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Twelfth Chapter...7/30

それは人形のように

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「……なるほどね」

 全てを語り終えたとき、蟹田さんが呟いたのはそれだった。
 眉間に皺を寄せ、口元に手を当てて、探偵さながらに呟いた『なるほど』。
 しかし、そんな彼でもやはりこの程度の情報では、真相を推理することは不可能なようで、

「せめて計画書の一部でも、読めていれば良かったんだけどな」

 と、悔しそうに零すのだった。
 私があのとき、暗い地下室で少しでも計画書に目を通していれば。
 WAWプログラムの表面的ではない、実際的な内容が判明していたかもしれない。
 あの時点で妨害が入ることを予想できたかと言えば、それは難しかっただろうけれど。
 自分の行動に、後悔の念はどうしても抱いてしまう。

「しかし、人工地震というのは目から鱗だった。電波を使って地震を起こせるかもしれない、か……率直に言うと空想科学だなって感想しか浮かばないなあ」
「地震の波形から連想したものなんで、本当にただの空想に近いのは事実なんですけどね」
「まあ、電波と結びつけられたのは面白いと思う。それに……」
「それに?」

 私が先を促すのに、蟹田さんは声を潜めてこう言った。

「虎牙くんも、当てずっぽうでしかないとした上で言っていたんだ。――軍事研究のようなニオイがするってね」

 ――軍事研究。

 そう言えば虎牙は、鬼封じの池で白骨死体を発見した後、その服装についてこんなことを話していなかったか。

 ――軍服だよ。

 あれは永射さんが死亡するよりも前、二十二日の探検だったが、虎牙はそのとき既に軍という言葉を口にしていたのだ。
 偶然だろうか。或いは、虎牙は事件発生前から何かに勘付いていたのだろうか……。

「虎牙、もっと詳しいことは言ってなかったんですか?」
「余計なこと言い過ぎたら混乱させるからって、それ以上は。まあ、本人も妄想だなと思ったんだろう」

 この小さな街で、軍事研究が行われている。それは客観的にみれば行き過ぎた妄想と見做されかねない。
 でも、最早満生台ではどんなことが行われていてもおかしくはないと、私自身は諦めにも似た感覚を持っていた。

「ま、混乱しないでもなかったけど、視野を広げてくれたのも事実さ。ありがたいことだよ。俺は君たちから聞いた情報を参考に、改めて考えをまとめてみるつもりだ」
「蟹田さんも、また何か分かれば教えてください。そのうちまた、忍び込みますから」
「はは、危ないから是非とは言えないけどなー。待ってるよ、龍美ちゃん」
「はい!」

 掛け時計に目を向けると、時刻はもう午後三時前。結構長く話し込んでしまった。
 蟹田さんによれば、四時くらいに羊子さんが容態の確認に来るとのことで、まだ余裕はあったものの万が一のことを鑑み、さっさと辞去することにした。

「病院は今、祟り騒動のせいで揉めてるから気を付けてね」

 去り際、蟹田さんにそんな忠告を受けたのだが、一階に下りたところで早速、忠告の意味を理解することになる。
 如何にも体の具合が悪そうなお爺さんが、家族に付き添われて病院から出ていくのを目撃したのだ。
 電波塔問題で、鬼の祟りが街に下ると言う人たちが増えてきた。
 そのせいで、永射さんの遺志を引き継いだ病院を、忌避する動きも出てきたというわけだ。
 病院の存在は、とても重要なライフラインだというのに、祟りを畏れて退院してしまうとは。それで死んでしまったら本末転倒としか思えないが。
 ……ああいう人たちにとっては、損得で割り切れない問題なんだろうな。

