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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】
終章 決意
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流刻園で引き起こされた事件――世間的には連続殺人事件で片付けられたその事件から五日が経ち。
しばらくは混乱が続いていた学校内も、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
教室の血痕や壁や床のヒビ割れなど、未だに事件の傷跡は色濃く残っているものの。
それらは迅速に修繕がなされていっており、ひと月もすれば完全に無くなる見込みだった。
この日、取調べや転居手続きなど、色々な対応に追われていた新垣美衣奈は、やっと学校に戻ってくることが出来た。
実のところ、休学中にはなっているのだが、どうしても流刻園に来たい理由があって、放課後に来校したのだ。
彼女は、とある人物と約束をとっていた。
それは他ならぬ命の恩人、円藤深央だった。
人知を超えた事件の中で、生還のため共に行動してくれた人物。
そんな彼に一つの決意を伝えたくて、ミイナは彼を屋上に呼び出していたのだった。
ミイナが屋上にやって来ると、そこには既にミオの姿があった。
忙しいというのに、きちんと五分前には待ち合わせ場所にいてくれたことに、ミイナはちょっぴり嬉しくなった。
名前を呼ぶと、彼はすぐにミイナの方を振り返り、そして安堵したように名前を呼び返した。
彼はどうやら、ミイナのことをずっと心配してくれていたようだった。
「……久々に、綺麗に晴れたね」
「はい……あれからもう、五日が経ったんですね」
手すりに寄りかかりながら、ミイナとミオは隣り合って話を始める。
五日前は緊張感のせいでまともに話せていなかったが、今は互いに落ち着きを持って話せていた。
「……新しい暮らしは、どう?」
「問題ないですよ。親戚の人たち、優しいから。私のこと、大事にしてくれてます」
「……そうか。それなら、良かったよ」
当然のことながら、ミオはそれを心配していた。
家族全員が死に、その原因は父親で。
たった一人残された彼女が引き取られたのは、遠縁の親戚。
あんな事件が起きた後では、親族だって気味悪がって歓迎しないかもしれないと、ミオは危惧していたのだ。
仮に親戚側が優しく接してくれたとしても、ミイナがそれを拒絶する可能性だってあった。
自分なんてと塞ぎ込んだり、或いはこんなの家族じゃないと否定したり。
けれど、ミオの心配は杞憂であり、ミイナはユウサクたちの言葉通り、元気で生きていた。
彼女は強く生きて、約束を守っていた。
「それで、今日は?」
「はい……突然呼び出してごめんなさい。でも、話したいことがあって」
遠慮がちにミイナが言うのに、ミオは何だろうかと僅かに首を傾げる。
ミイナは数秒ほど考えてから、口を開いた。
「ミオさんはもう、ここには戻ってこないんですね? またドールを、追いかけていくんですね……?」
彼女は知っていた。ミオが教育実習生としてここに留まっているのが今日までであることを。
それもミオ自身が無理を言って、辞めることになったのだということを。
深刻な理由があることくらい、ミイナにはすぐ分かった。
その理由が、降霊術に関する何かであることも。
ミオは少しだけ間を置いてから、こくりと頷く。
「……そうだね。六月九日に、何かが起こるはずだから」
「六月、九日……」
今日が六月六日なので、あと三日。
それが、運命の日。
きっと再び、ドールなる仮面の人物が、降霊術の実験を行う日。
ミオがどこでそれを知ったのかは分からないけれど。
ミイナはその日、再び誰かが涙を流すことになるだろうという確信があった。
「あ、あの……ミオさん」
「うん?」
だから、ミイナは決意したのだ。
その決意を、ミオに伝えたかったのだ。
「私も……私も、連れて行ってくれませんか?」
「え……?」
困惑するのは当たり前だ。たった一夜、共に行動しただけの少女にそんなことを言われるとは。
危険なだけの冒険に、志願してくる者がいるとは。
けれど、ミイナの決意は固かった。
彼女もまた、降霊術によって悲劇の只中に落とされた身として、強い思いを抱いたのだから。
「ミオさんも……降霊術で悲しいことがあったと聞きました。私も……あんなことがあって、同じように思ったんです。これ以上、降霊術によって悲劇が起こされちゃいけないって」
「……ミイナちゃん」
「だから、その……一緒に、止めに行きたいんです」
その言葉は、とても真っ直ぐだった。
あまりにも危険な志願ではあったけれど……ミオは彼女の熱意に、頭ごなしに駄目だと言うことは出来なかった。
「……いいのかい?」
「はい。覚悟はしてます」
「学校もあると思うけれど」
「これでも成績はいいんですよ? あと三日なら、問題ないです」
「教育実習の立場からしたら、問題ないと言うわけにもいかないんだけどなあ……はは」
強気に言われたので、気の弱いミオは参ったなとばかりに苦笑する。
「……僕も、こうして無茶をしているわけだし。止めとけとは言えないんだよね」
溜め息を一つ吐くと、ミオは真剣な眼差しでミイナを見つめ……そして、そっと手を差し伸べた。
「……行こうか、ミイナちゃん。でも、命の保証は出来ないんだからね?」
「へへ、怖がらせようとしてもムダですよ。もう十分怖がったんですから」
「ふふ……」
ミイナは、差し伸べられた手をしっかりと、掴む。
共に戦うことの、決意。
強く生きていくことの、決意。
――ねえ、みんな。
