117 / 141
【幻影回忌 ―Regression of GHOST―】
10.敦花の願い
しおりを挟む
「……これが、京極家で起きた出来事の全てだ」
長い過去を語り終え、ヒデアキさんはすっかり温くなった茶を一口含んだ。集中していた俺たちも、知らず喉がカラカラになっていることに気付き、同じように喉を湿らせる。
「あのランさんに、そんな過去があったんですね……」
先に感想を口にしたのはシグレだった。
「ただ怖いだけ、でしたけど……彼女があんな風になったのにはやっぱり、そんな理由が」
「……救われねえ話だな。ある意味あいつも、そしてキョウゴクさんも、目を背けた。チズさんの死に対して、乗り越えるんじゃなくて……逃げようとしたと」
「レイジくん……」
率直な言葉だったので、シグレがやんわりと制止してくれたが、ヒデアキさんは緩々と首を振り、
「……いいや、構わない。その通りなのだからね。私たちは結局、チズの死を正面から受け入れることが出来なかったんだ」
「……ヒデアキさん」
「それよりも、話を戻そう」
感傷に浸っている時間は勿体ないと、彼は咳払いを一つして、再び話し出す。
「研究所での事件の後、私は娘のことを忘れようと努めていたのだが、鏡ヶ原での事故にGHOSTが絡んでいたという情報を掴み、目を背けてはいけないと現実を受け入れた。彼女を止めなくてはならないと……そう決意したのだ。
それからは、GHOSTの情報を出来るだけ集めてきた。伍横町の事件や鴇島の事件などもそうだな。私にとっては受け入れがたい非現実的な事件が多かったものの、それには目を瞑り、私はGHOSTと娘の足取りを追ってきたよ。
そして……後手後手にはなってきたが、ようやく君たちに出会えたというわけだ」
「……俺たちに」
俺が呟くのに、ヒデアキさんは頷く。
「……既に日下氏から、君のことは聞いていたのだがね。彼は自身の研究を何も話さなかったから、君がどういう存在なのかも、私は長らく知らないままだった」
「ヒカゲさんは、本当に何も?」
「一つだけ……過去に行った研究で、どうしてもやり直したいことがあると。そのために次元の理論検証を行っていると……話していたのはそれくらいだ」
「どうして、やり直したいという思いが次元の研究に繋がるんでしょう?」
「霊などを信じない私にとっては、どうしても首肯しがたい話なのだが、日下氏は霊体の、エネルギーとしての次元軸移動の可能性を探っていたのだ」
「……ええと?」
専門的な用語が出てきてしまうと途端に分かりにくくなる。幾らか知識は持ち合わせているつもりだったが、所詮は素人の浅知恵に過ぎないわけだ。
「簡単に言えば、霊ならば時間軸を移動できるかもしれない、ということだな」
「時間を?」
「ブレーンワールド理論では重力だけが伝播するわけだが、霊体もまた次元を伝播することができるのか、それを知りたかったようだ」
ブレーンワールド理論は、牧場智さんとの話でも出てきた用語だ。次元は膜のようなものであり、上位次元はその膜を内包するのだという。霊体が次元を伝播するというのはつまり、膜の外側へ移動できるということ。上位次元が『時間』を内包するなら、霊体が時間を遡ることもまた可能であるということだろう。
「流石オカルトな研究を繰り返していた人……って感じだな」
「まったく。霊体のことなど信じられない私は、彼の仮説を有り得ないとしか批評できなかったが、実際に霊体がそういう性質を持っていたら……可能性はあるのだろうな」
ただし、その後彼は行方不明になってしまったが、とヒデアキは付け加える。
それはレイジの記憶にも強く残っている出来事だった。
「あの研究が何らかの成果をもたらしたのか、彼から聞き出せていればよかったのだが、時既に遅しでね。……私は、いつも後悔してばかりいるよ」
「……仕方ないです。先に何が起こるかなんて、普通は分からないんですし。だからヒカゲさんも、後悔したんですから」
「……ありがとう、アオキくん」
シグレの言う通り、それこそ次元移動なんて方法が現実にできるわけでもなければ、未来を知るなんて不可能だ。後悔なんて、多かれ少なかれ誰もが抱えていることで、無かったことにできるものではない。
「……それにしても」
過去の話を整理し終えて、俺はシンプルな疑問を口にする。
「アツカは何をする気なんでしょう。正直言えば、チズさんを人形として呼び戻せなかった時点で全ては意味を失くしてる。あいつがその後、何を求めて実験を繰り返してきたのかが……分からない」
「……いいや、何となくだが私には分かるよ。アツカは……それでも、私の娘だからね」
アツカの目的。
ヒデアキが推測する彼女の真意とは、どのようなものなのか。
「あの子も逃げ続けてきたのだよ、今まで。ひたすらに魂魄の実験を行うことで、チズを消滅させたあの日を、否定しようとしている」
「……ええ」
「そして……その思いが向かう先は、恐らく」
口にするのも恐ろしい、というように顔をしかめながら、それでもヒデアキは打ち明けた。
我が子が、どのような禁忌に至ろうとしているのかを。
「完全な魂魄人形のメカニズムを創り上げること……なのだろう」
長い過去を語り終え、ヒデアキさんはすっかり温くなった茶を一口含んだ。集中していた俺たちも、知らず喉がカラカラになっていることに気付き、同じように喉を湿らせる。
「あのランさんに、そんな過去があったんですね……」
先に感想を口にしたのはシグレだった。
「ただ怖いだけ、でしたけど……彼女があんな風になったのにはやっぱり、そんな理由が」
