
 もう泣くしかないじゃない。
 こんな場所で、情けないけど。
 茜は嬉しさに、黒曜族の女は己の決められた末路に。
 それぞれ、同じだが違う種類の涙を流した夜だった。

「では、各々がた。
 これは、わたしが頂くという事で、宜しいな?」

 文官だがその身分の札を見た警吏たちは文句の言い様がない。
 あれだけ暴れまわると、周囲の家々も灯りを照らして階下の路面を覗き見る始末。
 これは早めに撤退しようとアッシュの一言に、茜はうなづいた。

「あ、でもそれどうします?
 そんなまま、持って行くの‥‥‥?」

 切断された羽の面は痛々しいほどに赤身を覗かせている。
 すまん、それを借りれるか?
 アッシュが示したのは茜のコートだった。
 あれに丸めて、包んでしまおうという魂胆なのだろう。
 夜もそろそろ明けそうなほどに白んで来ていた。

「あれ、まあいいですけど‥‥‥。
 どうせ、あのオークからもらった忌々しい品物だし」

「オーク?」

「いえ、なんでもないです。
 どうぞ、お使いください。」

 そう言い、茜はコートを手渡す。
 茜が打ち倒した連中は、あとからやってきた警吏たちによって連行されていく。
 彼等、生きて戻ってこれるのかしら。
 人殺し集団とはいえ、現代の日本なら死刑になる可能性もあるが拷問はありえない。
 生きる時代が違うって大変‥‥‥
 茜はコートにぶかっこうに包まれた黒曜族の女の顔を見て、

「あなたも可哀想にね。
 片目をえぐられる程度で済めばいいけどね‥‥‥」

 そう言って、恐怖心を煽るのを忘れないのだった。

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