蒼穹を見上げながら、ミイナは思う。
――私、強く生きてくよ。全て終わらせて、必ずね。
そうして二人は、流刻園の屋上を去っていく。
悲劇を越えるための冒険へ漕ぎ出すために――。
しばらくは混乱が続いていた学校内も、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
教室の血痕や壁や床のヒビ割れなど、未だに事件の傷跡は色濃く残っているものの。
それらは迅速に修繕がなされていっており、ひと月もすれば完全に無くなる見込みだった。
この日、取調べや転居手続きなど、色々な対応に追われていた新垣美衣奈は、やっと学校に戻ってくることが出来た。
実のところ、休学中にはなっているのだが、どうしても流刻園に来たい理由があって、放課後に来校したのだ。
彼女は、とある人物と約束をとっていた。
それは他ならぬ命の恩人、円藤深央だった。
人知を超えた事件の中で、生還のため共に行動してくれた人物。
そんな彼に一つの決意を伝えたくて、ミイナは彼を屋上に呼び出していたのだった。
ミイナが屋上にやって来ると、そこには既にミオの姿があった。
忙しいというのに、きちんと五分前には待ち合わせ場所にいてくれたことに、ミイナはちょっぴり嬉しくなった。
名前を呼ぶと、彼はすぐにミイナの方を振り返り、そして安堵したように名前を呼び返した。
彼はどうやら、ミイナのことをずっと心配してくれていたようだった。
「……久々に、綺麗に晴れたね」
「はい……あれからもう、五日が経ったんですね」
手すりに寄りかかりながら、ミイナとミオは隣り合って話を始める。
五日前は緊張感のせいでまともに話せていなかったが、今は互いに落ち着きを持って話せていた。
「……新しい暮らしは、どう?」
「問題ないですよ。親戚の人たち、優しいから。私のこと、大事にしてくれてます」
「……そうか。それなら、良かったよ」
当然のことながら、ミオはそれを心配していた。
家族全員が死に、その原因は父親で。
たった一人残された彼女が引き取られたのは、遠縁の親戚。
あんな事件が起きた後では、親族だって気味悪がって歓迎しないかもしれないと、ミオは危惧していたのだ。
仮に親戚側が優しく接してくれたとしても、ミイナがそれを拒絶する可能性だってあった。
自分なんてと塞ぎ込んだり、或いはこんなの家族じゃないと否定したり。
けれど、ミオの心配は杞憂であり、ミイナはユウサクたちの言葉通り、元気で生きていた。
彼女は強く生きて、約束を守っていた。
「それで、今日は?」
「はい……突然呼び出してごめんなさい。でも、話したいことがあって」
遠慮がちにミイナが言うのに、ミオは何だろうかと僅かに首を傾げる。
ミイナは数秒ほど考えてから、口を開いた。
「ミオさんはもう、ここには戻ってこないんですね? またドールを、追いかけていくんですね……?」
彼女は知っていた。ミオが教育実習生としてここに留まっているのが今日までであることを。
それもミオ自身が無理を言って、辞めることになったのだということを。
深刻な理由があることくらい、ミイナにはすぐ分かった。
その理由が、降霊術に関する何かであることも。
ミオは少しだけ間を置いてから、こくりと頷く。
「……そうだね。六月九日に、何かが起こるはずだから」
「六月、九日……」
今日が六月六日なので、あと三日。
それが、運命の日。
きっと再び、ドールなる仮面の人物が、降霊術の実験を行う日。
ミオがどこでそれを知ったのかは分からないけれど。
ミイナはその日、再び誰かが涙を流すことになるだろうという確信があった。
「あ、あの……ミオさん」
「うん?」
だから、ミイナは決意したのだ。
その決意を、ミオに伝えたかったのだ。
「私も……私も、連れて行ってくれませんか?」
「え……?」
困惑するのは当たり前だ。たった一夜、共に行動しただけの少女にそんなことを言われるとは。
危険なだけの冒険に、志願してくる者がいるとは。
けれど、ミイナの決意は固かった。
彼女もまた、降霊術によって悲劇の只中に落とされた身として、強い思いを抱いたのだから。
「ミオさんも……降霊術で悲しいことがあったと聞きました。私も……あんなことがあって、同じように思ったんです。これ以上、降霊術によって悲劇が起こされちゃいけないって」
「……ミイナちゃん」
「だから、その……一緒に、止めに行きたいんです」
その言葉は、とても真っ直ぐだった。
あまりにも危険な志願ではあったけれど……ミオは彼女の熱意に、頭ごなしに駄目だと言うことは出来なかった。
「……いいのかい?」
「はい。覚悟はしてます」
「学校もあると思うけれど」
「これでも成績はいいんですよ? あと三日なら、問題ないです」
「教育実習の立場からしたら、問題ないと言うわけにもいかないんだけどなあ……はは」
強気に言われたので、気の弱いミオは参ったなとばかりに苦笑する。
「……僕も、こうして無茶をしているわけだし。止めとけとは言えないんだよね」
溜め息を一つ吐くと、ミオは真剣な眼差しでミイナを見つめ……そして、そっと手を差し伸べた。
「……行こうか、ミイナちゃん。でも、命の保証は出来ないんだからね?」
「へへ、怖がらせようとしてもムダですよ。もう十分怖がったんですから」
「ふふ……」
ミイナは、差し伸べられた手をしっかりと、掴む。
共に戦うことの、決意。
強く生きていくことの、決意。
――ねえ、みんな。
蒼穹を見上げながら、ミイナは思う。
――私、強く生きてくよ。全て終わらせて、必ずね。
そうして二人は、流刻園の屋上を去っていく。
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