156 / 176
最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
二十六話 「久しぶり」
しおりを挟む
ピチョン、ピチョンと水滴の音が耳に届く。
ミツヤはそこで、自分が冷たい床の上に倒れているのに気付いた。
「……ん……」
「……あ、目が覚めた?」
痛む頭を押さえながら起き上がると、そこにはハルナがいた。
彼女はミツヤより幾分か早く目を覚まし、状況確認をしていたようだ。
「……ここは?」
「うん、霧夏邸の実験室みたい」
霧夏邸。二人がまだ中学生の頃、友人たちとともに忍び込んだ懐かしき邸宅。
辛く、悲しい思い出ばかりが残る場所だ。
今はもう、建物自体は取り壊されて影も形もない。
土地が売りに出されているものの、元所有者の怪しげな噂もあり、買い手はまだ見つかっていないという。
「……なるほど、飛ばされたのか」
「地下に飛ばされるなんて、不思議よね……」
しみじみとハルナが言う。確かに、地下へ飛ばされる原理は不明だった。
トンネル効果だのあれこれ考えてみたが、すぐにミツヤも諦める。
それより、もっと重要なことがあった。
「地下……って、ちょっと待ってくれ。俺が前に調べに来てから、また工事があったよな?」
「そうなの、出口が完全に塞がれてるみたいなのよ」
直近にミツヤがここを訪れたのは、約一週間前のことだ。そのときは地下への入口に木の板が置かれ、上から軽く土が被せられた程度だった。
そのすぐ後に再工事が入ったということは、霧夏盗難の事実を恐れた国が、研究室そのものを完全に無くそうと目論んだ可能性はある。
この地下室も、数日と経たず潰されてしまうのだろう。
「どうしよう、ミツヤくん……」
「……うーむ、まさかこんな事態になるとは」
出口が埋められているのでは、脱出の方法がない。
霊の空間によって鎖されているのではなく、物理的に鎖されているのなら……方法は物理によるしかないのだろうが。
「……ああ、やっぱりここに飛ばされてたか」
そこで、二人しかいない筈の地下室に声が響く。
驚いて振り返ったミツヤとハルナが目にしたのは……かつての友人の姿だった。
「一発で発見できて良かったぜ……」
「ソ……ソウシ……」
二人の驚くさまが面白かったのか、ソウシはぷっと噴き出したあと、
「ビックリすることか? こんな空間が出来上がってるのにさ」
「まあ、それは確かにそうだけどよ……」
「はは、久しぶりだな。二人とも」
三年前、霧夏邸が悲劇の舞台となり。
その犠牲者となって命を奪われた友人の一人。
恋人を救い、そして恋人とともに旅立っていった少年。
ミツヤは事件が終わってから時折、彼の忠告を素直に聞いておけばと思ったものだ。
「ああ、久しぶり。一瞬誰だか分かんなかったぜ」
「ちっ、相変わらず口が悪いなあ」
別離の期間は長かったが、ミツヤもソウシも、あの頃と同じように軽口を叩き合う。
しかし、ソウシはすぐに用件を思い出して、
「なあ、二人とも。悪いんだけどよ……ちょっと、マヤのとこまで行ってやってくれねえか」
「は? マヤ……?」
「ああ……俺が連れ出しちまってね。そのせいで怪我しちまったんだよ」
「……マヤくんが……」
中屋敷麻耶は、ミツヤとハルナから大切な人を奪っていった少年だ。
霧夏邸事件においてその罪を暴かれ、一時は殺されかけて。ハルナに諭された彼は、自ら罪を認めて少年刑務所へ収容された。
あれからミツヤたちと顔を合わせることはなかったのだが。
「けど、俺たちが行ってなんとかなるか? というか、あいつ一人にしてないよな……殺されたりしたら寝覚めが悪いぞ」
「ああ、大丈夫。アキノって子がそばにいてくれてるからよ。あいつ、その子を助けようとしたんだよな……何故か」
マヤが人助けをしたと聞いて、ミツヤはソウシに再会したときよりも驚愕した。
「助け……? 見間違いじゃないか?」
「はは、ひっでえな。ま、言っても信じないだろ? だからマヤに会ってみないかって思って来たわけだよ」
罪を償ってくると口にし、自分たちの元を去っていったマヤ。
未だその罪は償っている最中だが……少しは変われているのかもしれないな、とミツヤは思う。
「マヤくんに会う、か。……どうする? ミツヤくん」
「行く行かないは別としてよ。そもそも俺ら、ここから出られないんだ。まずはその問題をどうにかしてからだな」
「ふうむ、なるほど」
霊体であるソウシは、物理的な障害など気にすることなくすり抜けて来れただろうが、生憎ミツヤもハルナもそうはいかない。
地下を塞ぐ蓋と大量の土砂。それを何とかしなければ、ここから出ることは叶わないのだ。
どうしたものかとソウシは顎に手を当てて考える。地下実験室にはもう殆ど道具がなく、外から土砂を掻き出すのも一苦労だ。
「……あ」
そこでソウシは、とあるものを目にした。
偶然にも――というより意図的だったのだろうが、それはちょうどソウシがミツヤたちと向かい合うような位置にいたからだった。
「すまん。ちょっと二人とも、出口のところで待っててくれないか? 俺がここの物調べて、何とかならないか考えてみるからよ」
「お前が? ……まあ、いいけど」
突然のことだったので、訝しみながらもミツヤとハルナは大人しく提案を受け入れる。
きっと霊ゆえに出来ることもあるのだろう、と適当な解釈をして。
「じゃあ、お願いするね。ソウシくん」
「おう、任された」
二人はソウシを実験室に残し、古びた扉を抜けて廊下に向かう。
そこで大人しく、ソウシが何らかの手を打ってくれるのを待つことにした。
ミツヤはそこで、自分が冷たい床の上に倒れているのに気付いた。
「……ん……」
「……あ、目が覚めた?」
痛む頭を押さえながら起き上がると、そこにはハルナがいた。
彼女はミツヤより幾分か早く目を覚まし、状況確認をしていたようだ。
「……ここは?」
「うん、霧夏邸の実験室みたい」
霧夏邸。二人がまだ中学生の頃、友人たちとともに忍び込んだ懐かしき邸宅。
辛く、悲しい思い出ばかりが残る場所だ。
今はもう、建物自体は取り壊されて影も形もない。
土地が売りに出されているものの、元所有者の怪しげな噂もあり、買い手はまだ見つかっていないという。
「……なるほど、飛ばされたのか」
「地下に飛ばされるなんて、不思議よね……」
しみじみとハルナが言う。確かに、地下へ飛ばされる原理は不明だった。
トンネル効果だのあれこれ考えてみたが、すぐにミツヤも諦める。
それより、もっと重要なことがあった。
「地下……って、ちょっと待ってくれ。俺が前に調べに来てから、また工事があったよな?」
「そうなの、出口が完全に塞がれてるみたいなのよ」
直近にミツヤがここを訪れたのは、約一週間前のことだ。そのときは地下への入口に木の板が置かれ、上から軽く土が被せられた程度だった。
そのすぐ後に再工事が入ったということは、霧夏盗難の事実を恐れた国が、研究室そのものを完全に無くそうと目論んだ可能性はある。
この地下室も、数日と経たず潰されてしまうのだろう。
「どうしよう、ミツヤくん……」
「……うーむ、まさかこんな事態になるとは」
出口が埋められているのでは、脱出の方法がない。
霊の空間によって鎖されているのではなく、物理的に鎖されているのなら……方法は物理によるしかないのだろうが。
「……ああ、やっぱりここに飛ばされてたか」
そこで、二人しかいない筈の地下室に声が響く。
驚いて振り返ったミツヤとハルナが目にしたのは……かつての友人の姿だった。
「一発で発見できて良かったぜ……」
「ソ……ソウシ……」
二人の驚くさまが面白かったのか、ソウシはぷっと噴き出したあと、
「ビックリすることか? こんな空間が出来上がってるのにさ」
「まあ、それは確かにそうだけどよ……」
「はは、久しぶりだな。二人とも」
三年前、霧夏邸が悲劇の舞台となり。
その犠牲者となって命を奪われた友人の一人。
恋人を救い、そして恋人とともに旅立っていった少年。
ミツヤは事件が終わってから時折、彼の忠告を素直に聞いておけばと思ったものだ。
「ああ、久しぶり。一瞬誰だか分かんなかったぜ」
「ちっ、相変わらず口が悪いなあ」
別離の期間は長かったが、ミツヤもソウシも、あの頃と同じように軽口を叩き合う。
しかし、ソウシはすぐに用件を思い出して、
「なあ、二人とも。悪いんだけどよ……ちょっと、マヤのとこまで行ってやってくれねえか」
「は? マヤ……?」
「ああ……俺が連れ出しちまってね。そのせいで怪我しちまったんだよ」
「……マヤくんが……」
中屋敷麻耶は、ミツヤとハルナから大切な人を奪っていった少年だ。
霧夏邸事件においてその罪を暴かれ、一時は殺されかけて。ハルナに諭された彼は、自ら罪を認めて少年刑務所へ収容された。
あれからミツヤたちと顔を合わせることはなかったのだが。
「けど、俺たちが行ってなんとかなるか? というか、あいつ一人にしてないよな……殺されたりしたら寝覚めが悪いぞ」
「ああ、大丈夫。アキノって子がそばにいてくれてるからよ。あいつ、その子を助けようとしたんだよな……何故か」
マヤが人助けをしたと聞いて、ミツヤはソウシに再会したときよりも驚愕した。
「助け……? 見間違いじゃないか?」
「はは、ひっでえな。ま、言っても信じないだろ? だからマヤに会ってみないかって思って来たわけだよ」
罪を償ってくると口にし、自分たちの元を去っていったマヤ。
未だその罪は償っている最中だが……少しは変われているのかもしれないな、とミツヤは思う。
「マヤくんに会う、か。……どうする? ミツヤくん」
「行く行かないは別としてよ。そもそも俺ら、ここから出られないんだ。まずはその問題をどうにかしてからだな」
「ふうむ、なるほど」
霊体であるソウシは、物理的な障害など気にすることなくすり抜けて来れただろうが、生憎ミツヤもハルナもそうはいかない。
地下を塞ぐ蓋と大量の土砂。それを何とかしなければ、ここから出ることは叶わないのだ。
