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究明編
馬野という人物
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「……おや」
道が平坦になったことに安堵していた私は、満雀さんの声に気付いて前を向く。
すると、前方に見える永射邸の窓に、永射孝史郎その人の姿が見えた。
「良いタイミングだったわね。初めてだわ……家の中とはいえ、永射がいるのを確認できるなんて」
「はは……ずっと繰り返してるとはいえ、全ての時間に全ての人をチェックしてるなんてことはないですもんね」
その域に達するなら、たとえ二週間の物語だとしても相当な年月が必要そうだ。効率良くやれば短くて済むだろうが、そんな機械的にチェックしていくのは辛いだろうし、そもそも彼女は最初、自身の運命に酷く混乱していただろうし。
「庭に出られる大きな窓……あそこは多分リビングね。彼、歩き回っているように見えるけれど……」
「電話してるんじゃないですかね?」
私の予想通り、永射さんは右手にスマートフォンを持っていた。六年も過去なので懐かしい機種だな、などと思ってしまうがそれは関係ない。重要なのは誰と話しているか、だ。
「聞こえるかしら……」
「どこまで近付けるか、とにかく行ってみましょう」
バレる心配はない。彼が話している声が僅かでも拾えないか、私たちは出来る限り邸宅へ近づいていく。
そも、道標の碑がどこまで音を拾えていたのか……そういうところにも関わってくるのかもしれない。ただ、可能性は捨てたくなかった。
「……明日……へ向かえば……いですね? 了解……」
微かにではあるものの、永射さんの声が聞こえてきた。本当に聞き取れるかどうかという声量なので、この場面をリピートしたくなるほどだ。
「しかし……馬野……関わりが……。……いえ、支障はありませんが……」
――馬野?
確かにそう聞こえたが、そんな人物がいただろうか。
「……はい。では明日……」
そこまでで通話を終えた永射は、憂鬱そうな表情で溜め息を一つ吐いた。
スマートフォンを大きなソファに向かって投げ、廊下の方へその姿を消す。
……雨の音が、大きくなってきた気がした。
「ええ、そうね……永射はこの翌日、街の外へ出かけていたようだった。なら今の通話は、組織に関連しているような気がする」
「GHOST側の人間と話していたかもしれない……ですね」
「そして、聞き捨てならない単語も出てきたわ。正確には人名、ね」
「馬野……という名前ですね。それもGHOSTの構成員の名前、でしょうか」
「それは分からないけれど、馬野という名前は重要なものと関連してるの。通信用プログラムのレッドアイ、その作者名は『M.Umano』となっているのよ」
「えっ……」
レッドアイの作者名が馬野。
であるなら、今の会話で馬野という名前が出てくるのは……。
「どんどんと、怪しさが増してくるわね。レッドアイというプログラムの」
「もしも馬野という人物がGHOSTの人間だとすれば、レッドアイ自体がGHOSTの作ったものという可能性が……」
「むしろ、真澄さんという人のメッセージから考えても、そちらを強く意識した方が良さそうじゃないかしら」
「……です、よね」
GHOSTが秘密裡に動かしていた、WAWプログラムとは別の計画。
WAWの方には電波塔が必要不可欠だった。
ならば、洗脳計画の方にはレッドアイが必要不可欠だった……ということになるのではないか?