「……えっ?」

 お爺さんたちが帰って、受付の人が引っ込んだときに抜け出ようと画策していたのだが、そこに予想外の訪問者が現れた。
 玄人だ。
 一時間ほど前は、永射邸跡で犯行現場の調査をしていたはずだが、この来院は定期健診のためだろうか。
 彼は受付の女性に、双太さんと会う予定になっていると告げて、そのまま診察室へ入っていった。定期健診なら、健診で来ましたと言うはずなので、通院というわけではなさそうだ。
 ……彼は双太さんと、事件について話し合っていたりするのかもしれない。だとしたら、双太さんは感覚的に白に近くなるのだが。
 玄人が診察室に入った後、しばらくして受付のお姉さんはまた奥へ引っ込んだ。蟹田さんが話していたように、新規の患者さんはあまりやって来ず、きっとあそこに立っているのが退屈でしょうがないのだ。
 今のうちに出よう。そう思って自動ドアの前まで向かった私は、しかしギリギリのところで人影を発見してしまった。
 玄人に続き、もう一人誰かがやって来たのだ。

「嘘でしょ……」

 思わず、掠れた声が漏れる。私は姿を見られないように、慌てて階段のところまで駆け戻った。……なるべく静かに。
 そして壁から顔を少しだけ出して、様子を伺ったのだが――次の訪問者もまた、予想外の人物だったのである。

 ――理魚ちゃん?

 自動ドアが開いて姿を見せたのは、河野理魚ちゃんだった。どこか虚ろな目をしたまま、受付のお姉さんを呼ぶこともせずに院内をふらふらと歩く。
 そして何故か、歩く方向は私が隠れている階段なのだった。
 まずい。いくら喋れない理魚ちゃんでも、怪しまれて誰かを呼びに行かれたとしたら困った状況になる。
 他にどうすることもできず、私はええいままよと、階段の後ろにあった僅かなスペースで縮こまってやり過ごすことにした。
 コツ、コツ、……コツ。
 理魚ちゃんの足音は、不規則なペースで上っていく。
 情けない隠れ方だったが、何とかやり過ごせたようだ。
 ……それにしても、彼女はどんな用事でここへ来たのだろう。
 誰か、お見舞いする人がいたりするのかな。
 彼女の行動も謎ではあったが、今は気にしている場合ではない。
 早く隙をついて、この病院から抜け出さねば。
 タイミングの悪いことに、理魚ちゃんが通り過ぎていく間に、受付のお姉さんが戻ってきていた。
 またしばらくは、あの場所でぼーっとし続けそうだ。
 我慢比べの様相を呈してきたが、仕方がない。
 誰にも私の姿を見られるわけにはいかないのだ。
 静かなる戦いは、それから約十分の間続き。
 集中を切らさず、じっと受付の方を見ていた私は、ようやくお姉さんが奥に消えるのを確認し、音を殺して自動ドアを抜けた。
 存外長い時間がかかってしまったが、これでやっと八木さんの元に帰れる。
 帰り道でもまだ気は抜けないけれど、そんなに人通りも多くないだろう。
 さあ、急いで帰ろう。
 そう思って、大きく足を踏み出した……そのときだった。
 ドサ、という鈍い音が周囲に響き渡った。
 その音量は、日常音とはあまりにもかけ離れていた。
 音はどうやら私が歩いてきたばかりの、病院の入口あたりから聞こえてきたものだった。

 ――何だろう?

 私は、ほとんど反射的に振り返る。
 それほど深刻さも感じないまま。
 けれど、くるりと振り返って目にしたのは。
 想像を絶する、凄惨な光景だった。

「え――」

 一瞬、人形かと思った。
 だって、そうとしか思えないじゃないか。
 いきなり植え込みに落下してきて。
 ぐにゃりと四肢が投げ出されたヒトガタなんて、等身大の人形なのかなとしか、思えない。
 ああ、きっと患者さんが落としてしまったのかな。
 私の脳は、無理やりそう解釈しようとした。
 だけど、そんな考えを嘲笑うように。
 落下してきたそれから、僅かにではあるが赤い染みが生じ始めたのだ。
 緑色の草木が、赤く染まっていく。
 ……信じられなくても。
 これは、現実の光景だった。
 病院の上階から落下して、植え込みに倒れたのは。
 紛れもなく、河野理魚ちゃんだった。

 ――どういうこと? 一体何がどうなったの!?

 叫び出したい衝動にすら駆られながらも、どうにかそれを我慢して。
 私は野次馬の視線が集まらないうちに、全力でその場から逃げ去った。
 だけど、病院から離れていく間にも、私の目はやはり。
 転落してきた彼女の体を、何度も見つめてしまうのだった……。
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