上 下
43 / 86
究明編

小さな、けれど大きな手掛かり

しおりを挟む
「……ううむ」

 中身を目にした真澄は、思わず唸ってしまった。
 そこにあったのはほとんどが文房具、或いはその残骸だったからだ。
 シャーペンやら消しゴムやら、セロテープやら。なるほど研究を行う職場としてはあって然るべきものだろうが、期待していたものからは遠過ぎた。当たり前の物を見つけたところで、何にもならない。
 ……と、思っていたとき。

「いや、待ってくれ。まだ何かある」
「……紙袋? これってもしかして」

 杜村が奥から取り出したもの。それは真澄にとっても見覚えのあるものだった。
 薬局で薬を入れて渡される袋……いわゆる薬袋というものだ。

「薬、ですか。ここに入ってるということは八木さんのものでしょうね。風邪でも引いたときに病院で貰ったのかもしれないですが……特に変なことは?」
「……いいや。これは……おかしいぞ」

 真澄の言葉に、杜村は明確な否定を示した。
 医師だった人間が言うのだから、彼の方が間違えているということはないだろう。真澄はどうしておかしいと思ったのか、その理由を訊ねる。

「おかしい、とは……?」
「ごめん、フェアではないんだけど……これは満生総合医療センターで使われていた薬袋ではないんだよ」
「えっ……?」

 この街の病院で渡される袋ではないものが、ここにある。
 だとすれば単純に、その薬は街の外で受け取っているものということになるが……。

「八木さんって、よく街の外に出ていたんですかね……?」
「そんな話は聞かない。車も所有していなかったし、本当にこもりきりというのが相応しい感じだったからさ」

 だから、と杜村は続ける。

「わざわざ外で薬を処方されるようなことなんかないはず。そもそも優れた医療を受けられるってことで満生総合医療センターは出来たんだから……」
「だったら、この街に来る前から持っていた薬とか……八木さんが満生台へ来たのは、いつ頃なんです?」
「あれは……確か二〇〇八年だったはず。永射がやって来た一年後だったと記憶してる」
「つまり、事件が起きる四年前……か」

 杜村曰く、通常薬の使用期限は三年から五年だという。しかし、風邪など軽い症状に対する薬をそんな後生大事に持っている人は珍しいだろうとも。それは真澄も同意見だった。

「……中を見てみましょう」

 重さや厚みからして、中に入っている物の数は少なそうだったので、杜村は袋を逆さまにして、掌で中身を受け止める。
 そこから出てきたのは。

「……え……?」
「な、なんの薬なんです……これは?」

 驚愕の表情を浮かべる杜村に、真澄は慌てて問い質した。
 その声にハッとして、杜村はごめんと謝ってから、

「その、あんまりにも想像していなかったものだから。そうか、そもそも薬袋も入れ替えたものなのかも……」
「……通常処方されることのない、ものなんですか」
「ああ――これは癌治療に使われる薬だ」

 その答えに、真澄も驚きの声を上げる。
 つまり、これが観測所の引き出しから見つかったことを考えると……八木は癌に冒されていたということではないだろうか。

「こっちは痛み止めだし……多分、残り少なくなったのをこの薬袋に入れたんだろう。こういう薬は簡単に処方されるものじゃないからさ」
「じゃあ……八木さんはかなりステージの進んだ癌を患って……?」
「これを服用していたんだとすると、ね」

 八木の体を蝕んでいた恐ろしい病。
 これほど重大な病に対し、しかし彼は満生総合医療センターで治療することを選ばなかった……。
 
「……実のところ、最新の医療とは言いつつ、あの時点で優れていたのは義肢に関するところでしかなくてね。それを求めて街にやって来る人に対しては良いサービスを提供出来ていたけれど、癌治療まで出来ていたかと言われると、ノーなんだよ。……だから、外で治療を受けることに理解はできる、けど」
「それを街の誰一人として知らなかったというのは……どうなんでしょう」

 心配をかけたくなかったのかもしれない。そう考えてしまえばそこで終わりだ。
 でも、ここに何か意味があるとすれば。
 彼が癌に冒されているという事実を、秘密にしている意味……。

「……待てよ……」

 満生台にいること。
 ここで癌治療が出来ないとしても。
 一つだけ、救われる道はある。
 それを、救いだと認識するならば――。

「あ――」

 真澄の中で、弾けるような閃きが起きた。
 まさにその瞬間、ズボンのポケットで振動を感じる。取り出した彼が目にしたのは、仲間から連絡が来たことを示す通知。

「もしも……」

 自分の考えが正しいのだとすれば。
 逸る気持ちを抑えながら、真澄はグループチャットを開く。
 そこには、期待した通り桜井少年からの続報があった。

『お待たせしてすみません。追加の情報についてですが、元GHOSTの研究員である人物とコンタクトを取って調べてもらうことができました。大丈夫だとは思いますが、その人物のことは内密に。
 調べによると、八木優という男に関してGHOSTと密接に関わる重大な事実が明らかになりました。それは――』

 そして……全てが繋がる。
 拾い上げた真実の一欠片と、桜井少年のもたらした事実。
 これまでに暴かれてきた何もかもが合わさって……一つの構図を作り上げた。

「……そう……だった、のか」
「真澄くん! 報告の内容は……」

 真澄は思考を巡らせながら、スマートフォンの画面だけを杜村に見せる。
 彼もまたその文面を目で追っていき、表情を凍り付かせていった。

「……謎は、解けたといっていいでしょう。でも、むしろこれからが勝負かもしれない」

 暑さからだけではない汗を垂らして、真澄は呟いた。

「とにかく、届くかどうかは分からないにせよ、もう一度信号を送りましょう。あの匣庭から、二人を救い出すために」

 力の籠った真澄の言葉に、杜村もまた強く頷く。
 決意を秘めた彼らは急ぎ、山を下りていくのだった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

行かれない場所

六弥太オロア
ミステリー
謎が残る系ショートショートです。あまりパッとしません。

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

スマホ岡っ引き -江戸の難事件帖-

naomikoryo
ミステリー
現代の警察官・佐久間悠介が交通事故の衝撃で目を覚ますと、そこは江戸時代。 混乱する中、手には現代のスマートフォンが握られていた。 しかし、時代錯誤も構わず役立つこのスマホには、奇妙な法則があった。 スマホの充電は使うたびに少しずつ減っていく。 だが、事件を解決するたびに「ミッション、クリア」の文字が表示され、充電が回復するのだ。 充電が切れれば、スマホはただの“板切れ”になる。 悠介は、この謎の仕様とともに、江戸の町で次々と巻き起こる事件に挑むことになる。 盗難、騒動、陰謀。 江戸時代の知恵や人情と、未来の技術を融合させた悠介の捜査は、町人たちの信頼を得ていく。しかし、スマホの充電回復という仕組みの裏には、彼が江戸に転生した「本当の理由」が隠されていた…。 人情溢れる江戸の町で、現代の知識と謎のスマホが織りなす異色の時代劇ミステリー。 事件を解決するたびに深まる江戸の絆と、解けていくスマホの秘密――。 「充電ゼロ」が迫る中、悠介の運命はいかに? 新感覚エンターテインメント、ここに開幕!

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

ヴィーナスは微笑む~Another story~

蒼井 結花理
ミステリー
高貴なまでの美しさを持つ、姉妹・瑞穂(みずほ)と果穂(かほ)。 姉の果穂は明るく華やか、妹の瑞穂は大人しく大人びた美しさを兼ね備えていた。 まるで太陽と月のような関係性の二人。 そんな魅力的な美人姉妹と、ある時栗原千尋(くりはら・ちひろ)は出会う。 一見幸せそうな家庭で育つ彼女達の周りで起きる不可解な出来事に、千尋はしだいに疑念を抱くようになる。 これは怪物"河野瑞穂"が誕生するまでの物語。

処理中です...