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【幻影鏡界 ―Church of GHOST―】

13.きっと、似ている

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「もう九時を過ぎましたね……」

 スマートフォンを見ながら、シグレがポツリと呟く。少し肌寒くなってきた客室内で、俺たち三人は何をするでもなく、時間を消費していた。
 一角荘内には小さな浴室が一つあったので、全員軽くシャワーを浴びて温まったが、それでもすぐに寒さを感じるくらいには、高原の夜は冷え込んでいた。

「未だに何も起きませんし……このまま夜が明けるなら、僕らはどうしてここへ招かれたんでしょうね?」
「その、夜になってからが怖えわけだけどな」
「……だな。怪しい奴に襲撃とかされなきゃいいんだが」
「それが怖いですよね。関係者を集めて……どうにかするつもりなら」
「そりゃあ、するつもりなんだろうよ。きっと」
「ええ……」

 黒影館の事件は【まぼろしさん】というでっち上げの噂を引き金として幕を開けた。深夜零時。まぼろしさんを呼び出す儀式の途中に館内は停電、封鎖され、そこから参加者は一人一人、非道な実験の犠牲となっていったのだ。
 今回とて、現状で動きがないから安心できるわけでは勿論ない。やはり、事件が起きるとすればそれは深夜になるだろうと睨んでいた。

「……それにしても、マキバさんが学者さんだったなんて知りませんでした。二年前に見たときは、そういう活動を仕事にしてる人かと思ったくらいですから」
「眼鏡外してれば確かに、そう見えないこともなさそうだな」

 料理の手際は良かったし、きっとアウトドアの技術も高いのだろう。こう言う場に参加していれば、シグレがそう思うのも無理はない。
 学者のイメージとは少しばかり遠い活動だ。

「……しかし、暇だわ。緊張感も緩んできそうだぜ」

 ソウヘイが欠伸を噛み殺しながら言う。確かに、緊張感は抜けていそうだ。他ならぬ俺だって、変化の無さと遠出の疲れで眠気が増してきている。

「ちょっと、下覗いてくるよ。片付け全部、マキバさんに任せちまったし」

 体を動かさないと、俺までソウヘイのように油断してしまいそうだ。

「お、優しいねえ」
「レイジくんは優しい人ですもん」
「変なこと言うな。……ま、行ってくる」

 二人にそう断って、俺は客室を出て一階に降りた。

「はあ……なんか、眠いな」

 コテージ内は静かだ。ダイニングへ向かったが、もうマキバさんの姿はない。
 どうやら、テキパキと片付けを済ませてくれたようだ。後で会ったらお礼を言っておくとしよう。
 ……それにしても、居心地が悪い。
 何かが始まりそうなのに、いつまでも焦らされている感じだ。
 気を緩めてしまいそうな自分に苛ついてしまう。
 ともすれば、それすらもあいつの作戦だったりするのだろうか。
 どうだろう。

「あら……サクライくん」

 ふいに、呼びかける声があった。
 顔を上げると、目の前にはモエカちゃんが立っていた。
 どうもさっきから隅の方にいたらしいが、気配がないので全く気付かなかったようだ。沈んだ表情を見られただろうし、少し恥ずかしくなる。

「モエカちゃん。夕食はもう?」
「ええ、勝手にいただいたわ。マキバさんが作ってくれたの?」
「ほとんどな。片付けもあの人が」
「……そっか。面倒見のいい人ね」

 だからこそ、ボーイスカウトのリーダーが務まっていたんだろう。
 子どもが好き、と語る彼の目は確実に本物だった。

「ねえ、サクライくん」
「うん……?」

 どうしたのか、と聞き返そうとしたとき、予想外のことが起きる。
 何を思ったか、突然モエカちゃんは俺のそばまでぐいと近づいてきて、上目遣いに覗き込んできたのだ。
 意図が分からず混乱する俺に、モエカちゃんは小さく告げる。

「私たちは……きっと、似てる」
「な……何……?」
「……ううん、何でもないわ」

 何でもない?
 それは明らかな嘘だった。
 でも、仄めかすだけを仄めかして、モエカちゃんはすぐに俺から離れていく。
 その動作には、隙が無かった。

「サクライくん、気を付けてね。二年前の事故以来、この鏡ヶ原には怪しげな噂が広まっているから」
「……噂?」
「そう」

 窓から夜闇を見やった彼女は、言葉を続ける。

「崩れた教会の、犠牲者たちの祟り。近寄る者たちに警告するような、恐ろしい呻き声が聞こえるという噂よ」
「犠牲者たちの呻き声……」
「……馬鹿馬鹿しい噂だけど、心には留めておいて。そして何かあったら、お兄ちゃんを守ってあげて」

 事故の犠牲者たちの呻き声。その噂は、まぼろしさんの噂と同じようにも感じられた。オカルトという蓋で真実を封じるような、或いはそれで以って関係者たちを誘い込むような。
 あいつはまぼろしさんの噂を使って俺たちを黒影館へ誘った。なら、同様の噂を話すモエカちゃんは? ……気にはなるが、彼女はその上で俺たちを心配してくれている。とてもゲームのホストには思えなかった。
 モエカちゃんはそのままくるりと身を翻らせ、入口扉を開く。
 夜風がひゅう、と鳴った。

「どこ行くんだ? モエカちゃん」
「ちょっと外の風にあたりにいくだけ。……じゃあ、ね」

 バタンと音を立て、扉は閉ざされる。
 状況を整理できないまま、彼女は言うだけを言って去ってしまった。

 ――あの子は、本当にソウヘイの妹なんだよな?

 ソウヘイ自身も、一年で様変わりしたと話していたが、経験云々ではない何かがあるような気もする。
 それが何かは判然としないが……とにかく彼女は異質だった。

「……戻るか」

 呆然としたままでいるわけにもいかない。彼女や彼女の話した噂については警戒するようにして、今はシグレたちと固まっておかなければ。
 こういうとき、孤立した者が消えていくのは事件の鉄則なのだから。
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