「……救われねえ話だな。ある意味あいつも、そしてキョウゴクさんも、目を背けた。チズさんの死に対して、乗り越えるんじゃなくて……逃げようとしたと」
「レイジくん……」
率直な言葉だったので、シグレがやんわりと制止してくれたが、ヒデアキさんは緩々と首を振り、
「……いいや、構わない。その通りなのだからね。私たちは結局、チズの死を正面から受け入れることが出来なかったんだ」
「……ヒデアキさん」
「それよりも、話を戻そう」
感傷に浸っている時間は勿体ないと、彼は咳払いを一つして、再び話し出す。
「研究所での事件の後、私は娘のことを忘れようと努めていたのだが、鏡ヶ原での事故にGHOSTが絡んでいたという情報を掴み、目を背けてはいけないと現実を受け入れた。彼女を止めなくてはならないと……そう決意したのだ。
それからは、GHOSTの情報を出来るだけ集めてきた。伍横町の事件や鴇島の事件などもそうだな。私にとっては受け入れがたい非現実的な事件が多かったものの、それには目を瞑り、私はGHOSTと娘の足取りを追ってきたよ。
そして……後手後手にはなってきたが、ようやく君たちに出会えたというわけだ」
「……俺たちに」
俺が呟くのに、ヒデアキさんは頷く。
「……既に日下氏から、君のことは聞いていたのだがね。彼は自身の研究を何も話さなかったから、君がどういう存在なのかも、私は長らく知らないままだった」
「ヒカゲさんは、本当に何も?」
「一つだけ……過去に行った研究で、どうしてもやり直したいことがあると。そのために次元の理論検証を行っていると……話していたのはそれくらいだ」
「どうして、やり直したいという思いが次元の研究に繋がるんでしょう?」
「霊などを信じない私にとっては、どうしても首肯しがたい話なのだが、日下氏は霊体の、エネルギーとしての次元軸移動の可能性を探っていたのだ」
「……ええと?」
専門的な用語が出てきてしまうと途端に分かりにくくなる。幾らか知識は持ち合わせているつもりだったが、所詮は素人の浅知恵に過ぎないわけだ。
「簡単に言えば、霊ならば時間軸を移動できるかもしれない、ということだな」
「時間を?」
「ブレーンワールド理論では重力だけが伝播するわけだが、霊体もまた次元を伝播することができるのか、それを知りたかったようだ」
ブレーンワールド理論は、牧場智さんとの話でも出てきた用語だ。次元は膜のようなものであり、上位次元はその膜を内包するのだという。霊体が次元を伝播するというのはつまり、膜の外側へ移動できるということ。上位次元が『時間』を内包するなら、霊体が時間を遡ることもまた可能であるということだろう。
「流石オカルトな研究を繰り返していた人……って感じだな」
「まったく。霊体のことなど信じられない私は、彼の仮説を有り得ないとしか批評できなかったが、実際に霊体がそういう性質を持っていたら……可能性はあるのだろうな」
ただし、その後彼は行方不明になってしまったが、とヒデアキは付け加える。
それはレイジの記憶にも強く残っている出来事だった。
「あの研究が何らかの成果をもたらしたのか、彼から聞き出せていればよかったのだが、時既に遅しでね。……私は、いつも後悔してばかりいるよ」
「……仕方ないです。先に何が起こるかなんて、普通は分からないんですし。だからヒカゲさんも、後悔したんですから」
「……ありがとう、アオキくん」
シグレの言う通り、それこそ次元移動なんて方法が現実にできるわけでもなければ、未来を知るなんて不可能だ。後悔なんて、多かれ少なかれ誰もが抱えていることで、無かったことにできるものではない。
「……それにしても」
過去の話を整理し終えて、俺はシンプルな疑問を口にする。
「アツカは何をする気なんでしょう。正直言えば、チズさんを人形として呼び戻せなかった時点で全ては意味を失くしてる。あいつがその後、何を求めて実験を繰り返してきたのかが……分からない」
「……いいや、何となくだが私には分かるよ。アツカは……それでも、私の娘だからね」
アツカの目的。
ヒデアキが推測する彼女の真意とは、どのようなものなのか。
「あの子も逃げ続けてきたのだよ、今まで。ひたすらに魂魄の実験を行うことで、チズを消滅させたあの日を、否定しようとしている」
「……ええ」
「そして……その思いが向かう先は、恐らく」
口にするのも恐ろしい、というように顔をしかめながら、それでもヒデアキは打ち明けた。
我が子が、どのような禁忌に至ろうとしているのかを。
「完全な魂魄人形のメカニズムを創り上げること……なのだろう」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
【意味怖】意味が解ると怖い話【いみこわ】
灰色猫
ホラー
意味が解ると怖い話の短編集です!
1話完結、解説付きになります☆
ちょっとしたスリル・3分間の頭の体操
気分のリラックスにいかがでしょうか。
皆様からの応援・コメント
皆様からのフォロー
皆様のおかげでモチベーションが保てております。
いつも本当にありがとうございます!
※小説家になろう様
※アルファポリス様
※カクヨム様
※ノベルアッププラス様
にて更新しておりますが、内容は変わりません。
【死に文字】42文字の怖い話 【ゆる怖】
も連載始めました。ゆるーくささっと読めて意外と面白い、ゆる怖作品です。
ニコ動、YouTubeで試験的に動画を作ってみました。見てやってもいいよ、と言う方は
「灰色猫 意味怖」
を動画サイト内でご検索頂ければ出てきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる