この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗

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Seventh Chapter...7/25

『また、始まった』

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 永射さんが戻ってきたという連絡も、虎牙が休んだ理由についての連絡すらもないまま、二時間の試験は終了した。
 異常事態だ。クラスの空気も終始試験ムードではなかった。流石にお喋りまではなかったが、みんなどこかそわそわしていて、双太さんの動向も気になっているようだった。
 チャイムが鳴り、解答用紙を集めた双太さんは、すぐに終礼の挨拶を日直に指示する。自分も永射さんを探さなければと口にしていたので、先生としての仕事が終わればすぐにでも捜索に向かいたいのだろう。
 双太さんに促されるまま、日直の子が起立の号令をかけようとした、そのときだった。
 職員室の方から、再び電話の音が鳴り響いた。

「……ん、帰ってきたのかな」

 まとめていた解答用紙を教卓の上に置いたまま、双太さんは電話を受けに行った。受話器が取られ、音が消えてから、途切れ途切れに双太さんの声が聞こえてくる。

「……ふう、人騒がせね」
「あはは……どうしたんだろうね。ひょっとしたら、電波塔関連かも? 大雨だしさ」
「稼働前に故障しちゃったとかかー。有り得るかもしれないわね」

 なるほど、それなら永射さんが慌てて見に行く可能性もある。玄人は、そういう有り得そうなことを考え付くのが結構上手い。
 ただ、電波塔に異常が起きたのが永射さんの耳に入るくらいなら、他の人にもその情報がもたらされているべきな気はするが。
 とりあえず双太さんの答え待ちか、と思っていると、職員室の方で双太さんの驚く声が上がる。本当ですか、などと電話の相手に問うているようだ。
 ……大騒ぎするならやはり電波塔関連か。玄人の読みは当たっているのかしら。

「みんなお待たせ」

 電話を終え、戻ってきた双太さんの表情は晴れていなかった。
 その理由について、何らかの説明があるとばかり思っていたのだが、

「中断しちゃってごめんね。挨拶をしたら、今日はまっすぐ家に帰るんだよ。大雨だから、気をつけてね」

 と、先ほどの電話については触れず、さっさと生徒たちを帰らせようとするのだった。
 私や玄人を含め、生徒たちは納得できてはいなかったが、双太さんが答えてくれそうな様子はなく、仕方がないので日直は号令をかける。
 帰りの挨拶をして、皆はぞろぞろと帰っていった。
 双太さんは生徒たちをぼんやりと見送ってから、すぐに職員室へ取って返し、今度は傘を持って外へ飛び出していった。いつもならみんなの解答用紙に採点をして、それが終わってから学校の戸締りをして帰るという流れなのだが、全部を先送りにしてでも出て行かなくてはいけなかったらしい。
 何か、おかしなことが起きている予感がする。

「じゃあ、私たちも帰りましょうか」

 ほとんど取り残されるように、三人だけになってしまった私たち。仕方なく私が言うと、玄人も満雀ちゃんもこくりと頷いた。

「ちょっと心配だから、満雀ちゃんを送ったら、佐曽利さんの家にも行こうかしら……」
「私も行きたいな。虎牙くん、今までこういうことなかったし」
「駄目だよ、満雀ちゃん。双太さんにもまっすぐ帰ってって言われてるしね。龍美も、気持ちは分かるけど酷い天気だし、スマホで連絡とるくらいにしておこう」
「んー、まあそうね。明日にはどうせむすっとした顔見せてくるだろうし」

 永射さんだけでなく、連絡がない虎牙も心配ではあったが、酷い天気なのはその通りだ。連絡をとる手段なら複数あるのだから、わざわざ訪問するのは止めておこう。
 というわけで、私は双太さんに頼まれた通り、満雀ちゃんを送り届けてから帰宅することにした。
 玄人の家は病院と反対方向なので、学校を出てすぐに別れる。後は、満雀ちゃんと二人、手を繋ぎながらの帰り道だ。
 普段ならデートみたいだね、と満雀ちゃんに言いたくなったりするのだが。

「……本当、酷い雨ねえ。いつ止むのかしら」
「うゆ。……早く晴れてほしいね」

 風も強い。私の大きめの傘で、満雀ちゃんを守るように雨を防いでいるのだが、勢いが強まれば飛んでいってしまいそうだ。こういう荒天は苦手だった。満雀ちゃんも同じだろう。

「でも、永射さんはどうしたのかしら。書置きくらいは残していきそうな人に思えるんだけど」
「……そうだね。何かあったのかな」

 双太さんの慌てよう。思い返せば返すほどに、異常さは際立つ。彼が傘を手に出ていったということは、まだ永射さんが戻ってきてはいないという可能性が高いだろう。たとえば、永射さんの所持品が見つかったけれど、本人の姿はなかった。そういう事態なら、慌てて飛び出していくことにも合点がいくのだが……。

「何にせよ、良い状況じゃあないんでしょうね」

 私がポツリと呟くのを、満雀ちゃんは不安げな様子で見つめていた。

「……あ、ごめんごめん。あんまりイヤーな想像はしたくないんだけどね」

 彼女を不安がらせたくはない。そう思ってはいるのだけど、ついついネガティブな考えになってしまう。本当、ここ数日の体験で気持ちが弱っているな。
 謝罪のついでに、私は満雀ちゃんの頭を軽く撫でようとしたのだが、

「……ん?」

 満雀ちゃんは何やら口をパクパクと動かし、私に何かを伝えようとしていた。

「ええと……」

 ひょっとしたら、声は出ていたのかもしれない。でも、風が強いせいか、私はそれを聞き取れず。
 もう一度言ってもらえるよう促したのだが、満雀ちゃんは諦めたように儚げな笑みを浮かべるだけだった。

「……駄目だなあ、私」
「ううん、駄目じゃないよ」

 満雀ちゃんは、詳しい事情を知らない。それでもすぐに、弱気な私を慰めてくれる。
 ……駄目なことは駄目だ。でも、だからこそしっかりしなくちゃいけないよね。

「ん。ありがと、満雀ちゃん」
「うゆ。気にしなくって大丈夫だよ」

 再び強い風が吹き。
 私はぎゅっと、傘を握る。
 その刹那に、今度は聞こえた気がした。

 ――また、始まった。

 そんな声が。
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