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【幻影回忌 ―Regression of GHOST―】

24.日下敏郎の最期

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「どうしてお前は、そこで止まれなかったんだよ……そんなの、何の償いにもならない、ただの自分勝手じゃねえか……! そのために世界も消すだって? ふざけるんじゃねえ。お前は何も受け入れられない、ただのガキだ!」
「そうさ! 私はただの子供だ。マッドサイエンティストなど、押し並べてただの子供なのだ」

 だから、と続ける彼女の声が。
 ほんの僅か、上擦る。

「……だから、認められないんだ。だから、何かに縋りつくんだ……」

 それが、彼女を生かし続けたものだったのだ。
 たとえ破滅的な願いでも、それに縋らなければ生きていく力も残っていなかった……と。
 それでも、願ってはいけないことだってあるだろう。
 だって、そんなことは誰も望んでいないはずなのだから。
 彼女が救いたいと思っていた母親だって。

「……レイジくん」
「……何だ」
「日下敏郎が最後に何を願ったか、教えてあげよう。彼がどんな最期を迎えたかもね」
「な……!?」

 あまりにも話が飛躍したので、俺は驚きの声を上げてしまう。隙は見せないつもりだったが、ヒカゲさんの話を、それも新たな情報を持ち出されるのは予想していなかった。

「彼はね……ここで死んだんだ。認めたくない現実を否定するために必死で理論を組立てて……実験し、そして死んだ。ここには日下敏郎の死体が長い長い間、横たわっていた……」
「ヒカゲさんが……ここに」
「彼が縋りついた仮説とは……魂魄の時間遡行だった。父の研究からヒントを得たというその仮説は、量子力学の理論を基にしたものだった。素粒子を超光速で衝突させることにより時間遡行の振舞いを見せるというのは聞いたことがあるだろう? 日下敏郎はそこに、魂魄エネルギーとブレーンワールド理論を組み込んだのさ。魂魄エネルギーを超光速で衝突させれば、ブレーンワールドの言う上位次元……ここではつまり、時間軸へ軸移動し、時間遡行することが出来るのではないかとね」
「……そんな研究を、あの人が……?」

 思えば、細々とした手掛かりはあった。
 マキバさんとの話の中で、ブレーンワールドのことは出てきたし、ヒデアキさんは更に、ヒカゲさんが次元について研究しながら、やり直したい過去があると口にしていたという話もしてくれていた。
 つまりあの人は、次元という研究分野に、時間遡行の可能性を見たのか。いやしかし……。

「馬鹿げた理論に聞こえるかい? だけどね、その仮説はどうやら……決して的外れではなかったらしいよ」
「何……?」
「彼は、放浪の最期にここへ辿り着き、ヴァルハラを使って時間遡行を試みた。これはLHCラージハドロンコライダーを参考に作られたものだからね。だが……当然それは失敗した。ヴァルハラには魂魄エネルギーなど貯蔵されているはずもなく、当然のように……日下敏郎の魂魄は、消失した。
 しかしね。もし、魂魄エネルギーがあれば……恐らく、何らかの成果はあったのだと私は思っている。成功した、とは流石に言わないがね。
 まあ、彼は考えられなかったのだろう。他の魂魄を使うという行為を、良しとできなかったのかもしれない。はは……それくらいが、私と彼の違いだろうか。ただ一つ……けれど決定的な違いだ」
「……そう、だったのか」

 LHCとは、素粒子を超高速で衝突させるための実験装置だ。アツカの背後に見える巨大な装置が恐らくヴァルハラで、LHCと似た機構を備えているのだろう。
 元々は魂を効率良く集め、改造するための装置だが、副次的な機能が持つ可能性に気付き、ヒカゲさんは最後に試したのだ。
 ただ、誰かの魂を使うことを良しとはできなかった……。

「でも、ならどうしてお前は……」
「日下敏郎のマネをしなかったのかって? 馬鹿を言え。この町の人間全ての魂魄をエネルギー変換したとしても、出来て二ヶ月程度の時間遡行だろう。七年……もう、埋めようもない年月なんだよ。それくらい……それくらいは、分かっているんだ」
「だからって……!」
「……無駄話は終わりにしよう」

 これ以上、自身の本心を語る意味は無いとばかりに、アツカは一際冷たく言い放った。
 もう戻らない過去。変わらない覚悟。ああ、話し合いで解決する時期などとうに過ぎてしまった、いやむしろ、俺たちが出会った頃には既に決まっていたのか。

「君も分かっているはずだ。許す気もないはず。だから……わざわざ脱線する必要はない」

 そこでアツカはす、と身を翻すと、巨大な装置……ヴァルハラの外殻部に指を這わせる。

「端的に言おう、レイジ。君は……このヴァルハラの承認キーを起動する気はあるかい」
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