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Twelfth Chapter...7/30

高周波活性オーロラ調査プログラム

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 体中に纏わりつく汗の感覚で、私は目覚めた。
 ……過去の夢。ここのところまた、よく見るようになっていたが、昨日の出来事があまりにもショックだったので蘇ったのだろう。
 特に、両手を染めた血の色と感触。
 それが岩に圧し潰され、血塗れになったあのときの腕と重なったのだ。
 じっと、両手に視線を落とす。
 もう二度と、昔のようには動かない手。
 それでもなんとか、私はこの街でやっていけている。
 ハンディキャップを背負った者たちが集う、満生台で。
 玄人も足が悪いし、虎牙も目が悪い。
 満雀ちゃんは健康状態そのものに不安がある。
 そう、それでも私たちは生きている。
 この街で、満ち足りた暮らしができるように生きているんだ。

「……おや、おはよう」

 少し離れたところから声がした。
 どうやら八木さんが、私の様子を見に来たらしい。

「おはようございます……って、乙女の寝室に無断で入らないでくださいー」
「あはは、ごめんね。何度か、うなされているようだったから」

 ひょっとして、八木さんは私のことをずっと気にかけてくれていたのだろうか。
 ベッドを奪ってしまったというのに、その上休息時間まで奪ってしまうとは。
 迷惑をかけっぱなしだ。

「……昔のことを、思い出してたんです」
「……そっか。みんな、色々あるものだからね」

 八木さんは、あえて聞くようなことはしてこない。
 話したいなら聞くよ、というスタイルだ。
 私はその心地よさに甘えつつ。
 詳細は語らずに、過去に辛いことがあったということだけを、ぽつりぽつりと告げるのだった。
 時刻は七時半。どうやら私は、ほとんど丸一日以上眠り込んでいたらしい。
 睡眠時間が長ければ長いほど、疲れはとれるものかと思っていたが、別段そんなことはなかった。……体が重い。
 八木さんとお喋りして気分が落ち着くと、私は汗で衣服が濡れているのが気になり始めたので、お風呂を貸してもらうことにした。普段は朝風呂なんてしないのだが、今日は特別だ。寝起きでぼうっとしていた頭も、温かいお風呂でスッキリして、お風呂上りの冷たい牛乳がとても美味しかった。
 至れり尽くせりだな、私。

「押しかけちゃったのにこんなよくしてくれて、本当にありがとうございます、八木さん」
「気にしないで。これが親子喧嘩の家出だったら諭すだろうけど、そうじゃないからね。今起きているのは、非常事態だ」
「……ええ、そうですね」

 怪しい実験と、連続殺人。これはまさに非常事態だ。
 傍観者ならまだよかったものの、巻き込まれた私は日常に戻れない。
 八木さんがいなければ、途方に暮れるしかないのだ。
 ……まあ、ちょっと言い過ぎかもしれないけれど。

「ところで、何か調査中ですか?」

 観測装置を操作できる、いつもの席に座っていた八木さんを見て、私は気になったので訊ねてみる。

「いつもの観測も続けてはいるんだけどね。ほら、調査しようにもネットは使えないし。……その中で、少し奇妙なことがあったんだ」
「奇妙なこと?」

 私が聞き返すのに、八木さんはおもむろに頷く。

「地震観測装置は二十四時間起動させていて、過去のデータもバックアップでとっているんだけど、七月二十四日から二十五日のデータが少し、ね。龍美さんも、これを見てもらえるかな」
「あ、はいはい」

 言われるがまま、私は装置に現れた該当時刻の波形を見てみる。
 深夜零時頃に波形は大きく上下にブレており、その時間に地震が起きたことは明白だった。

「教科書で見たことありますけど、確かに地震が起きたって感じの波形ですね。大きさも、結構なものなんですか?」
「規模としてはそれほど。ただ、満生台の周辺が震源になっている感じだから、この辺りはかなり揺れている。分かりやすく震度で示すと、五弱くらいはあったようだ」
「なるほど……結構な揺れですね」

 震度五弱なら、テレビのテロップで速報が流れたり、『番組の途中ですが』とニュースが割って入りそうなレベルの揺れだ。
 他の場所が揺れていないなら、震源は結構浅い場所にありそうだが。

