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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】
九話 覚悟
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「七つ目は……恐らくここ十年の間に広まった新しい噂。そしてこれもまた、本物の霊が関わっているもの。最後の不思議はずばり――『校内を徘徊する弟の霊』と呼ばれているわ」
「校内を、徘徊する……」
彼女の口から、その名称を聞いた途端。
オレの脳裏に、一つの場面が浮かんだ。
暗い廊下を目的も忘れたようにただひたすら、歩き続けるだけの光景。
何かを求めていたことだけが、その体を突き動かす原動力で……。
怪物。
オレが目覚め、廊下に出てから遭遇したあの怪物が、ふと想起された。
そう、あれはまさしく校内を徘徊する霊じゃないか。
弟というのが何を示しているのかまでは、分からないけれど……。
――い、ちゃん――。
「う……!?」
「……どうしたの、ユウサクくん?」
オレが突然頭を押さえて呻いたので、ミオさんが心配げに訊ねてくれる。
「……いや。今、声が聞こえませんでした?」
「ううん、何も……」
幻聴だろうか。耳朶にまとわりつくような気味の悪い声が、確かに聞こえたような気がするのだけど。
そう……その声は多分、こんな風に囁いていた。
お兄ちゃん、お兄ちゃん……と。
「考え込み過ぎたかな……」
弟の霊、というので想像を逞しくし過ぎたのかもしれない。
ミオさんが聞こえなかったというのなら、きっとただの幻聴なのだろう。
そう思っておくことにする。
「……以上が、流刻園に今伝わる七不思議の全てよ」
音楽室の少女は、ピアノの蓋にそっと指を置きながらオレたちを見つめる。
「そして、あなたたちがまず調べるべき場所は……用具室の奥でしょうね。その先には、降霊術に関する資料が幾つも置かれている」
「そうか、研究場所……! そこなら『清めの水』があってもおかしくはない」
「……ふふ、少し言い過ぎたかしら」
異界の扉――つまり、ドールという男の研究場所へ向かう扉があるのが用具室か。
清めの水というのが霊に対する武器となり得るのは、さっきミオさんから聞いているし実演もされた。
武器が手に入るのなら、それはかなり心強い。
「とにかく、あなたたちがここから抜け出すとしたら、そこへ行ってみることが重要なのでしょうね。……そのことに責任は持てないけれど」
「いや、ありがとうございます。ひとまず行ってみようと思いますよ。まだ信用はできないけど……悪い人じゃないみたい、ですし」
「あら、酷い」
「あ、いえ……すいません。教えていただけたこと、感謝します」
流石のミオさんも、この不思議な雰囲気を纏う女性相手には、強気に出られないようだ。
悪霊ではないのだし、情報を提供してくれるのなら貴重な存在でもある。
「……じゃあ、そこに行ってみますか?」
「うん、そうしよう」
オレが恐る恐る割って入ると、ミオさんは迷いなく頷いた。
次の目的地は決定だ。
「それじゃ、オレたちはこれで」
「またお会いできればいいですね」
ミオさんが一応、社交辞令的な言葉を送る。
音楽室の少女は笑みを崩さぬまま頷いた。
「……ねえ、一つだけ聞いてもいいかしら。新垣くん」
「……はい?」
自己紹介もしていないのに突然名指しされ、オレは驚きながらも答える。
まあ、この学校の霊であるならそれも当然かと自分に言い聞かせつつ。
「七不思議のように、真実というものは時に拍子抜けするものであったり、その逆でとてつもなく恐ろしいものであったりもするわ。そんなことは当然だと、思うかもしれないけれど……あなたには、真実を知る覚悟はある?」
謎めいた問いかけだ。この学校に通う生徒として、校内に根差す悪と向き合う覚悟はあるのかと、彼女はそう言いたいのか。
確かに、ここではそれなりに長い時間を過ごしたし、愛着がないわけではない。
けれど、それと悪事は別だ。良からぬ何かがここにあるのなら、それは暴かれなければならないとオレは思う。
「よく分かりませんが、ええ……あると思います」
そもそも、ここからミイちゃんと抜け出せなければ、真実がどうこうと論じることもできないのだ。
まずは全員、生きて脱出すること。それが一番大事なことに違いない。
