上 下
115 / 176
第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】

二十話 交錯

しおりを挟む
「……ん?」

 考え始めたところで、ズボンのポケットが微かに震えていることに気付く。どうも勘違いではないようだ。
 確か霊を保管したビンが入っていた筈と思いながら、そのビンを取り出してみる。

「……ビンの中の光が動いてる」
「ビン?」
「うん。ボロボロになった魂がいてさ。ビンの中へ入れて保護してあげてたんだけど……」

 ミイナちゃんが訊ねてきたので簡単に経緯を説明しつつ、目の前までビンを近づけ中を観察してみる。
 どうやら最初はボロボロだった魂が、ほんの少しだが修復されているように思えた。僅かに明るくなっている。

「……あれ」

 ビンの中の魂は、小刻みに震えているだけかと思いきや、どうもある方向に行きたがっているようだった。

「……どうしましょう?」
「今は何も手掛かりがないし、ダメもとでこの魂に任せてみるのもいいかもしれないね」

 ミオさんがそう言ってくれたので、オレも行き先を委ねてみることにした。
 ビンの内壁にぶつかり続ける魂。その方向へ、オレたちは進んでいく。
 少し左に逸れているものの、基本的には奥へ、奥へ。光はいつまでも同じ方向に傾いている。
 このまま先に進むと、あるのは舞台袖だ。扉の前まで辿り着いても光は傾き続けたままだったので、その扉を開けて舞台袖に入る。
 緞帳を操作する装置や演壇などの備品が所狭しと置かれている空間。使用頻度が少ないので、多少埃っぽかったが、そこは我慢だ。
 ……確かに何かを隠すなら、ここは最適な場所だという気はする。

「ここに、何かが……」

 ビンの中の魂が、その傾きを変える。
 こいつが手掛かりを知っているのなら、もうすぐ近くにその手掛かりがあるのだろう。
 それは、オレの死体なのか……或いは。

「あっ……」

 見つけた。
 演壇の上に置かれていたそれは――次の場所への鍵だった。

「二年一組の、鍵……」

 ミイちゃんの遺体がある教室の鍵だ。
 最初は開いていて、いつの間にか閉まっていた場所の鍵。
 それがここにあるのなら、確実にオレとミイナちゃんが出ていった後に置かれたものだろうが……ビンの中の魂は、どうしてここに鍵があることを知っていたのだろう?

「この魂、リクの後を追っていたのかな」
「かもしれないね。ユウサクくんが出会った怪物がリクくんだったとしたら……教室を施錠し、鍵をここに置いていく。その一部始終を見ていたのかも」
「……ひょっとしたら、この魂がユウキだったりしないかな?」
「ううん、ユウくんには戻る体がなかっただろうし……その可能性は、あるかもしれないですね」

 オレとミイちゃんの息子だという、ユウキ。その体は今、オレが憑依してしまっている。
 戻る場所を無くしてしまったユウキの魂が今ここにあって、オレたちを導いてくれている。
 そんな風に思えなくもなかった。

「……もしそうだとしたら、元気になってくれればいいんだけど」
「そうですね……」

 もしもこの魂がオレの息子、ユウキだと言うのなら。
 消えてしまうなんてことは、あってほしくない。
 例えこの世に生が戻らずとも、せめて魂だけは救いたかった。
 そして、一緒に旅立ちたかった。

「……皆、気を付けて!」

 突然、オレたちに警戒を指示したのはミオさんだった。
 彼は舞台の方へ上がっていき、そこから館内を見下ろすと……怒りか悲しみか、とにかく顔を歪ませる。

「ミオさん……!?」

 オレが慌てて後を追ったが、ミオさんはその途中に手で制止の合図を送る。
 だから、垂幕ギリギリの辺りで、オレは止まった。

「……ヤツだ」
「あ……」

 ミオさんの視線の先に見えたモノ。
 それは、屋上前でオレに襲い掛かろうとした、あの化物だった。

「なっ……!?」
「くそっ、こんなときに……!」

 全てを絡めとろうとする、触手のような無数の脚。
 中央に存在するブラックホールのような漆黒は、酷く恐ろしいものの筈なのに、魅入られてしまいそうにもなる。

「怖い、何あの怪物……」

 ミイナちゃんもついてきて、オレの後ろで怯えたように呟く。
 その声を聞き取ったミオさんは、同じくらい小さな声で、

「……僕の元友人、だよ」
「え……?」

 その答えに、ミイナちゃんだけでなくオレもまた、驚愕するばかりだった。

「……そうだね、二人はこのまま二年一組に向かってほしい。ケイ――あの怪物は、僕が何とかするからさ」

 そう言えば、一度目にあの怪物を退けたときも、ケイという名前を口にしていた憶えがある。
 つまり、それがあの怪物が人間だったころの、名前。
 ミオさんの友人だったころの……。

「ミオさん――」
「話してるヒマなんかない、早く!」
「……分かりました!」

 ミオさんのことは、ミオさんの問題だ。
 ここを何とかすると言った以上、オレたちは黙って彼に任せるべきだろう。
 オレはミイナちゃんの手を引き、舞台袖から体育館の端から出口へ向かって駆けていく。
 ……ミオさんと別れるとき、彼が零した言葉が、妙に耳に残った。

「……ねえ、ケイ。君の未練って、何なんだろう? ……そんなものが残ってるのかは、もう分からないけど――」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

ナオキと十の心霊部屋

木岡(もくおか)
ホラー
日本のどこかに十の幽霊が住む洋館があった……。 山中にあるその洋館には誰も立ち入ることはなく存在を知る者すらもほとんどいなかったが、大企業の代表で億万長者の男が洋館の存在を知った。 男は洋館を買い取り、娯楽目的で洋館内にいる幽霊の調査に対し100億円の謝礼を払うと宣言して挑戦者を募る……。 仕事をやめて生きる上での目標もない平凡な青年のナオキが100億円の魅力に踊らされて挑戦者に応募して……。

Dark Night Princess

べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ 突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか 現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語 ホラー大賞エントリー作品です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

三大ゾンビ 地上最大の決戦

島倉大大主
ホラー
某ブログ管理人との協議の上、618事件に関する記事の一部を 抜粋して掲載させていただきます。

処理中です...