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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

三十五話 「どうか教えてくれませんか?」

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 伍横町を、ひたすらに東へ駆ける。
 ミツヤとハルナは、時折霊との距離を確かめながら、町内にある墓所を目指していた。

「結構近いよ!」
「分かってるって!」

 ハルナを気遣いつつ、霊との距離も保って走っているのだ。ただ、ミツヤもそんなことは言えない。
 体力が尽きるよりも前に辿り着けることをただ祈って、足を前へ進め続ける。
 道は既に大通りを外れ、細い路地へ差し掛かっている。後は何度か右左折を繰り返せば到着する筈だった。

「……あれだ!」

 ミツヤが前方を指差しながら声を上げる。そこには石造の長い上り階段があった。
 あれを上っていったところに、町の墓所があるのだ。
 人間にはきつい階段だが、霊にとっては何の障害でもない。
 距離を縮められないようにと、ミツヤもハルナも全力で駆け上がる。
 幸いスピードを調整していたおかげか、上り切るまで追いつかれることはなかった。
 かなり接近はされてしまったが。
 墓所には当然、墓石が無数に並んでいる。規則的であるだけ移動しやすくていいのだが、これだけ多いと走りながら探すのはかなり大変だ。
 それでも見つけなければ殺されるだけ。追いつかれるよりも先に、マモルとテラスの墓を発見しなければならない。
 手分けするのはかえって危険と判断し、ミツヤとハルナは一緒に墓石を調べていく。
 流石に製薬会社の息子と、そこに勤めていた研究者だ。墓石もそれなりに立派なものが立てられているのではと踏んで、大きいところから見ていった。
 その選択が功を奏し、走り回ること三分ほどで、マモルとテラスのものらしい墓石を見つけることが出来た。
 墓地の中央付近にある大きな墓石。波出家と風見家の墓石は殆ど隣り合うくらいの距離に立っていたのだった。

「……よし」

 はたから見れば罰当たりだなと思いつつも、ミツヤたちはマモルとテラスの骨壺を引っ張り出した。それを隣り合わせに並べて、蓋を開ける。

「……すみません。すぐに解放してあげますから……」

 迫り来る悪霊。
 彼らを前にして、ミツヤは清めの水を二つの骨壺へ注いでいった。
 そして、祈る。
 彼らの思いを昇華出来るよう、一心に――。
 やがて世界は柔らかな光に包まれ、ゆっくりとそれは消えていく。
 再び闇が墓地を満たしたとき、そこには先ほどまでの悪霊の姿はなく、代わりに二人の青年の姿があった。
 ミツヤの祈りが、二人を浄化させたのだ。

「……ここ、は」

 二人は頭を押さえながら、呻くように言う。
悪霊となっていた際の記憶は殆どが欠落しているようなので、元に戻った二人が混乱するのも無理からぬことだ。

「……あなたたちが『ドール』を作った人たち、なんですね。波出守さん、風見照さん」
「君、たちは……」

 眼鏡を掛けた男――テラスが口を開く。
 それから自身の両手を見つめ、

「まさか……降霊術?」

 そう呟くと、隣の男――マモルが頷いた。

「……どうやら、そうらしいな」

 状況を分析できる程度には落ち着いているようで、テラスは改めてミツヤたちの素性を訊ねてくる。

「君たちは一体?」
「私たちは……うーん、お二人の友人の知り合いというか」
「仁行通……今はドールと名乗ってる存在を止めようとしてる……そんな感じです」

 ハルナの言葉に、ミツヤがそう付け足す。
 仁行通。その名前に、二人はやはり殊更に反応した。

「トオル……」
「……トオル、か。あいつはやっぱり、マミのことを蘇らせようとしているんだな」
「……みたいです。そのために、何度も降霊術を行わせて。死者の体の一部を奪って」

 途方もなく長い時間を掛けて、ドールはこの計画を組み立ててきた。
 マミとともに、永遠を生きる計画を。

「どうやら、そうらしいね。……全部、僕の責任だ」
「違う!」

 テラスが悔しげに言うのを、マモルが即座に否定する。

「あれはお前のせいじゃない。あれは――少なくとも、お前だけのせいなんかじゃない……」

 マモルも過去の事件に後悔の念を抱いているようだ。ミツヤたちは過去の事件を表面上しか知らなかったし、どちらかと言えば二人を加害者側だと認識していたので、事件のことを悔やんでいるのは意外だった。

「二人は、ドールの行動について知ってるんですか?」
「……一応は、ね。霊として、途切れ途切れではあるけど徘徊していた記憶はある。僕はずっと、彼のことが気がかりだったから……」
「俺も同じくだ。実験があんな結果に終わって……俺はその後に残された彼の存在だけが、心配だった」

 霊は、この世への未練によって地上に留まる。
 波出守も風見照も、この二十数年間成仏することが出来ず、彷徨っていたということだろう。
 自分が何者かを忘れ去ってしまっても。
 ただ一つの後悔が、彼らをこの町に縛り付けたのだ。

「誰もが幸せな結果を望んでいたのに。唯一何も知らされていなかった彼だけが、その何も知らないまま、あの体で生き残って。俺は……あの日を悔やんでる……」
「マモル……」

 涙すら滲ませる彼らに、ミツヤは優しく語り掛ける。

「俺たちは、一応ドールという存在がどういうものだったのか、見当をつけてます。でも、実際に二人の口から聞ければ、それ以上に確かなものはないでしょう」
「……なるほど」
「ドールの全てを知り、そしてドールを止めたい。どうか教えてくれませんか? 犬飼真美と仁行通に関する全てを、俺たちに」

 あの日何があったのか。
 その真実を明らかにし、そして抜け落ちたドールの真実を知る。
 マモルとテラスは、ミツヤたちの思いに応え。
 彼らの長い物語を、紐解き始めるのだった――。
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