「……そう。分かったわ、頑張りなさい」
彼女はまた、さらりと長い髪を撫でつける。
「せめて救いのある結末が待っていることを、私はここで祈っているわ……」
彼女の言葉は、その存在と同じように、やはりどこまでも謎めいているのだった。
「校内を、徘徊する……」
彼女の口から、その名称を聞いた途端。
オレの脳裏に、一つの場面が浮かんだ。
暗い廊下を目的も忘れたようにただひたすら、歩き続けるだけの光景。
何かを求めていたことだけが、その体を突き動かす原動力で……。
怪物。
オレが目覚め、廊下に出てから遭遇したあの怪物が、ふと想起された。
そう、あれはまさしく校内を徘徊する霊じゃないか。
弟というのが何を示しているのかまでは、分からないけれど……。
――い、ちゃん――。
「う……!?」
「……どうしたの、ユウサクくん?」
オレが突然頭を押さえて呻いたので、ミオさんが心配げに訊ねてくれる。
「……いや。今、声が聞こえませんでした?」
「ううん、何も……」
幻聴だろうか。耳朶にまとわりつくような気味の悪い声が、確かに聞こえたような気がするのだけど。
そう……その声は多分、こんな風に囁いていた。
お兄ちゃん、お兄ちゃん……と。
「考え込み過ぎたかな……」
弟の霊、というので想像を逞しくし過ぎたのかもしれない。
ミオさんが聞こえなかったというのなら、きっとただの幻聴なのだろう。
そう思っておくことにする。
「……以上が、流刻園に今伝わる七不思議の全てよ」
音楽室の少女は、ピアノの蓋にそっと指を置きながらオレたちを見つめる。
「そして、あなたたちがまず調べるべき場所は……用具室の奥でしょうね。その先には、降霊術に関する資料が幾つも置かれている」
「そうか、研究場所……! そこなら『清めの水』があってもおかしくはない」
「……ふふ、少し言い過ぎたかしら」
異界の扉――つまり、ドールという男の研究場所へ向かう扉があるのが用具室か。
清めの水というのが霊に対する武器となり得るのは、さっきミオさんから聞いているし実演もされた。
武器が手に入るのなら、それはかなり心強い。
「とにかく、あなたたちがここから抜け出すとしたら、そこへ行ってみることが重要なのでしょうね。……そのことに責任は持てないけれど」
「いや、ありがとうございます。ひとまず行ってみようと思いますよ。まだ信用はできないけど……悪い人じゃないみたい、ですし」
「あら、酷い」
「あ、いえ……すいません。教えていただけたこと、感謝します」
流石のミオさんも、この不思議な雰囲気を纏う女性相手には、強気に出られないようだ。
悪霊ではないのだし、情報を提供してくれるのなら貴重な存在でもある。
「……じゃあ、そこに行ってみますか?」
「うん、そうしよう」
オレが恐る恐る割って入ると、ミオさんは迷いなく頷いた。
次の目的地は決定だ。
「それじゃ、オレたちはこれで」
「またお会いできればいいですね」
ミオさんが一応、社交辞令的な言葉を送る。
音楽室の少女は笑みを崩さぬまま頷いた。
「……ねえ、一つだけ聞いてもいいかしら。新垣くん」
「……はい?」
自己紹介もしていないのに突然名指しされ、オレは驚きながらも答える。
まあ、この学校の霊であるならそれも当然かと自分に言い聞かせつつ。
「七不思議のように、真実というものは時に拍子抜けするものであったり、その逆でとてつもなく恐ろしいものであったりもするわ。そんなことは当然だと、思うかもしれないけれど……あなたには、真実を知る覚悟はある?」
謎めいた問いかけだ。この学校に通う生徒として、校内に根差す悪と向き合う覚悟はあるのかと、彼女はそう言いたいのか。
確かに、ここではそれなりに長い時間を過ごしたし、愛着がないわけではない。
けれど、それと悪事は別だ。良からぬ何かがここにあるのなら、それは暴かれなければならないとオレは思う。
「よく分かりませんが、ええ……あると思います」
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「……そう。分かったわ、頑張りなさい」
彼女はまた、さらりと長い髪を撫でつける。
「せめて救いのある結末が待っていることを、私はここで祈っているわ……」
彼女の言葉は、その存在と同じように、やはりどこまでも謎めいているのだった。
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