「でも、特に奇妙って感じはないですけど」
「よく考えれば、龍美さんにも分かる問題だよ。ほら、波形の前半に注目してみてほしい」
「前半……」

 グラフの波形は、ちょうど真ん中あたりで大きく上下している。前半はほとんど何の変化も見受けられない。

「……あ、そうか! 変化がないのがおかしいんだ」
「その通り。この波形にはいわゆるP波がハッキリとは確認できないんだよ」

 理科の時間に勉強したことがある。地震にはP波とS波という、二つの揺れがあることを。
 P波は初期微動とも言われ、地震の初期段階に発生する小規模な揺れで、S波は主要動とも言われる大きな揺れだったはずだ。
 通常の地震は、P波がしばらく続いた後にS波がやってくるという順番になっているのだが、先日満生台を襲った地震はP波が不明瞭になっているわけか。

「第一波が不明瞭になる理由としては、震源の位置が深くてP波が小さくなり過ぎているとか、その逆で震源が非常に浅くてP波とS波の区別が難しいとかが挙げられるけれど……もう一つ、挙げておきたい理由がある」
「……それは?」

 あくまで可能性だけど、と前置きした上で、八木さんはそのもう一つを私に告げた。

「――人工地震だね」
「人工……?」

 言葉の通りに受け取るとすれば、地震が人為的に引き起こされるという意味なのだろうが。
 しかし、それはつまり……。

「……龍美さんは、『HAARP』というプロジェクトを知っているかい」
「ハープって……あの弦楽器のことですか?」
「期待通りの答えだけれど、残念ながら不正解だ。高周波活性オーロラ調査プログラム、そのイニシャルをとってHAARPというんだけど、これはアメリカで行われている大きな研究プロジェクトの名称でね。研究対象は大気や地球物理、電波科学などがある」

 一度も聞いたことのない名前だ。八木さんがやっている研究も、そのHAARPとやらと大体同じだし、その関係で知っているのだろう。

「HAARP自体は研究の目的について、大雑把に言えば『自然現象の理解』としているのだけど、その研究の中身は謎に包まれていてね。莫大な資金が投資されているし、広大な敷地に無数のアンテナが建てられたりと極めて大きなプロジェクトではあるけれど、その実態を詳しく説明できる人はそう多くないんだ」
「名前も不思議な感じですもんね。高周波活性オーロラ調査……ですか」
「施設があるのが、オーロラで有名なアラスカ州なんだよ。そこで電離層の調査をしているとか。ただ、やはり具体的な研究内容が謎過ぎてね。このプロジェクトに関しては、当初から様々な噂が飛び交っていた」

 勿論それは、良からぬ噂に違いない。そしてこれまでの話の流れからすれば、八木さんが次に言おうとしていることの予想が私にはついた。

「曰く、電離層に影響を与えることで無線通信などを無効化したり、或いは天候を制御したり。アメリカ軍が研究に携わっていることから、これは明らかに軍事利用を念頭に置いたものだと言われていた。そして噂の一つには、人工地震に関するものもあったんだ」
「HAARPが人工地震を引き起こす研究をしている……?」

 八木さんは小さく頷く。

「勿論、これは単なる陰謀論だ。如何に電波を操作できる設備を有しているからといっても、そして電波照射が地殻に影響を与えられると仮定しても、陰謀論にあるような大地震を引き起こすのは難しいだろう。……でも、地震の規模によると、もしかしたら。その可能性はまあ、ゼロではないように思う。突飛だけどね」
「ねえ、八木さん。もしも八木さんの言うように、電波を照射して地震を起こせるっていうんだったら……」

 ピースが、嵌まってしまうのだ。
 電波塔。病院の実験。人工地震。
 その三つが、一つの線で繋がってしまう。

「……正直なところ、P波が不明瞭なだけでそこまでの推理をしてしまうのは、行き過ぎな気がする。だから、肯定はしないけれど……一つの可能性とみておくのは、悪くないかもしれない」
「永射さんたちは、表向きには電波塔で便利な街づくりを謳い……その裏で、電波を人工地震の研究に使用していた。とんでもない話だけど……」

 満生台があるこの近辺は、昔から地震の多い場所だった。つまり、ちょっとした外圧でも地震が起きる素地がある可能性が高い。
 HAARPのように高性能な設備がなくとも、局所的な地震を発生させることならできるのかもしれない……。

「貴獅さんが引き継ごうとしている電波塔計画。私たちは、それについても調べてみた方がいいのかもしれないね」

 地震の波形に真剣な眼差しを注ぎながら、八木さんは言った。
 私はその言葉に、ごくりと固唾を呑んで、ゆっくりと頷くのだった。
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