「けれど、馬野……馬野か。他にどこかでその名前、聞かなかったかな……」
「違う場面でも、その名前を耳にしたことが?」
「ちょっと、定かじゃないわね。記憶違いかもしれないから気にしないで」
上手く嵌ってくれるピースもあれば、そうでないものも勿論ある。
こういうときだからこそ、冷静さは確かに必要だ。
「……ふう。八木さんを追うことは出来なかったけれど、代わりに大きな情報を掴めたわね」
「ええ……幸運でした」
「あなたのおかげよ。……何を調べるべきかが、こうして固まっていく。独りで苦しんでいたのが嘘のようだわ」
「そう言ってくれると、ふふ。ありがたいです」
でも、そうして事件が急速に解決していく裏で。
彼女が真実を受け入れる覚悟もまた、固まっていかなくてはいけないわけで。
解決にばかり目を向けることが逃げのようになってしまわないかは、気になってしまう。
真実を直視出来ないときに、それが目の前に晒されてしまったら……危険だ。
――かつての彼のように。
伍横町の物語で、最後に救い上げた命。
陽乃お姉ちゃんと月乃お姉ちゃんが目の当たりにした、記憶世界の偽りと崩壊。
それと同じようなことが起きてほしくはないと、私は痛切に願う。
「どうか、このまま全てが上手くいくよう……」
そのために、まだまだ気を緩ませるわけにはいかなかった。
道が平坦になったことに安堵していた私は、満雀さんの声に気付いて前を向く。
すると、前方に見える永射邸の窓に、永射孝史郎その人の姿が見えた。
「良いタイミングだったわね。初めてだわ……家の中とはいえ、永射がいるのを確認できるなんて」
「はは……ずっと繰り返してるとはいえ、全ての時間に全ての人をチェックしてるなんてことはないですもんね」
その域に達するなら、たとえ二週間の物語だとしても相当な年月が必要そうだ。効率良くやれば短くて済むだろうが、そんな機械的にチェックしていくのは辛いだろうし、そもそも彼女は最初、自身の運命に酷く混乱していただろうし。
「庭に出られる大きな窓……あそこは多分リビングね。彼、歩き回っているように見えるけれど……」
「電話してるんじゃないですかね?」
私の予想通り、永射さんは右手にスマートフォンを持っていた。六年も過去なので懐かしい機種だな、などと思ってしまうがそれは関係ない。重要なのは誰と話しているか、だ。
「聞こえるかしら……」
「どこまで近付けるか、とにかく行ってみましょう」
バレる心配はない。彼が話している声が僅かでも拾えないか、私たちは出来る限り邸宅へ近づいていく。
そも、道標の碑がどこまで音を拾えていたのか……そういうところにも関わってくるのかもしれない。ただ、可能性は捨てたくなかった。
「……明日……へ向かえば……いですね? 了解……」
微かにではあるものの、永射さんの声が聞こえてきた。本当に聞き取れるかどうかという声量なので、この場面をリピートしたくなるほどだ。
「しかし……馬野……関わりが……。……いえ、支障はありませんが……」
――馬野?
確かにそう聞こえたが、そんな人物がいただろうか。
「……はい。では明日……」
そこまでで通話を終えた永射は、憂鬱そうな表情で溜め息を一つ吐いた。
スマートフォンを大きなソファに向かって投げ、廊下の方へその姿を消す。
……雨の音が、大きくなってきた気がした。
「ええ、そうね……永射はこの翌日、街の外へ出かけていたようだった。なら今の通話は、組織に関連しているような気がする」
「GHOST側の人間と話していたかもしれない……ですね」
「そして、聞き捨てならない単語も出てきたわ。正確には人名、ね」
「馬野……という名前ですね。それもGHOSTの構成員の名前、でしょうか」
「それは分からないけれど、馬野という名前は重要なものと関連してるの。通信用プログラムのレッドアイ、その作者名は『M.Umano』となっているのよ」
「えっ……」
レッドアイの作者名が馬野。
であるなら、今の会話で馬野という名前が出てくるのは……。
「どんどんと、怪しさが増してくるわね。レッドアイというプログラムの」
「もしも馬野という人物がGHOSTの人間だとすれば、レッドアイ自体がGHOSTの作ったものという可能性が……」
「むしろ、真澄さんという人のメッセージから考えても、そちらを強く意識した方が良さそうじゃないかしら」
「……です、よね」
GHOSTが秘密裡に動かしていた、WAWプログラムとは別の計画。
WAWの方には電波塔が必要不可欠だった。
ならば、洗脳計画の方にはレッドアイが必要不可欠だった……ということになるのではないか?
「けれど、馬野……馬野か。他にどこかでその名前、聞かなかったかな……」
「違う場面でも、その名前を耳にしたことが?」
「ちょっと、定かじゃないわね。記憶違いかもしれないから気にしないで」
上手く嵌ってくれるピースもあれば、そうでないものも勿論ある。
こういうときだからこそ、冷静さは確かに必要だ。
「……ふう。八木さんを追うことは出来なかったけれど、代わりに大きな情報を掴めたわね」
「ええ……幸運でした」
「あなたのおかげよ。……何を調べるべきかが、こうして固まっていく。独りで苦しんでいたのが嘘のようだわ」
「そう言ってくれると、ふふ。ありがたいです」
でも、そうして事件が急速に解決していく裏で。
彼女が真実を受け入れる覚悟もまた、固まっていかなくてはいけないわけで。
解決にばかり目を向けることが逃げのようになってしまわないかは、気になってしまう。
真実を直視出来ないときに、それが目の前に晒されてしまったら……危険だ。
――かつての彼のように。
伍横町の物語で、最後に救い上げた命。
陽乃お姉ちゃんと月乃お姉ちゃんが目の当たりにした、記憶世界の偽りと崩壊。
それと同じようなことが起きてほしくはないと、私は痛切に願う。
「どうか、このまま全てが上手くいくよう……」
そのために、まだまだ気を緩ませるわけにはいかなかった。
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