どうしたものかとソウシは顎に手を当てて考える。地下実験室にはもう殆ど道具がなく、外から土砂を掻き出すのも一苦労だ。
「……あ」
そこでソウシは、とあるものを目にした。
偶然にも――というより意図的だったのだろうが、それはちょうどソウシがミツヤたちと向かい合うような位置にいたからだった。
「すまん。ちょっと二人とも、出口のところで待っててくれないか? 俺がここの物調べて、何とかならないか考えてみるからよ」
「お前が? ……まあ、いいけど」
突然のことだったので、訝しみながらもミツヤとハルナは大人しく提案を受け入れる。
きっと霊ゆえに出来ることもあるのだろう、と適当な解釈をして。
「じゃあ、お願いするね。ソウシくん」
「おう、任された」
二人はソウシを実験室に残し、古びた扉を抜けて廊下に向かう。
そこで大人しく、ソウシが何らかの手を打ってくれるのを待つことにした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【連作ホラー】幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー
至堂文斗
ホラー
――其れは、人類の進化のため。
歴史の裏で暗躍する組織が、再び降霊術の物語を呼び覚ます。
魂魄の操作。悍ましき禁忌の実験は、崇高な目的の下に数多の犠牲を生み出し。
決して止まることなく、次なる生贄を求め続ける。
さあ、再び【魂魄】の物語を始めましょう。
たった一つの、望まれた終焉に向けて。
来場者の皆様、長らくお待たせいたしました。
これより幻影三部作、開幕いたします――。
【幻影綺館】
「ねえ、”まぼろしさん”って知ってる?」
鈴音町の外れに佇む、黒影館。そこに幽霊が出るという噂を聞きつけた鈴音学園ミステリ研究部の部長、安藤蘭は、メンバーを募り探検に向かおうと企画する。
その企画に巻き込まれる形で、彼女を含め七人が館に集まった。
疑いつつも、心のどこかで”まぼろしさん”の存在を願うメンバーに、悲劇は降りかからんとしていた――。
【幻影鏡界】
「――一角荘へ行ってみますか?」
黒影館で起きた凄惨な事件は、桜井令士や生き残った者たちに、大きな傷を残した。そしてレイジには、大切な目的も生まれた。
そんな事件より数週間後、束の間の平穏が終わりを告げる。鈴音学園の廊下にある掲示板に貼り出されていたポスター。
それは、かつてGHOSTによって悲劇がもたらされた因縁の地、鏡ヶ原への招待状だった。
【幻影回忌】
「私は、今度こそ創造主になってみせよう」
黒影館と鏡ヶ原、二つの場所で繰り広げられた凄惨な事件。
その黒幕である****は、恐ろしい計画を実行に移そうとしていた。
ゴーレム計画と名付けられたそれは、世界のルールをも蹂躙するものに相違なかった。
事件の生き残りである桜井令士と蒼木時雨は、***の父親に連れられ、***の過去を知らされる。
そして、悲劇の連鎖を断つために、最後の戦いに挑む決意を固めるのだった。
花の檻
蒼琉璃
ホラー
東京で連続して起きる、通称『連続種死殺人事件』は人々を恐怖のどん底に落としていた。
それが明るみになったのは、桜井鳴海の死が白昼堂々渋谷のスクランブル交差点で公開処刑されたからだ。
唯一の身内を、心身とも殺された高階葵(たかしなあおい)による、異能復讐物語。
刑事鬼頭と犯罪心理学者佐伯との攻防の末にある、葵の未来とは………。
Illustrator がんそん様 Suico様
※ホラーミステリー大賞作品。
※グロテスク・スプラッター要素あり。
※シリアス。
※ホラーミステリー。
※犯罪描写などがありますが、それらは悪として書いています。
JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。
尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。
完全フィクション作品です。
実在する個人・団体等とは一切関係ありません。
あらすじ
趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。
そして、その建物について探り始める。
あぁそうさ下らねぇ文章で何が小説だ的なダラダラした展開が
要所要所の事件の連続で主人公は性格が変わって行くわ
だんだーん強くうぅううー・・・大変なことになりすすぅーあうあうっうー
めちゃくちゃなラストに向かって、是非よんでくだせぇ・・・・え、あうあう
読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。
もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。
大変励みになります。
ありがとうございます。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる