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Third Chapter...7/21
ムーンスパロー
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聞いておいて何だが、そろそろオカルトトークに付き合うのが面倒になってくる。他に話題はないかな、と考え始めたとき、ようやく虎牙と満雀ちゃんがやってくるのが見えた。
「おー、遅いぞ虎牙ー」
「遅くないだろーが。五分も過ぎてねえぞ」
「ごめんねー」
「満雀ちゃんはいいのよ。その分虎牙が走れば良かっただけだもの」
「こいつ……」
拳を握り締めながらも、虎牙は何とか思いとどまって、満雀ちゃんを椅子に座らせてから、自分も座った。腕と脚を組んで、苛立たしげに貧乏揺すりを始めたが、龍美は一向に気にしない。これもいつも通りの光景だ。
「さて! そんじゃメンバーも揃ったし、今日の作業を始めるとしますかー」
「うゆー。始めよー」
そう宣言すると、龍美はまたテントの中に潜り込んで、今度は大きめの箱を取り出してきて、テーブルの上に置いた。箱を開けると、その中にはノートパソコンが入っていて、彼女はそれを引っ張り出し、予め用意していた持ち運び式バッテリーを挿すと、電源を点けた。
そして、もう一度テントに戻った彼女が次に持ってきたのは、細かい機械部品の数々だ。殆どは作業を終えているが、邪魔になるのでバラして保管しているものである。
こんな森の中で、ノートパソコンやら機械のパーツやらと、あまりにかけ離れているものが出てくるので、他の人が見たら、一体何の集まりだと不思議に思うことだろう。いっそドン引きするかもしれない。しかし、やっていることの内容を聞いたところで、正直その人たちは納得しないだろうな、とも思う。結局僕らがやっていることは、不思議なことに違いないのだ。
僕らは、通信機器を作っている。
「しっかし、ここまで来るのに相当苦労したな。四月に始めて、もう三ヶ月も経つぜ」
「あんたは機械引っ付けるのがメインでしょ。システム面は私と玄人でどうにかしてきたんだから」
「いや、ネットの情報を頼りに、だけどね。この街、どこからでも無線が使えるし」
この街では、どこでも無線が通っている。では何故わざわざ通信機器を作っているのかといえば、それこそロマンだから、というしかないだろう。理由として思いつくことは無くもないが、一番大きなものは、作りたいから、なのだ。
アマチュア無線を趣味にしている人も多いと、色んなサイトで見かけるし、通信機器を作るというのは、それほど荒唐無稽な計画でもないと僕は思っている。
「パソコンを取ってきちゃったのは、悪いことしたなーとは思ってるんだけどね」
満雀ちゃんが、パソコンの画面を見つめながら言う。そう言えば、このパソコンはある意味盗品なんだった。持ち主から事後承諾は得ているから、問題はないみたいだけど。
「八木さんは優しいから、二つ返事でオッケーだったわ。しかも、相当ハイスペックなパソコンだったし。いやー、ありがたいわよね」
なんでも、龍美は四月ごろ、八木の仕事場である観測所にお邪魔したとき、埃を被っているパソコンを見つけ、使っているのかどうか聞いたらしい。それで、最新のものが届いたのでもう使わないという答えを聞き、そっと持ち出したんだとか。恐ろしい行動力。犯罪です。
「初期化もされてなかったから、便利そうなプログラムも結構入ってるし、助かったなあ。無線通信用ソフトもしっかり入ってるところが流石ね。とは言え、一番メジャーなプログラムみたいだから、検索で上位にヒットするし、入ってなくてもどうせこれをインストールしてたんでしょうけど」
このパソコンに入っていた『レッドアイ』という通信用プログラムは、その界隈では最も有名な部類にはいる代物らしい。バージョンは8.02となっており、開発は既に終了しているそうだが、大方のアマチュア無線家は、これを愛用しているみたいだ。電波の送受信を処理するのに、とても利便性が高いということで、実用的にも様々な場面で使われているようだが、果たしてどれくらいのシェアを獲得しているのやら。
