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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
八話 「化けの皮を剥いでやる」
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再び幾日か時が過ぎたある日。
私は一つの行動を起こした。
*
その日も、マミと私は波出家へ招待されていた。
そしてまた、マミは客室で仮眠をとっていた。
疲れやすい体質のマミのことなので、他人の――更に言えばある程度安心感のある――家に上がり込むと、眠くなってしまうようだ。
マモルからも許可は得られているので、つい甘えて寝てしまうと彼女自身も口にしていた。
だらしないし無防備過ぎるとは思っていた。
けれども、その日だけはマミの体質に感謝した。
私は彼女が眠っていることを確認し……行動に移った。
波出家の研究室に忍び込むという、危険な行動に。
「……必ず、化けの皮を剥いでやる」
研究室の前でマモルたちの話を盗み聞きしたあのとき。
私たちを引き離すという話と関連して、研究の成果という言葉もマモルは口にしていた。
私たちのことと研究とが、どのように結びつくのかはまるで分からなかった。
一見謎に思えるその繋がりを暴くことが出来たら……マモルが具体的に私たちの関係をどうしたいとのかも、明らかになるのではと考えたのである。
研究室前の廊下まで来てから、扉に耳を付けて人の気配を探る。
物音がしたので、室内に誰かがいるのは分かった。
そこでしばらくの間、廊下の角から研究室前を見張ることにした。
数分後、研究室からテラスが出てきた。歩いていく方向からして、また図書室に本を取りに行くようだ。
すぐには返ってこないだろうと、私は研究室に忍び込む。
幸い、ここまでは誰にも見つからなかった。
「……さて」
この部屋は、あくまで入口に過ぎないのは知っている。
部屋の奥にあるもう一つの扉がエレベータになっており、そこから地下に向かえるのだ。
以前、テラスに話だけは聞いたことがあった。そのときに、関係者以外は立入厳禁とも言われたが。
正直なところ、いつもテラスと話しているこの部屋だけでは、お世辞にも研究室とは呼べそうにないと思っていたので、地下室の存在はなるほどと感心させられた。
機密性の高い研究は、全て地下研究所で行われているという。
「これだな」
扉近くの壁に、僅かに切れ目が入っている。
それは蓋のようになっていて、一度押し込むとバネのように反動で開いた。
奥に隠されていたボタンを押すと、機械の駆動音の後にゆっくりと扉が開く。
エレベータの到着だ。
階層が一階と地下しかないので、中には緊急連絡用のボタンしかなかった。
扉が閉まると、自動的にエレベータは下降する。
一分ほどその感覚に身を任せていると、やがてガコンという振動とともにエレベータは止まった。
「……ふう」
深呼吸を一つして、扉の向こう――地下研究室へと足を踏み入れる。
ここにどんなものが眠っているのかと、緊張に胸を痛めつつ。
地下研究所は、幾つかの区画に分かれていた。今は誰もいないためか、誘導灯以外の電灯は全て消えている。
ただ、機械類は稼働しているようで、電子音や仄かな明かりはそこかしこで確認出来た。
電気を点けられればいいのだが、人がいることを検知して知らせる機能などが付いていたら危険だった。なので私は、明かりのないまま暗い地下研究所を調査していくことを決めた。
ガラス張りのスペースがあったり、全く用途不明な機械が沢山設置されていたり。調べたところでそれを理解出来るのか、という問題は残り続けていたが、とにかく見てみないことには始まらない。怪しげな資料や書籍などがあれば、とりあえず目を通すつもりではあった。
研究の成果。マモルが口にしていたその成果とは如何様なものだったのだろうか。
それが私とマミを引き離す材料に成り得るのだろうか。
後ろ暗い研究や取引で資産を積み、マミを金で釣ろうとしているという推測も立ててはみたが、何となくしっくりこない。マミがお金で靡くような人間でないことは知っているし、そもそも認めたくはないが、彼女の気持ちは既にマモルへ向いているのだから。
やはり決定的な何かを発見するまでは、あの言葉の真意を理解するのは不可能だと私は結論付けた。
各区画への入口扉は、その大半が施錠されていたが、中央のフロアでは波出製薬の名の通り、薬剤に関する書籍や試薬のようなものも発見は出来た。
施錠されている場所に機密情報を隠していては、調べようがないなと肩を落としかけたところで、一つ施錠されていない扉に当たった。
メインルームを真っ直ぐ進んだところにある、一番大きな扉。恐らく頻繁に出入りするため施錠を忘れたか、或いは開けたままでいたのだろう。理由はともあれ入れるのなら僥倖だ。
入った先の部屋にも電気はなく、また機械類も他の区画より少なく見えた。だが、一番気になったのは部屋の歪さだ。
横幅と天井は広いのに、奥行はそれほど長くない。機械もないので、果たしてここでどんな研究が行われているのかと首を傾げてしまうほどだ。
と、そこで私はあることに気付いた。暗闇に目が慣れてこてようやく、状況が鮮明になってきたのだ。
狭いと思っていた部屋の奥は、どうやら暗幕で遮られているのだった。
「これは……」
仮にこの部屋が立方体なら、暗幕の向こうにも結構なスペースがある筈だ。
この幕が何か怪しいものを覆い隠してしまっている。その可能性は十分にあり得た。
波出製薬の隠された闇。もしもそれがこの先にあるのなら……私の胸はどうしようもないくらい、高鳴っていた。緊張と興奮。恐怖と期待が入り混じり、心臓が早鐘を打つ。
