19 / 141
【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】
-1.日下敏郎①
しおりを挟む
あれは、いつ頃のことだったか。
記憶もはっきりしているから、一年ほど前のことだったんだろう。
俺が日下さんと最後に言葉を交わした日。
桜井家に、日下さんが最後に訪れた日。
確か、その日は曇天で。
心配性な彼は、何度か空を仰いでいた。
「ヒカゲさん……久しぶりですね。忙しかったんですか?」
彼を家の中へ招きつつ、俺は近況を伺った。彼の目には隈ができており、心なしか体調も悪そうに感じられたのだ。
ヒカゲさんはそうだね、と頷いてから、
「私の仕事の……そう、後始末みたいなものかな。いくつか行かないといけない場所があったんだ。もしかしたら、またしばらくいなくなるかもしれないけどね」
「……大変ですね。ウチの父さんなんて、六時には家にいますよ。ヒカゲさんとは大違いだ」
俺の言葉に、ヒカゲさんはいやいやと否定しながらも笑ってくれた。
「……どんな仕事をしてるんです。いい加減、教えてほしいもんですけど」
ヒカゲさんが一体どのような仕事に就いているのか。もう何度も話しているのに、俺はまるで情報を持っていなかった。
父の友人。ただそれだけを聞いて、交流を深めてはきたが……日下敏郎という人物は謎に満ち満ちていた。
優しさを湛えながらも、その奥底が見えない彼の表情。日下さんはいつも浮かべているその表情のまま、俺にこう告げた。
「……うーん。これは、ただのカンだけどね。そのうちレイジくんも、僕のやってきたことをその目で見て知ることになるんじゃないかとは、思ってるんだ」
「日下さんのやってきたことを……?」
「ああ」
普通、その類の話であれば、話し手は誇らしげであってもおかしくないはずだ。
自らの功績を披露するように、誇らしく。
けれどそのときの日下さんは、不思議と寂しげに見えて。
それが俺の勘違いであればと、思った記憶が今も残っている。
「だから……うん。それまでのお楽しみだね」
「……ちょっと子供っぽいですよ、それ」
「あはは。これは手厳しいなあ……」
俺たちは笑う。
それがきっと、表面だけを取り繕ったものであると互いに感じながら。
そして、この日を最後に。
日下敏郎という人物は世界から消え失せてしまったのである。
記憶もはっきりしているから、一年ほど前のことだったんだろう。
俺が日下さんと最後に言葉を交わした日。
桜井家に、日下さんが最後に訪れた日。
確か、その日は曇天で。
心配性な彼は、何度か空を仰いでいた。
「ヒカゲさん……久しぶりですね。忙しかったんですか?」
彼を家の中へ招きつつ、俺は近況を伺った。彼の目には隈ができており、心なしか体調も悪そうに感じられたのだ。
ヒカゲさんはそうだね、と頷いてから、
「私の仕事の……そう、後始末みたいなものかな。いくつか行かないといけない場所があったんだ。もしかしたら、またしばらくいなくなるかもしれないけどね」
「……大変ですね。ウチの父さんなんて、六時には家にいますよ。ヒカゲさんとは大違いだ」
俺の言葉に、ヒカゲさんはいやいやと否定しながらも笑ってくれた。
「……どんな仕事をしてるんです。いい加減、教えてほしいもんですけど」
ヒカゲさんが一体どのような仕事に就いているのか。もう何度も話しているのに、俺はまるで情報を持っていなかった。
父の友人。ただそれだけを聞いて、交流を深めてはきたが……日下敏郎という人物は謎に満ち満ちていた。
優しさを湛えながらも、その奥底が見えない彼の表情。日下さんはいつも浮かべているその表情のまま、俺にこう告げた。
「……うーん。これは、ただのカンだけどね。そのうちレイジくんも、僕のやってきたことをその目で見て知ることになるんじゃないかとは、思ってるんだ」
「日下さんのやってきたことを……?」
「ああ」
普通、その類の話であれば、話し手は誇らしげであってもおかしくないはずだ。
自らの功績を披露するように、誇らしく。
けれどそのときの日下さんは、不思議と寂しげに見えて。
それが俺の勘違いであればと、思った記憶が今も残っている。
「だから……うん。それまでのお楽しみだね」
「……ちょっと子供っぽいですよ、それ」
「あはは。これは手厳しいなあ……」
俺たちは笑う。
それがきっと、表面だけを取り繕ったものであると互いに感じながら。
そして、この日を最後に。
日下敏郎という人物は世界から消え失せてしまったのである。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
短な恐怖(怖い話 短編集)
邪神 白猫
ホラー
怪談・怖い話・不思議な話のオムニバス。
ゾクッと怖い話から、ちょっぴり切ない話まで。
なかには意味怖的なお話も。
※追加次第更新中※
YouTubeにて、怪談・怖い話の朗読公開中📕
https://youtube.com/@yuachanRio
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
浄霊屋
猫じゃらし
ホラー
「健、バイトしない?」
幼なじみの大智から引き受けたバイトはかなり変わったものだった。
依頼を受けて向かうのは深夜の湖やトンネル、廃墟、曰く付きの家。
待ち受けているのは、すでに肉体を失った彷徨うだけの魂。
視えなかったものが再び視えるようになる健。
健に引っ張られるように才能を開花させる大智。
彷徨う魂の未練を解き明かして成仏させる、浄霊。
二人が立ち向かうのは、救いを求める幽霊に手を差し伸べる、あたたかくも悲しいバイトだった。
同タイトル終了には★マークをつけています。
読み区切りの目安にしていただけると幸いです。
※小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
※BLじゃありません。
まばたき怪談
坂本 光陽
ホラー
まばたきをしないうちに読み終えられるかも。そんな短すぎるホラー小説をまとめました。ラスト一行の恐怖。ラスト一行の地獄。ラスト一行で明かされる凄惨な事実。一話140字なので、別名「X(旧ツイッター)・ホラー」。ショートショートよりも短い「まばたき怪談」を公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる