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【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】
-1.日下敏郎①
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あれは、いつ頃のことだったか。
記憶もはっきりしているから、一年ほど前のことだったんだろう。
俺が日下さんと最後に言葉を交わした日。
桜井家に、日下さんが最後に訪れた日。
確か、その日は曇天で。
心配性な彼は、何度か空を仰いでいた。
「ヒカゲさん……久しぶりですね。忙しかったんですか?」
彼を家の中へ招きつつ、俺は近況を伺った。彼の目には隈ができており、心なしか体調も悪そうに感じられたのだ。
ヒカゲさんはそうだね、と頷いてから、
「私の仕事の……そう、後始末みたいなものかな。いくつか行かないといけない場所があったんだ。もしかしたら、またしばらくいなくなるかもしれないけどね」
「……大変ですね。ウチの父さんなんて、六時には家にいますよ。ヒカゲさんとは大違いだ」
俺の言葉に、ヒカゲさんはいやいやと否定しながらも笑ってくれた。
「……どんな仕事をしてるんです。いい加減、教えてほしいもんですけど」
ヒカゲさんが一体どのような仕事に就いているのか。もう何度も話しているのに、俺はまるで情報を持っていなかった。
父の友人。ただそれだけを聞いて、交流を深めてはきたが……日下敏郎という人物は謎に満ち満ちていた。
優しさを湛えながらも、その奥底が見えない彼の表情。日下さんはいつも浮かべているその表情のまま、俺にこう告げた。
「……うーん。これは、ただのカンだけどね。そのうちレイジくんも、僕のやってきたことをその目で見て知ることになるんじゃないかとは、思ってるんだ」
「日下さんのやってきたことを……?」
「ああ」
普通、その類の話であれば、話し手は誇らしげであってもおかしくないはずだ。
自らの功績を披露するように、誇らしく。
けれどそのときの日下さんは、不思議と寂しげに見えて。
それが俺の勘違いであればと、思った記憶が今も残っている。
「だから……うん。それまでのお楽しみだね」
「……ちょっと子供っぽいですよ、それ」
「あはは。これは手厳しいなあ……」
俺たちは笑う。
それがきっと、表面だけを取り繕ったものであると互いに感じながら。
そして、この日を最後に。
日下敏郎という人物は世界から消え失せてしまったのである。
記憶もはっきりしているから、一年ほど前のことだったんだろう。
俺が日下さんと最後に言葉を交わした日。
桜井家に、日下さんが最後に訪れた日。
確か、その日は曇天で。
心配性な彼は、何度か空を仰いでいた。
「ヒカゲさん……久しぶりですね。忙しかったんですか?」
彼を家の中へ招きつつ、俺は近況を伺った。彼の目には隈ができており、心なしか体調も悪そうに感じられたのだ。
ヒカゲさんはそうだね、と頷いてから、
「私の仕事の……そう、後始末みたいなものかな。いくつか行かないといけない場所があったんだ。もしかしたら、またしばらくいなくなるかもしれないけどね」
「……大変ですね。ウチの父さんなんて、六時には家にいますよ。ヒカゲさんとは大違いだ」
俺の言葉に、ヒカゲさんはいやいやと否定しながらも笑ってくれた。
「……どんな仕事をしてるんです。いい加減、教えてほしいもんですけど」
ヒカゲさんが一体どのような仕事に就いているのか。もう何度も話しているのに、俺はまるで情報を持っていなかった。
父の友人。ただそれだけを聞いて、交流を深めてはきたが……日下敏郎という人物は謎に満ち満ちていた。
優しさを湛えながらも、その奥底が見えない彼の表情。日下さんはいつも浮かべているその表情のまま、俺にこう告げた。
「……うーん。これは、ただのカンだけどね。そのうちレイジくんも、僕のやってきたことをその目で見て知ることになるんじゃないかとは、思ってるんだ」
「日下さんのやってきたことを……?」
「ああ」
普通、その類の話であれば、話し手は誇らしげであってもおかしくないはずだ。
自らの功績を披露するように、誇らしく。
けれどそのときの日下さんは、不思議と寂しげに見えて。
それが俺の勘違いであればと、思った記憶が今も残っている。
「だから……うん。それまでのお楽しみだね」
「……ちょっと子供っぽいですよ、それ」
「あはは。これは手厳しいなあ……」
俺たちは笑う。
それがきっと、表面だけを取り繕ったものであると互いに感じながら。
そして、この日を最後に。
日下敏郎という人物は世界から消え失せてしまったのである。
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