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究明編
小さな、けれど大きな手掛かり
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「……ううむ」
中身を目にした真澄は、思わず唸ってしまった。
そこにあったのはほとんどが文房具、或いはその残骸だったからだ。
シャーペンやら消しゴムやら、セロテープやら。なるほど研究を行う職場としてはあって然るべきものだろうが、期待していたものからは遠過ぎた。当たり前の物を見つけたところで、何にもならない。
……と、思っていたとき。
「いや、待ってくれ。まだ何かある」
「……紙袋? これってもしかして」
杜村が奥から取り出したもの。それは真澄にとっても見覚えのあるものだった。
薬局で薬を入れて渡される袋……いわゆる薬袋というものだ。
「薬、ですか。ここに入ってるということは八木さんのものでしょうね。風邪でも引いたときに病院で貰ったのかもしれないですが……特に変なことは?」
「……いいや。これは……おかしいぞ」
真澄の言葉に、杜村は明確な否定を示した。
医師だった人間が言うのだから、彼の方が間違えているということはないだろう。真澄はどうしておかしいと思ったのか、その理由を訊ねる。
「おかしい、とは……?」
「ごめん、フェアではないんだけど……これは満生総合医療センターで使われていた薬袋ではないんだよ」
「えっ……?」
この街の病院で渡される袋ではないものが、ここにある。
だとすれば単純に、その薬は街の外で受け取っているものということになるが……。
「八木さんって、よく街の外に出ていたんですかね……?」
「そんな話は聞かない。車も所有していなかったし、本当にこもりきりというのが相応しい感じだったからさ」
だから、と杜村は続ける。
「わざわざ外で薬を処方されるようなことなんかないはず。そもそも優れた医療を受けられるってことで満生総合医療センターは出来たんだから……」
「だったら、この街に来る前から持っていた薬とか……八木さんが満生台へ来たのは、いつ頃なんです?」
「あれは……確か二〇〇八年だったはず。永射がやって来た一年後だったと記憶してる」
「つまり、事件が起きる四年前……か」
杜村曰く、通常薬の使用期限は三年から五年だという。しかし、風邪など軽い症状に対する薬をそんな後生大事に持っている人は珍しいだろうとも。それは真澄も同意見だった。
「……中を見てみましょう」
重さや厚みからして、中に入っている物の数は少なそうだったので、杜村は袋を逆さまにして、掌で中身を受け止める。
そこから出てきたのは。
「……え……?」
「な、なんの薬なんです……これは?」
驚愕の表情を浮かべる杜村に、真澄は慌てて問い質した。
その声にハッとして、杜村はごめんと謝ってから、
「その、あんまりにも想像していなかったものだから。そうか、そもそも薬袋も入れ替えたものなのかも……」
「……通常処方されることのない、ものなんですか」
「ああ――これは癌治療に使われる薬だ」
その答えに、真澄も驚きの声を上げる。
つまり、これが観測所の引き出しから見つかったことを考えると……八木は癌に冒されていたということではないだろうか。
「こっちは痛み止めだし……多分、残り少なくなったのをこの薬袋に入れたんだろう。こういう薬は簡単に処方されるものじゃないからさ」
「じゃあ……八木さんはかなりステージの進んだ癌を患って……?」
「これを服用していたんだとすると、ね」
八木の体を蝕んでいた恐ろしい病。
これほど重大な病に対し、しかし彼は満生総合医療センターで治療することを選ばなかった……。
「……実のところ、最新の医療とは言いつつ、あの時点で優れていたのは義肢に関するところでしかなくてね。それを求めて街にやって来る人に対しては良いサービスを提供出来ていたけれど、癌治療まで出来ていたかと言われると、ノーなんだよ。……だから、外で治療を受けることに理解はできる、けど」
「それを街の誰一人として知らなかったというのは……どうなんでしょう」
心配をかけたくなかったのかもしれない。そう考えてしまえばそこで終わりだ。
でも、ここに何か意味があるとすれば。
彼が癌に冒されているという事実を、秘密にしている意味……。
「……待てよ……」
満生台にいること。
ここで癌治療が出来ないとしても。
一つだけ、救われる道はある。
それを、救いだと認識するならば――。
「あ――」
真澄の中で、弾けるような閃きが起きた。
まさにその瞬間、ズボンのポケットで振動を感じる。取り出した彼が目にしたのは、仲間から連絡が来たことを示す通知。
「もしも……」
自分の考えが正しいのだとすれば。
逸る気持ちを抑えながら、真澄はグループチャットを開く。
そこには、期待した通り桜井少年からの続報があった。
『お待たせしてすみません。追加の情報についてですが、元GHOSTの研究員である人物とコンタクトを取って調べてもらうことができました。大丈夫だとは思いますが、その人物のことは内密に。
調べによると、八木優という男に関してGHOSTと密接に関わる重大な事実が明らかになりました。それは――』
そして……全てが繋がる。
拾い上げた真実の一欠片と、桜井少年のもたらした事実。
これまでに暴かれてきた何もかもが合わさって……一つの構図を作り上げた。
「……そう……だった、のか」
「真澄くん! 報告の内容は……」
真澄は思考を巡らせながら、スマートフォンの画面だけを杜村に見せる。
彼もまたその文面を目で追っていき、表情を凍り付かせていった。
「……謎は、解けたといっていいでしょう。でも、むしろこれからが勝負かもしれない」
暑さからだけではない汗を垂らして、真澄は呟いた。
「とにかく、届くかどうかは分からないにせよ、もう一度信号を送りましょう。あの匣庭から、二人を救い出すために」
力の籠った真澄の言葉に、杜村もまた強く頷く。
決意を秘めた彼らは急ぎ、山を下りていくのだった――。
中身を目にした真澄は、思わず唸ってしまった。
そこにあったのはほとんどが文房具、或いはその残骸だったからだ。
シャーペンやら消しゴムやら、セロテープやら。なるほど研究を行う職場としてはあって然るべきものだろうが、期待していたものからは遠過ぎた。当たり前の物を見つけたところで、何にもならない。
……と、思っていたとき。
「いや、待ってくれ。まだ何かある」
「……紙袋? これってもしかして」
杜村が奥から取り出したもの。それは真澄にとっても見覚えのあるものだった。
薬局で薬を入れて渡される袋……いわゆる薬袋というものだ。
「薬、ですか。ここに入ってるということは八木さんのものでしょうね。風邪でも引いたときに病院で貰ったのかもしれないですが……特に変なことは?」
「……いいや。これは……おかしいぞ」
真澄の言葉に、杜村は明確な否定を示した。
医師だった人間が言うのだから、彼の方が間違えているということはないだろう。真澄はどうしておかしいと思ったのか、その理由を訊ねる。
「おかしい、とは……?」
「ごめん、フェアではないんだけど……これは満生総合医療センターで使われていた薬袋ではないんだよ」
「えっ……?」
この街の病院で渡される袋ではないものが、ここにある。
だとすれば単純に、その薬は街の外で受け取っているものということになるが……。
「八木さんって、よく街の外に出ていたんですかね……?」
「そんな話は聞かない。車も所有していなかったし、本当にこもりきりというのが相応しい感じだったからさ」
だから、と杜村は続ける。
「わざわざ外で薬を処方されるようなことなんかないはず。そもそも優れた医療を受けられるってことで満生総合医療センターは出来たんだから……」
「だったら、この街に来る前から持っていた薬とか……八木さんが満生台へ来たのは、いつ頃なんです?」
「あれは……確か二〇〇八年だったはず。永射がやって来た一年後だったと記憶してる」
「つまり、事件が起きる四年前……か」
杜村曰く、通常薬の使用期限は三年から五年だという。しかし、風邪など軽い症状に対する薬をそんな後生大事に持っている人は珍しいだろうとも。それは真澄も同意見だった。
「……中を見てみましょう」
重さや厚みからして、中に入っている物の数は少なそうだったので、杜村は袋を逆さまにして、掌で中身を受け止める。
そこから出てきたのは。
「……え……?」
「な、なんの薬なんです……これは?」
驚愕の表情を浮かべる杜村に、真澄は慌てて問い質した。
その声にハッとして、杜村はごめんと謝ってから、
「その、あんまりにも想像していなかったものだから。そうか、そもそも薬袋も入れ替えたものなのかも……」
「……通常処方されることのない、ものなんですか」
「ああ――これは癌治療に使われる薬だ」
その答えに、真澄も驚きの声を上げる。
つまり、これが観測所の引き出しから見つかったことを考えると……八木は癌に冒されていたということではないだろうか。
「こっちは痛み止めだし……多分、残り少なくなったのをこの薬袋に入れたんだろう。こういう薬は簡単に処方されるものじゃないからさ」
「じゃあ……八木さんはかなりステージの進んだ癌を患って……?」
「これを服用していたんだとすると、ね」
八木の体を蝕んでいた恐ろしい病。
これほど重大な病に対し、しかし彼は満生総合医療センターで治療することを選ばなかった……。
「……実のところ、最新の医療とは言いつつ、あの時点で優れていたのは義肢に関するところでしかなくてね。それを求めて街にやって来る人に対しては良いサービスを提供出来ていたけれど、癌治療まで出来ていたかと言われると、ノーなんだよ。……だから、外で治療を受けることに理解はできる、けど」
「それを街の誰一人として知らなかったというのは……どうなんでしょう」
心配をかけたくなかったのかもしれない。そう考えてしまえばそこで終わりだ。
でも、ここに何か意味があるとすれば。
彼が癌に冒されているという事実を、秘密にしている意味……。
「……待てよ……」
満生台にいること。
ここで癌治療が出来ないとしても。
一つだけ、救われる道はある。
それを、救いだと認識するならば――。
「あ――」
真澄の中で、弾けるような閃きが起きた。
まさにその瞬間、ズボンのポケットで振動を感じる。取り出した彼が目にしたのは、仲間から連絡が来たことを示す通知。
「もしも……」
自分の考えが正しいのだとすれば。
逸る気持ちを抑えながら、真澄はグループチャットを開く。
そこには、期待した通り桜井少年からの続報があった。
『お待たせしてすみません。追加の情報についてですが、元GHOSTの研究員である人物とコンタクトを取って調べてもらうことができました。大丈夫だとは思いますが、その人物のことは内密に。
調べによると、八木優という男に関してGHOSTと密接に関わる重大な事実が明らかになりました。それは――』
そして……全てが繋がる。
拾い上げた真実の一欠片と、桜井少年のもたらした事実。
これまでに暴かれてきた何もかもが合わさって……一つの構図を作り上げた。
「……そう……だった、のか」
「真澄くん! 報告の内容は……」
真澄は思考を巡らせながら、スマートフォンの画面だけを杜村に見せる。
彼もまたその文面を目で追っていき、表情を凍り付かせていった。
「……謎は、解けたといっていいでしょう。でも、むしろこれからが勝負かもしれない」
暑さからだけではない汗を垂らして、真澄は呟いた。
「とにかく、届くかどうかは分からないにせよ、もう一度信号を送りましょう。あの匣庭から、二人を救い出すために」
力の籠った真澄の言葉に、杜村もまた強く頷く。
決意を秘めた彼らは急ぎ、山を下りていくのだった――。
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