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【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】
10.悲鳴
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「……お、テンマくんだ」
大浴場の近くまでやってきたところで、今まさに入っていこうとするテンマくんの姿を発見した。つい声が出てしまった俺に、テンマくんは手を止めて返事をしてくれる。
「ああ……レイジくんとシグレくんか。二人もお風呂に?」
「いや、どんなもんか見に来ただけだよ。テンマくんはこれから入るのか」
「うん。何か、起きてからちょっと頭がズキズキしてて。お風呂に入ったらさっぱりするかなって」
単なる頭痛ならまだいいが、ひょっとしたら風邪でも引いたのかもしれない。こんな状態で一日泊まるというのは少し心配になってしまう。
「体調悪いままだったら、早めにランに言いなよ」
「うん。ありがとうね」
とりあえずテンマくんは、汗も流したいとのことで風呂には入るようだ。
邪魔しちゃ悪いし、この場は退散するとしよう。
「後で感想とか聞きたいかも……」
「大浴場なんだから、一緒に入ってもいいんだよ?」
「いや……レイジさんもまだ入らないって言ってるんで、今はいいかなって」
シグレくんは困り顔になりながら言う。その返答だと、まるで俺と入りたいみたいに聞こえてしまうのだが。
多分、邪魔しないための言い訳でいいのが思い浮かばなかったんだろうな。
「そかそか。レイジくんも気に入られたみたいだね。……じゃ、悪いけどお先に入らせてもらうよ」
「ああ、さっぱりしてきてくれ」
テンマくんはペコリと会釈すると、そのまま大浴場の方へ入っていった。
後には目的を失った俺たちがぽつんと残される。
「……じゃ、仕方ない。食堂でしばらくぼーっとしますかね」
「え、えと。そうしましょうか」
食堂は大浴場の反対側の扉から続いている。椅子に座れるし、一番近場の休憩スペースだろう。
テンマくんが戻ってくるまでの間は、ひとまずここで休んでおくことにする。
ガチャリと、食堂の扉を開いて中に入る俺たち。
すると、まるでそれを待っていたかのように甲高い声が飛んできた。
「お、二人とも仲がよろしいねー!」
「……げ」
静かな休憩とは正反対の存在が目の前にいた。
ランだ。
「ほら、こっちこっち」
「……仕方ないな」
「はは……仕方ないです」
ジョーカーを引いた俺たちが悪い、か。
ランが手招きしてくるのに、俺たちは観念して席に着いた。
「お疲れ様。また新しい発見とかあった?」
「別に。ただ、皆色々目的があったんだなってのは発見した。俺は特に、まぼろしさんのこととか知らなかったしな」
「目的?」
「やっぱり、皆さん会いたい人がいるみたいで」
シグレくんが言うと、ランは当たり前だろうと頷く。
「そりゃあ、死んだ人に会えるとなれば興味も沸くでしょうねえ。でもよかったわ、ちょっとは幽霊とか信じてるみたいじゃない」
「みたいだな。ソウヘイまでとは意外だったけども」
あいつの場合は、霊に会いたくないという逆説的なものではあったが。少なくとも、超常的なものを信じる心はあるということだ。
「ランは、誰か会いたい霊とかいたりするのか?」
「……いや、特には。というか、私はまぼろしさんに会えればいいもの。会えたらもう一大スクープなわけだからねっ」
「……へいへい」
聞いたのが間違いだったか。アヤちゃんはまだキャラに合った重みがあったわけだが、ランはとにかく軽い。平常運転だ。
「しかし、揃いも揃ってよくもまあ幽霊に会おうだなんて――」
俺が愚痴ろうとしたとき。
突如として、劈くような声が聞こえてきた。
今のは――悲鳴だ。
「テンマくんみたいですけど……?」
「行ってみましょ!」
「いや、風呂だからお前は……まあいいや」
制止するより先に駆け出すランに、俺は諦めて後を追うしかなかった。
食堂の北扉を開くと、廊下を挟んだすぐ反対の扉が大浴場の入り口だ。バタン、バタンと扉を開いていくと、左に女、右に男と暖簾がかかりそれぞれ奥へ続いている。この先が脱衣所になっていて、浴場ももちろん男女分かれているようだ。
ランがいる手前、暖簾の奥には入り辛かったので、俺はその場で大声を上げる。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、だ、大丈夫だよ! ごめん、気にしないでいいから。ちょっと慌てちゃっただけだからさ!」
すぐさまテンマくんの声が帰ってきた。気にしないでいいとは言うものの、さっきの悲鳴はかなり深刻な声色に聞こえたのだが。
「まさか幽霊がいたとかじゃないでしょうね?」
「ら、ランちゃん男湯の前なんだから……。幽霊なんかじゃないよ、うん。だから本当に気にしないで」
どうも、テンマくんは何ともないで押し通したいらしい。気にはなるが、本人がそう言うなら追求するのも可哀想だろう。
「……ま、心配ないなら戻ろうぜ。これ以上いてもテンマくんが恥ずかしいだけだろ」
「はーい……」
せっかくネタになりそうだったのに、という風に溜息を吐くラン。そんな彼女を半ば引っ張るようにして、俺たちは食堂に引き上げるのだった。
再び席に着いてから、シグレくんが俺の方を向いて苦笑する。
「はは、ビックリしちゃいましたね。何があったんだろうって」
「だな。結構な悲鳴だったし」
「ねー。これはひょっとするかもと思ったんだけどなあ」
「そんな簡単に霊が飛び出すわけないって。……大方、石鹸とかで滑りかけたとかじゃねえかな」
俺が無難な仮説を持ち出すと、ランはまた頬を膨らませて、
「むーう、リアリズムね、レイジって」
「悪かったな」
「ま、そんなレイジの現実主義がどうなるのか。それは零時を過ぎればハッキリするわね。あ、ギャグじゃないから」
「……怒るぞ」
本当に、こいつはマイペースな奴だな。
霊が人間に危害を加えるような話だってあるのに、恐怖心というのが感じられない。
それがこいつの良い所、と言えなくもないが。
「ふふふ、じゃあそれまでテキトーに時間潰しましょっか。トランプとか持ってきてるのよ」
そう言うや否や、ランは不敵に笑いながら懐からトランプを取り出す。
「……え、やるの? 三人で?」
「うん」
……マジか。まあ、その真剣な表情からしてマジなんだろうな。
「あ、あはは……」
流石のシグレくんも、これには呆れてしまっていた。
それでもランは自分の意向を崩さず、結局俺たちを部屋に拉致してトランプ遊びに興じさせるのであった……。
大浴場の近くまでやってきたところで、今まさに入っていこうとするテンマくんの姿を発見した。つい声が出てしまった俺に、テンマくんは手を止めて返事をしてくれる。
「ああ……レイジくんとシグレくんか。二人もお風呂に?」
「いや、どんなもんか見に来ただけだよ。テンマくんはこれから入るのか」
「うん。何か、起きてからちょっと頭がズキズキしてて。お風呂に入ったらさっぱりするかなって」
単なる頭痛ならまだいいが、ひょっとしたら風邪でも引いたのかもしれない。こんな状態で一日泊まるというのは少し心配になってしまう。
「体調悪いままだったら、早めにランに言いなよ」
「うん。ありがとうね」
とりあえずテンマくんは、汗も流したいとのことで風呂には入るようだ。
邪魔しちゃ悪いし、この場は退散するとしよう。
「後で感想とか聞きたいかも……」
「大浴場なんだから、一緒に入ってもいいんだよ?」
「いや……レイジさんもまだ入らないって言ってるんで、今はいいかなって」
シグレくんは困り顔になりながら言う。その返答だと、まるで俺と入りたいみたいに聞こえてしまうのだが。
多分、邪魔しないための言い訳でいいのが思い浮かばなかったんだろうな。
「そかそか。レイジくんも気に入られたみたいだね。……じゃ、悪いけどお先に入らせてもらうよ」
「ああ、さっぱりしてきてくれ」
テンマくんはペコリと会釈すると、そのまま大浴場の方へ入っていった。
後には目的を失った俺たちがぽつんと残される。
「……じゃ、仕方ない。食堂でしばらくぼーっとしますかね」
「え、えと。そうしましょうか」
食堂は大浴場の反対側の扉から続いている。椅子に座れるし、一番近場の休憩スペースだろう。
テンマくんが戻ってくるまでの間は、ひとまずここで休んでおくことにする。
ガチャリと、食堂の扉を開いて中に入る俺たち。
すると、まるでそれを待っていたかのように甲高い声が飛んできた。
「お、二人とも仲がよろしいねー!」
「……げ」
静かな休憩とは正反対の存在が目の前にいた。
ランだ。
「ほら、こっちこっち」
「……仕方ないな」
「はは……仕方ないです」
ジョーカーを引いた俺たちが悪い、か。
ランが手招きしてくるのに、俺たちは観念して席に着いた。
「お疲れ様。また新しい発見とかあった?」
「別に。ただ、皆色々目的があったんだなってのは発見した。俺は特に、まぼろしさんのこととか知らなかったしな」
「目的?」
「やっぱり、皆さん会いたい人がいるみたいで」
シグレくんが言うと、ランは当たり前だろうと頷く。
「そりゃあ、死んだ人に会えるとなれば興味も沸くでしょうねえ。でもよかったわ、ちょっとは幽霊とか信じてるみたいじゃない」
「みたいだな。ソウヘイまでとは意外だったけども」
あいつの場合は、霊に会いたくないという逆説的なものではあったが。少なくとも、超常的なものを信じる心はあるということだ。
「ランは、誰か会いたい霊とかいたりするのか?」
「……いや、特には。というか、私はまぼろしさんに会えればいいもの。会えたらもう一大スクープなわけだからねっ」
「……へいへい」
聞いたのが間違いだったか。アヤちゃんはまだキャラに合った重みがあったわけだが、ランはとにかく軽い。平常運転だ。
「しかし、揃いも揃ってよくもまあ幽霊に会おうだなんて――」
俺が愚痴ろうとしたとき。
突如として、劈くような声が聞こえてきた。
今のは――悲鳴だ。
「テンマくんみたいですけど……?」
「行ってみましょ!」
「いや、風呂だからお前は……まあいいや」
制止するより先に駆け出すランに、俺は諦めて後を追うしかなかった。
食堂の北扉を開くと、廊下を挟んだすぐ反対の扉が大浴場の入り口だ。バタン、バタンと扉を開いていくと、左に女、右に男と暖簾がかかりそれぞれ奥へ続いている。この先が脱衣所になっていて、浴場ももちろん男女分かれているようだ。
ランがいる手前、暖簾の奥には入り辛かったので、俺はその場で大声を上げる。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、だ、大丈夫だよ! ごめん、気にしないでいいから。ちょっと慌てちゃっただけだからさ!」
すぐさまテンマくんの声が帰ってきた。気にしないでいいとは言うものの、さっきの悲鳴はかなり深刻な声色に聞こえたのだが。
「まさか幽霊がいたとかじゃないでしょうね?」
「ら、ランちゃん男湯の前なんだから……。幽霊なんかじゃないよ、うん。だから本当に気にしないで」
どうも、テンマくんは何ともないで押し通したいらしい。気にはなるが、本人がそう言うなら追求するのも可哀想だろう。
「……ま、心配ないなら戻ろうぜ。これ以上いてもテンマくんが恥ずかしいだけだろ」
「はーい……」
せっかくネタになりそうだったのに、という風に溜息を吐くラン。そんな彼女を半ば引っ張るようにして、俺たちは食堂に引き上げるのだった。
再び席に着いてから、シグレくんが俺の方を向いて苦笑する。
「はは、ビックリしちゃいましたね。何があったんだろうって」
「だな。結構な悲鳴だったし」
「ねー。これはひょっとするかもと思ったんだけどなあ」
「そんな簡単に霊が飛び出すわけないって。……大方、石鹸とかで滑りかけたとかじゃねえかな」
俺が無難な仮説を持ち出すと、ランはまた頬を膨らませて、
「むーう、リアリズムね、レイジって」
「悪かったな」
「ま、そんなレイジの現実主義がどうなるのか。それは零時を過ぎればハッキリするわね。あ、ギャグじゃないから」
「……怒るぞ」
本当に、こいつはマイペースな奴だな。
霊が人間に危害を加えるような話だってあるのに、恐怖心というのが感じられない。
それがこいつの良い所、と言えなくもないが。
「ふふふ、じゃあそれまでテキトーに時間潰しましょっか。トランプとか持ってきてるのよ」
そう言うや否や、ランは不敵に笑いながら懐からトランプを取り出す。
「……え、やるの? 三人で?」
「うん」
……マジか。まあ、その真剣な表情からしてマジなんだろうな。
「あ、あはは……」
流石のシグレくんも、これには呆れてしまっていた。
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