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Fifteenth Chapter...8/2
運命の日
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街を、見下ろしていた。
二週間前と同じ、高台から。
僕は静かに佇んで、街を見下ろしていた。
この街に来てからの一年間は、季節での違いこそあれ、眺める景色に大きな変化はなかった。それが、たった二週間の間でこうまで変わってしまうだなんて。
遠くに見えていた永射邸。それは今、黒焦げの骨組みだけを残した、無残なものに成り果てていて。その主の永射さんは、水に飲まれ死体となって発見されて。焼け落ちた邸宅からは、優しかった看護師の早乙女さんが、腹を裂かれて殺されていた。
隣町へ向かうための道路は、崩れた土砂ですっかり塞がれているし、少し手前では、八木さんの仕事現場である観測所周辺が、土砂の餌食になってしまっていた。木々の緑の中に、そこだけ山肌が露出し、黄土色がやけに目立っている。
場所だけではなく、人の流れも変わっていた。十分も見ていれば、一人、二人くらいは病院へ向かっていたり、或いは病院から家へ帰っていたりしていた。けれど、病院が一時的に休診となって、そちらへ足を運ぶ人の姿は、完全に無くなっていた。
たった、二週間ほど。その間に、本当に沢山のことがあった。沢山の悲劇が、僕らを、この街を襲った。そして今も、それは続いている。
どうしてこんなことになったのだろう。
何度も何度も考えたけれど、調べまわったけれど、真実は掴めない。それに、虎牙には、背負わせるわけにはいかないと言われてしまった。知らないままでいてくれと、言われたようなものだ。そんなの嫌だよと拒絶したい気持ちもあったけれど、あの真摯な眼差しの前には、何も言うことは出来なかった。
つまるところ僕は、暗闇の中をぐるぐると回っていただけなのかもしれない。
……八月二日。電波塔が稼働する、記念すべき日。
鬼の祟りを追いかけて、ときには追いかけられて。とうとう今日という日を迎えた。
祟りを信じるわけではないけれど。……電波塔は無事に、稼働するのだろうか。また、異常な事態に起きることは、ないだろうか。
動いてしまえば、ハッキリする。鬼の祟りなんてないのだと、皆も納得するはずだ。でも……もしもまた、良からぬことが起きたら。そのときは……。
稼働式典は、夜九時から始まる。スマートフォンを取り出してみると、今の時間は午後一時四十分となっていた。あと七時間ほどすれば、中央広場に貴獅さんたちが集まって、式典を執り行うのだ。そして、電波塔の起動スイッチが押される。……スイッチなのかは知らないけれど。
確か、電波塔の反対者集会とやらも、今日行われる予定だった。この前入っていたチラシには、そう書かれていたはずだ。それが集会場で行われるのならまだ良いが、式典に合わせるようなタイミングというのが、とても怪しい。
……昨日家に来たお爺さんは、抗議デモを行うと口にしていなかったか。もしそれが、今日の集まりのことだったとしたら。……最悪の想像がよぎったが、どうしようもなかった。せめてデモが発生しないようにと、祈るくらいしかない。
「……はぁ」
感傷に浸るのは、このくらいにしておこう。ここに居続けていても、意味はない。傍観者でいられるなら楽かもしれないけれど、僕はどう足掻いても、この街に住む当事者だ。
崖から離れようとしたところで、ぐわんと地面が揺らいだ気がした。……疲れていてふらついた、というわけではなさそうだ。ひょっとしたら、また地震があったのだろうか。
地震と言えば、この前八木さんと出くわしたとき、満生台は十数年おきに大きな地震が来ているのだと教えられた。揺れが頻繁になってきているのだとすれば、そのことも気がかりだが……。
考えれば考えるほど、不安に押し潰されそうになる。おかしいな、二週間前には、こんな暗い感情は微塵もなかったというのに。
「……っ」
とうとう頭痛までしてくる。ここで倒れてしまうと洒落にならないから、そろそろ人里に戻らなくては。僕は重い足を動かして、ゆっくりと林道を下っていった。
山を下りて、ある程度道の舗装された場所まで戻って来る。陽射しがまともに降り注ぐ道路は、素足で歩けば火傷をしてしまいそうなくらいに熱を持っていて、もやもやとした陽炎を生み出していた。
年々、夏の気温は上昇している。今はまだ、水田の稲は綺麗に伸びて風に揺れているけれど、いつか暑さで作物がやられてしまうケースも出てくるのでは、とふと思った。
……とりあえず、人間はやられてしまいそうな暑さだ。
振り返り、山を仰ぎ見る。緑が生い茂る山肌は、しかし一部が抉れてしまっている。上からも目にしたが、やはり土砂崩れは恐ろしい。ごっそりと、そこだけ木々が抜け落ちているのだから。
「……あれ」
少し視線を下げると、道の先にさっきまではいなかった人影があった。あの後ろ姿は、佐曽利さんか。山に入っていこうとしているようだ。声を掛けようとも思ったが、結構距離があったので、止めておくことにした。
佐曽利さんの私生活は詳しく知らないが、家からあまり出ない人のはずだ。山に何の用があるのだろう。……もしかしたら、虎牙に会いに行った、とかだったりするのだろうか。山のどこかに、あいつが隠れているとか。佐曽利さんは事情を知っていそうだし、有り得ないとまでは言えないが。
……流石にないかな。
佐曽利さんが木々の向こうへ歩いていくのを見送ってから、僕は再び歩き出した。
二週間前と同じ、高台から。
僕は静かに佇んで、街を見下ろしていた。
この街に来てからの一年間は、季節での違いこそあれ、眺める景色に大きな変化はなかった。それが、たった二週間の間でこうまで変わってしまうだなんて。
遠くに見えていた永射邸。それは今、黒焦げの骨組みだけを残した、無残なものに成り果てていて。その主の永射さんは、水に飲まれ死体となって発見されて。焼け落ちた邸宅からは、優しかった看護師の早乙女さんが、腹を裂かれて殺されていた。
隣町へ向かうための道路は、崩れた土砂ですっかり塞がれているし、少し手前では、八木さんの仕事現場である観測所周辺が、土砂の餌食になってしまっていた。木々の緑の中に、そこだけ山肌が露出し、黄土色がやけに目立っている。
場所だけではなく、人の流れも変わっていた。十分も見ていれば、一人、二人くらいは病院へ向かっていたり、或いは病院から家へ帰っていたりしていた。けれど、病院が一時的に休診となって、そちらへ足を運ぶ人の姿は、完全に無くなっていた。
たった、二週間ほど。その間に、本当に沢山のことがあった。沢山の悲劇が、僕らを、この街を襲った。そして今も、それは続いている。
どうしてこんなことになったのだろう。
何度も何度も考えたけれど、調べまわったけれど、真実は掴めない。それに、虎牙には、背負わせるわけにはいかないと言われてしまった。知らないままでいてくれと、言われたようなものだ。そんなの嫌だよと拒絶したい気持ちもあったけれど、あの真摯な眼差しの前には、何も言うことは出来なかった。
つまるところ僕は、暗闇の中をぐるぐると回っていただけなのかもしれない。
……八月二日。電波塔が稼働する、記念すべき日。
鬼の祟りを追いかけて、ときには追いかけられて。とうとう今日という日を迎えた。
祟りを信じるわけではないけれど。……電波塔は無事に、稼働するのだろうか。また、異常な事態に起きることは、ないだろうか。
動いてしまえば、ハッキリする。鬼の祟りなんてないのだと、皆も納得するはずだ。でも……もしもまた、良からぬことが起きたら。そのときは……。
稼働式典は、夜九時から始まる。スマートフォンを取り出してみると、今の時間は午後一時四十分となっていた。あと七時間ほどすれば、中央広場に貴獅さんたちが集まって、式典を執り行うのだ。そして、電波塔の起動スイッチが押される。……スイッチなのかは知らないけれど。
確か、電波塔の反対者集会とやらも、今日行われる予定だった。この前入っていたチラシには、そう書かれていたはずだ。それが集会場で行われるのならまだ良いが、式典に合わせるようなタイミングというのが、とても怪しい。
……昨日家に来たお爺さんは、抗議デモを行うと口にしていなかったか。もしそれが、今日の集まりのことだったとしたら。……最悪の想像がよぎったが、どうしようもなかった。せめてデモが発生しないようにと、祈るくらいしかない。
「……はぁ」
感傷に浸るのは、このくらいにしておこう。ここに居続けていても、意味はない。傍観者でいられるなら楽かもしれないけれど、僕はどう足掻いても、この街に住む当事者だ。
崖から離れようとしたところで、ぐわんと地面が揺らいだ気がした。……疲れていてふらついた、というわけではなさそうだ。ひょっとしたら、また地震があったのだろうか。
地震と言えば、この前八木さんと出くわしたとき、満生台は十数年おきに大きな地震が来ているのだと教えられた。揺れが頻繁になってきているのだとすれば、そのことも気がかりだが……。
考えれば考えるほど、不安に押し潰されそうになる。おかしいな、二週間前には、こんな暗い感情は微塵もなかったというのに。
「……っ」
とうとう頭痛までしてくる。ここで倒れてしまうと洒落にならないから、そろそろ人里に戻らなくては。僕は重い足を動かして、ゆっくりと林道を下っていった。
山を下りて、ある程度道の舗装された場所まで戻って来る。陽射しがまともに降り注ぐ道路は、素足で歩けば火傷をしてしまいそうなくらいに熱を持っていて、もやもやとした陽炎を生み出していた。
年々、夏の気温は上昇している。今はまだ、水田の稲は綺麗に伸びて風に揺れているけれど、いつか暑さで作物がやられてしまうケースも出てくるのでは、とふと思った。
……とりあえず、人間はやられてしまいそうな暑さだ。
振り返り、山を仰ぎ見る。緑が生い茂る山肌は、しかし一部が抉れてしまっている。上からも目にしたが、やはり土砂崩れは恐ろしい。ごっそりと、そこだけ木々が抜け落ちているのだから。
「……あれ」
少し視線を下げると、道の先にさっきまではいなかった人影があった。あの後ろ姿は、佐曽利さんか。山に入っていこうとしているようだ。声を掛けようとも思ったが、結構距離があったので、止めておくことにした。
佐曽利さんの私生活は詳しく知らないが、家からあまり出ない人のはずだ。山に何の用があるのだろう。……もしかしたら、虎牙に会いに行った、とかだったりするのだろうか。山のどこかに、あいつが隠れているとか。佐曽利さんは事情を知っていそうだし、有り得ないとまでは言えないが。
……流石にないかな。
佐曽利さんが木々の向こうへ歩いていくのを見送ってから、僕は再び歩き出した。
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