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【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】

7.それぞれの事情③

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「……で。なんであんた、研究員の人のこと知ってたのよ」

 館内の応接室。さっきはチホちゃんが休憩していたこの場所に連行され、ランが第一に放ったのがその問いだった。

「それ聞くために呼んだのかよ」
「だって、アヤちゃんも知らなかったことなのに、あんたが知ってるってことが既にスクープよ」

 正直に言えば、驚かれるのは覚悟していたことだ。わざとなんでもない風に装っていたが、特にランから質問攻めされることは想像がついていた。
 俺はランに聞こえるよう溜め息を吐くと、

「父さんの知り合いだったんだよ、ヒカゲさん」
「……はい?」
「だから、知り合い。それで名前を知ってるだけさ。他のことはさっぱり分かんねえよ」
「知り合い、ねえ」

 訝しむように、ランは俺の顔をじろじろと見つめてくる。いくらランとは言え、あんまり女子にそういうことをされると気恥ずかしい。

「何か小さなネタでも、知ってることないの?」
「ねえって。ここへ来て色々びっくりしてるくらいだ」
「ふうん……残念」

 色々と、謎めいた人ではあった。
 瞳の中に、濁りのようなものが垣間見える人ではあった。
 でも、あの人について語れるだけの記憶が俺にはない。
 俺は、俺自身を語ることすら本当は危ういのだから。

「……んー、じゃあさ。誰かに会いたいとかも思ってないの? 例えば、そのヒカゲさんとか」
「……どういう意味だよ?」

 意図が分からずそう質問を返すと、

「まぼろしさんよ、まぼろしさんっ! まぼろしさんってのはね。自分の望んだ人の霊に会えるっていう噂なのよ!」
「あー……アヤちゃんがそれっぽいこと言ってたっけ」

 探索のメインだったわけだが、俺はすっかり忘れていた。
 霊が出るかどうか、そんなレベルの話でしか捉えていなかったのだ。
 これにはランも呆れかえって、

「……駄目ね。ダメダメだったわ。この黒影館に忍び込む人はね、肝試しっていう人ももちろんいるけれどそれ以上に、死んでしまった誰かにまた会いたいって人もいるのよ」
「ふーん……」

 死んでしまった誰かに、か。
 生憎、俺には会いたいと思える人が浮かばない。
 ヒカゲさんに会いたいという気持ちは確かにゼロではないけれど、あの人はまず生死が不明なのだ。
 生きてどこかで暮らしている可能性だって考えられる。
 ……もし、死亡が確定している中で会いたい人がいるとすれば。
 それは、多分……。

「はあ。ま、いいわ。知らないなら尋問しても意味ないし、探索に戻りましょ」
「はいよ。収穫無しですまんかったな」
「これから先で取り返してね?」
「……善処しなくもない」

 期待に答えたくはないので曖昧な返事をする。
 ランはやはりというか、肩を竦めて先に出て行った。
 ……彼女には悪いが、霊探しというのはどうも気持ちが入らない。
 特にこの館でというのは。
 ランが出た後少し時間を置いて応接を出る。するとそこで、ちょうどテンマくんと遭遇した。こちらも少し驚いたが、テンマくんの方もオレが突然出てくるとは思っていなかったらしく、欠伸混じりだった顔を慌てて背けた。

「どうも、レイジくん。みっともないとこごめんね」
「いやいや。なんか疲れてそうだな」
「ああ、何だか眠たくなってきちゃってさ。ちょっと客室で休ませてもらおうかとね」

 確か、二階に客室があるんだったか。集まったメンバーは七人だが、それ以上の部屋はちゃんと確保できているとランから聞いている。
 忍び込んでいるのに確保ってなんだよとは思ったが。

「誰がどこ使うかは、探索前にランちゃんが貼り紙してたみたい。とにかく、俺はちょっと仮眠でもとってくるとするよ」
「どうぞごゆっくり」

 重い足取りで二階の方へ向かっていくテンマくん。俺はその背中に、興味本位で質問を投げかけてみる。

「お前は、誰に会いたいんだ?」
「――え?」

 問いかけは、想像以上の効力をテンマくんにもたらした。彼は上ずった声とともに、顔だけをこちらに向けて、怯えた目で俺を見つめる。
 まるで知られてはいけない何かに気付かれた、というような反応だった。

「いや、そんな聞くほどのことじゃないよ……それじゃ」

 僅かだけ浮かべたその表情を失策だと思ったか、テンマくんはそう取り繕うと、今度こそ二階へ上っていった。

「……なるほどねえ」

 こんな胡散臭い企画に集まるなんて、余程暇か怖いもの見たさかと思っていたが、どうやらそれだけじゃないらしい。

「……レイジさん、怪しい顔してますよ?」

 と、そこで横からシグレくんの声が飛んできた。

「うわっと、脅かすなよ」
「ご、ごめんなさい。ちょうど二人の姿が見えたんで……何かあったんですか?」
「……ま、ただ好奇心とかで館に来た奴ばかりじゃないんだなと思ってね」

 どうもランが話していた通り、たとえ噂レベルでしかなくとも、死者に会いたい奴はいるようだ。それも、単に興味だけではなく、きっと心の奥底に抱え込んだ問題ゆえに。

「シグレくんはどうなんだ? 誰か会いたい人は」

 個々人の事情が気になってきたので、俺はシグレくんにも訊ねてみたのだが、返ってきたのは予想外の内容だった。

「会いたい人ですか……実を言えばボク、二年前に事故で両親を亡くしてて。会えたらいいなーって……ちょっと思ってますけど」
「そ、そうなのか……軽々しく聞いちまったな。ごめん」
「あ、あはは……気にしないでください。もう、心の整理とかはついてますし」

 ……両親が事故死、か。当時まだ中学生だった彼には絶望的な出来事だっただろう。
 この少年は、最も近しい者の死を乗り越えて今日まで生きてきた。それは純粋に凄いことだと思った。
 人見知りで謙遜しがちな性格はもしかしたら、精神的なショックが影響しているのかもしれないけれど……表面上で汲み取れる以上に、シグレくんは強い子なはずだ。

「いまいてほしい人は、仲良くしてくれる人です。……アヤちゃんから、ミス研の人は優しいって聞いてましたから」
「はは、俺はミス研じゃねえんだけどな。アヤちゃんは俺のことカウントしてるのかな」
「多分そうだと。……レイジさん、またご一緒してもいいですか?」

 今の話を聞いた上で断るほど鬼じゃない。ランといるよりも全然気分が落ち着くし、シグレくんが一緒にいたいなら構わなかった。

「どうぞ。……とはいえ、適当にぶらつくだけになるけど」
「どっちみちそれしかないですよ。じゃあ、お願いしますね」

 おう、とにこやかに答えて、俺はシグレくんの肩にポンと軽く手を置いた。
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