「ふう。虎牙、アンテナ組み立ててくれないかしら。もう使えるようにはなってるはずだから、試してみたいんだけどね」
「ほいよ。そのパーツを合わせりゃいいんだよな。ご丁寧にお手製のマニュアルまで作ってくれてるし」
「感謝しなさい」
「へいへい」
適当な相槌を打ちながら、虎牙はテントの中にあった工具を使い、アンテナを組み上げる。このアンテナは、秤屋商店で部品を買い足しながら作り上げたものだ。パソコンや受信機なんかはそのままを使っているから、僕らが製作したのは専らこのアンテナということになる。
ネットで検索して、頭を悩ませながら作ってきたアンテナだが、こうして出来上がった今でも、リフレクタだとかエレメントだとか、専門的な用語についてはハテナ状態だ。とりあえず教科書通りにやって、出来れば儲けもの、くらいに考えている。素人なんだし。
組み上がったアンテナを、専用のスペースに立てて、それをコネクタで無線機と繋ぐ。そして無線機とパソコンを、USBケーブルで繋ぐ。こうすれば、準備はオッケーらしい。
「初めての試運転ね。ここから使えるように調整していかないといけないけど、現段階でどこまで出来るのかしら」
龍美は、そう言いながらノートパソコンを僕の前に持ってくる。キーボードを叩くのは僕の仕事で、彼女は司令塔だ。アイコンをクリックすると、レッドアイのプログラムが稼働し、そこに龍美の指示通り、命令文を打ち込んでいく。
「プログラミングとか知らなくても、ネットの情報さえあれば案外なんとかなるものよね」
「うーん、龍美の飲み込みが早いからな気はするけどなあ」
「照れること言わないでよ、玄人」
「そうだぜ、絶対ネットのおかげだ」
「うるさい虎牙」
「うふふ」
微笑ましいやりとりの間に、パソコン側の設定も無事終わり、後は電波を受信できるかどうかを待つだけになった。周波数にもよるみたいだが、龍美は拾いやすい周波数を調べて、その数値に設定しているようだ。
「今日は月もまだ満ちてないし、昼間でも上の方にあるわね。少しくらいは期待できるかしら」
「実際、こんな設備じゃ良くて二、三行の文字を受信できる程度のレベルだろうけどさ」
「ロマンよロマン。出来るってことに意味があるんじゃない」
このメンバーの中で、一番ロマンを抱いているのは、龍美かもしれないな。この無線もそうだし、オカルトに関しても。
「頼んだわよ、ムーンスパロー」
ムーンスパロー。それが、僕らで付けた、この通信機器の名称だ。名前はそのまま、月と雀からとっている。
まず、月の理由は、この無線の方式が、月面反射通信――通称、EMEというものであることから。直感的な理解でしかないが、この方式は、電波を月へと飛ばし、月面を反射させて地球へ返すというダイナミックなもので、移動距離があまりに長いことから、通信の方法として採用されることは殆どない、アマチュア向けの方式なのである。
そして、雀の理由は、お分かりだと思うが、僕らのお姫様、満雀ちゃんの字からとったものだ。というか、名前を決めるジャンケンで、満雀ちゃんが勝ったから、スパローが採用された、という経緯なのだが。ひょっとすると、龍美が勝っていたらドラゴンで、虎牙が勝っていたらタイガーだったかもしれない。
まあ、何にせよ、このムーンスパローという命名には、誰も異議はなかった。
ムーンスパローには、僕らのロマンが詰まっている。
「……本当は、免許取らなきゃいけないみたいだけど、さ」
「何か言った?」
「いや、何でもないよ」
龍美もそのことは知っているのだろうが、子どもが遊びでやる程度だから、と考えているのかもしれない。それに確か、今のように受信するだけなら、禁止されてはいなかったかな。