マモルの悪事が暴かれるとするならば。
マミの心を再び取り戻すことだって、きっと。
私は一つの行動を起こした。
*
その日も、マミと私は波出家へ招待されていた。
そしてまた、マミは客室で仮眠をとっていた。
疲れやすい体質のマミのことなので、他人の――更に言えばある程度安心感のある――家に上がり込むと、眠くなってしまうようだ。
マモルからも許可は得られているので、つい甘えて寝てしまうと彼女自身も口にしていた。
だらしないし無防備過ぎるとは思っていた。
けれども、その日だけはマミの体質に感謝した。
私は彼女が眠っていることを確認し……行動に移った。
波出家の研究室に忍び込むという、危険な行動に。
「……必ず、化けの皮を剥いでやる」
研究室の前でマモルたちの話を盗み聞きしたあのとき。
私たちを引き離すという話と関連して、研究の成果という言葉もマモルは口にしていた。
私たちのことと研究とが、どのように結びつくのかはまるで分からなかった。
一見謎に思えるその繋がりを暴くことが出来たら……マモルが具体的に私たちの関係をどうしたいとのかも、明らかになるのではと考えたのである。
研究室前の廊下まで来てから、扉に耳を付けて人の気配を探る。
物音がしたので、室内に誰かがいるのは分かった。
そこでしばらくの間、廊下の角から研究室前を見張ることにした。
数分後、研究室からテラスが出てきた。歩いていく方向からして、また図書室に本を取りに行くようだ。
すぐには返ってこないだろうと、私は研究室に忍び込む。
幸い、ここまでは誰にも見つからなかった。
「……さて」
この部屋は、あくまで入口に過ぎないのは知っている。
部屋の奥にあるもう一つの扉がエレベータになっており、そこから地下に向かえるのだ。
以前、テラスに話だけは聞いたことがあった。そのときに、関係者以外は立入厳禁とも言われたが。
正直なところ、いつもテラスと話しているこの部屋だけでは、お世辞にも研究室とは呼べそうにないと思っていたので、地下室の存在はなるほどと感心させられた。
機密性の高い研究は、全て地下研究所で行われているという。
「これだな」
扉近くの壁に、僅かに切れ目が入っている。
それは蓋のようになっていて、一度押し込むとバネのように反動で開いた。
奥に隠されていたボタンを押すと、機械の駆動音の後にゆっくりと扉が開く。
エレベータの到着だ。
階層が一階と地下しかないので、中には緊急連絡用のボタンしかなかった。
扉が閉まると、自動的にエレベータは下降する。
一分ほどその感覚に身を任せていると、やがてガコンという振動とともにエレベータは止まった。
「……ふう」
深呼吸を一つして、扉の向こう――地下研究室へと足を踏み入れる。
ここにどんなものが眠っているのかと、緊張に胸を痛めつつ。
地下研究所は、幾つかの区画に分かれていた。今は誰もいないためか、誘導灯以外の電灯は全て消えている。
ただ、機械類は稼働しているようで、電子音や仄かな明かりはそこかしこで確認出来た。
電気を点けられればいいのだが、人がいることを検知して知らせる機能などが付いていたら危険だった。なので私は、明かりのないまま暗い地下研究所を調査していくことを決めた。
ガラス張りのスペースがあったり、全く用途不明な機械が沢山設置されていたり。調べたところでそれを理解出来るのか、という問題は残り続けていたが、とにかく見てみないことには始まらない。怪しげな資料や書籍などがあれば、とりあえず目を通すつもりではあった。
研究の成果。マモルが口にしていたその成果とは如何様なものだったのだろうか。
それが私とマミを引き離す材料に成り得るのだろうか。
後ろ暗い研究や取引で資産を積み、マミを金で釣ろうとしているという推測も立ててはみたが、何となくしっくりこない。マミがお金で靡くような人間でないことは知っているし、そもそも認めたくはないが、彼女の気持ちは既にマモルへ向いているのだから。
やはり決定的な何かを発見するまでは、あの言葉の真意を理解するのは不可能だと私は結論付けた。
各区画への入口扉は、その大半が施錠されていたが、中央のフロアでは波出製薬の名の通り、薬剤に関する書籍や試薬のようなものも発見は出来た。
施錠されている場所に機密情報を隠していては、調べようがないなと肩を落としかけたところで、一つ施錠されていない扉に当たった。
メインルームを真っ直ぐ進んだところにある、一番大きな扉。恐らく頻繁に出入りするため施錠を忘れたか、或いは開けたままでいたのだろう。理由はともあれ入れるのなら僥倖だ。
入った先の部屋にも電気はなく、また機械類も他の区画より少なく見えた。だが、一番気になったのは部屋の歪さだ。
横幅と天井は広いのに、奥行はそれほど長くない。機械もないので、果たしてここでどんな研究が行われているのかと首を傾げてしまうほどだ。
と、そこで私はあることに気付いた。暗闇に目が慣れてこてようやく、状況が鮮明になってきたのだ。
狭いと思っていた部屋の奥は、どうやら暗幕で遮られているのだった。
「これは……」
仮にこの部屋が立方体なら、暗幕の向こうにも結構なスペースがある筈だ。
この幕が何か怪しいものを覆い隠してしまっている。その可能性は十分にあり得た。
波出製薬の隠された闇。もしもそれがこの先にあるのなら……私の胸はどうしようもないくらい、高鳴っていた。緊張と興奮。恐怖と期待が入り混じり、心臓が早鐘を打つ。
マモルの悪事が暴かれるとするならば。
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