レッドアイのウィンドウには、信号の反応を示すグラフが流れていて、今は静寂を保っている。これが動けば、何らかの電波を受け取っていることになり、そのデータも表示されるわけだが、とにかく動くまでは待つしかない。そのうち反応を示すことを期待し、僕らはテーブルを囲んで雑談したり、或いは試験の為の勉強をしたりすることにした。
「おー、遅いぞ虎牙ー」
「遅くないだろーが。五分も過ぎてねえぞ」
「ごめんねー」
「満雀ちゃんはいいのよ。その分虎牙が走れば良かっただけだもの」
「こいつ……」
拳を握り締めながらも、虎牙は何とか思いとどまって、満雀ちゃんを椅子に座らせてから、自分も座った。腕と脚を組んで、苛立たしげに貧乏揺すりを始めたが、龍美は一向に気にしない。これもいつも通りの光景だ。
「さて! そんじゃメンバーも揃ったし、今日の作業を始めるとしますかー」
「うゆー。始めよー」
そう宣言すると、龍美はまたテントの中に潜り込んで、今度は大きめの箱を取り出してきて、テーブルの上に置いた。箱を開けると、その中にはノートパソコンが入っていて、彼女はそれを引っ張り出し、予め用意していた持ち運び式バッテリーを挿すと、電源を点けた。
そして、もう一度テントに戻った彼女が次に持ってきたのは、細かい機械部品の数々だ。殆どは作業を終えているが、邪魔になるのでバラして保管しているものである。
こんな森の中で、ノートパソコンやら機械のパーツやらと、あまりにかけ離れているものが出てくるので、他の人が見たら、一体何の集まりだと不思議に思うことだろう。いっそドン引きするかもしれない。しかし、やっていることの内容を聞いたところで、正直その人たちは納得しないだろうな、とも思う。結局僕らがやっていることは、不思議なことに違いないのだ。
僕らは、通信機器を作っている。
「しっかし、ここまで来るのに相当苦労したな。四月に始めて、もう三ヶ月も経つぜ」
「あんたは機械引っ付けるのがメインでしょ。システム面は私と玄人でどうにかしてきたんだから」
「いや、ネットの情報を頼りに、だけどね。この街、どこからでも無線が使えるし」
この街では、どこでも無線が通っている。では何故わざわざ通信機器を作っているのかといえば、それこそロマンだから、というしかないだろう。理由として思いつくことは無くもないが、一番大きなものは、作りたいから、なのだ。
アマチュア無線を趣味にしている人も多いと、色んなサイトで見かけるし、通信機器を作るというのは、それほど荒唐無稽な計画でもないと僕は思っている。
「パソコンを取ってきちゃったのは、悪いことしたなーとは思ってるんだけどね」
満雀ちゃんが、パソコンの画面を見つめながら言う。そう言えば、このパソコンはある意味盗品なんだった。持ち主から事後承諾は得ているから、問題はないみたいだけど。
「八木さんは優しいから、二つ返事でオッケーだったわ。しかも、相当ハイスペックなパソコンだったし。いやー、ありがたいわよね」
なんでも、龍美は四月ごろ、八木の仕事場である観測所にお邪魔したとき、埃を被っているパソコンを見つけ、使っているのかどうか聞いたらしい。それで、最新のものが届いたのでもう使わないという答えを聞き、そっと持ち出したんだとか。恐ろしい行動力。犯罪です。
「初期化もされてなかったから、便利そうなプログラムも結構入ってるし、助かったなあ。無線通信用ソフトもしっかり入ってるところが流石ね。とは言え、一番メジャーなプログラムみたいだから、検索で上位にヒットするし、入ってなくてもどうせこれをインストールしてたんでしょうけど」
このパソコンに入っていた『レッドアイ』という通信用プログラムは、その界隈では最も有名な部類にはいる代物らしい。バージョンは8.02となっており、開発は既に終了しているそうだが、大方のアマチュア無線家は、これを愛用しているみたいだ。電波の送受信を処理するのに、とても利便性が高いということで、実用的にも様々な場面で使われているようだが、果たしてどれくらいのシェアを獲得しているのやら。
「ふう。虎牙、アンテナ組み立ててくれないかしら。もう使えるようにはなってるはずだから、試してみたいんだけどね」
「ほいよ。そのパーツを合わせりゃいいんだよな。ご丁寧にお手製のマニュアルまで作ってくれてるし」
「感謝しなさい」
「へいへい」
適当な相槌を打ちながら、虎牙はテントの中にあった工具を使い、アンテナを組み上げる。このアンテナは、秤屋商店で部品を買い足しながら作り上げたものだ。パソコンや受信機なんかはそのままを使っているから、僕らが製作したのは専らこのアンテナということになる。
ネットで検索して、頭を悩ませながら作ってきたアンテナだが、こうして出来上がった今でも、リフレクタだとかエレメントだとか、専門的な用語についてはハテナ状態だ。とりあえず教科書通りにやって、出来れば儲けもの、くらいに考えている。素人なんだし。
組み上がったアンテナを、専用のスペースに立てて、それをコネクタで無線機と繋ぐ。そして無線機とパソコンを、USBケーブルで繋ぐ。こうすれば、準備はオッケーらしい。
「初めての試運転ね。ここから使えるように調整していかないといけないけど、現段階でどこまで出来るのかしら」
龍美は、そう言いながらノートパソコンを僕の前に持ってくる。キーボードを叩くのは僕の仕事で、彼女は司令塔だ。アイコンをクリックすると、レッドアイのプログラムが稼働し、そこに龍美の指示通り、命令文を打ち込んでいく。
「プログラミングとか知らなくても、ネットの情報さえあれば案外なんとかなるものよね」
「うーん、龍美の飲み込みが早いからな気はするけどなあ」
「照れること言わないでよ、玄人」
「そうだぜ、絶対ネットのおかげだ」
「うるさい虎牙」
「うふふ」
微笑ましいやりとりの間に、パソコン側の設定も無事終わり、後は電波を受信できるかどうかを待つだけになった。周波数にもよるみたいだが、龍美は拾いやすい周波数を調べて、その数値に設定しているようだ。
「今日は月もまだ満ちてないし、昼間でも上の方にあるわね。少しくらいは期待できるかしら」
「実際、こんな設備じゃ良くて二、三行の文字を受信できる程度のレベルだろうけどさ」
「ロマンよロマン。出来るってことに意味があるんじゃない」
このメンバーの中で、一番ロマンを抱いているのは、龍美かもしれないな。この無線もそうだし、オカルトに関しても。
「頼んだわよ、ムーンスパロー」
ムーンスパロー。それが、僕らで付けた、この通信機器の名称だ。名前はそのまま、月と雀からとっている。
まず、月の理由は、この無線の方式が、月面反射通信――通称、EMEというものであることから。直感的な理解でしかないが、この方式は、電波を月へと飛ばし、月面を反射させて地球へ返すというダイナミックなもので、移動距離があまりに長いことから、通信の方法として採用されることは殆どない、アマチュア向けの方式なのである。
そして、雀の理由は、お分かりだと思うが、僕らのお姫様、満雀ちゃんの字からとったものだ。というか、名前を決めるジャンケンで、満雀ちゃんが勝ったから、スパローが採用された、という経緯なのだが。ひょっとすると、龍美が勝っていたらドラゴンで、虎牙が勝っていたらタイガーだったかもしれない。
まあ、何にせよ、このムーンスパローという命名には、誰も異議はなかった。
ムーンスパローには、僕らのロマンが詰まっている。
「……本当は、免許取らなきゃいけないみたいだけど、さ」
「何か言った?」
「いや、何でもないよ」
龍美もそのことは知っているのだろうが、子どもが遊びでやる程度だから、と考えているのかもしれない。それに確か、今のように受信するだけなら、禁止されてはいなかったかな。
レッドアイのウィンドウには、信号の反応を示すグラフが流れていて、今は静寂を保っている。これが動けば、何らかの電波を受け取っていることになり、そのデータも表示されるわけだが、とにかく動くまでは待つしかない。そのうち反応を示すことを期待し、僕らはテーブルを囲んで雑談したり、或いは試験の為の勉強をしたりすることにした。
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