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Sixth Chapter...7/24

太陽フレア

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 今夜には住民説明会が開かれるというのに、空の灰色は少しずつその濃さを増している。開催場所は毎回、永射さんの邸宅付近に建つ街の集会場なのだが、出発の時点で雨が降っていたら、面倒臭くて行く気が失せてしまいそうだ。
 せめて天気が持ちこたえますようにと祈る。
 秤屋商店は、この日もそこそこに盛況だった。今も年老いた男性が一人、千代さんに見送られながら帰っていく。住民の全体数が少ないので、数十人の来店でもこの街では盛況なのだ。

「あら、龍美ちゃん。今日もお買い物かしら?」
「こんにちは、千代さん。またお母さんに頼まれちゃって」

 買い物リストをちらと見せながら言うと、千代さんは偉いわね、と笑いながら、

「そうそう、今ちょうど八木さんが来てるわよ」
「あ、そうなんですか?」

 さも私が期待しているみたいに報告してくるのは恥ずかしいのだが、八木さんと会えるのは実際嬉しかった。ちょうどムーンスパローの部品を探しにきていたところだし、勉強不足なところがあれば教えてほしかったりする。
 八木さんは、店の奥にある特設ブース……機械部品のコーナーに立っていた。私はたまにお世話になるので詳細を知っているが、このコーナーは病院からの依頼で設置されたらしい。医療機器などに細かい部品が必要なので、一通り取り揃えているようだ。
 病院が直接、外部とやりとりして部品を買えばいいのではと思ったこともあるが、どうもややこしい事情があるようだ。それに、秤屋商店にお金を落とし、街の何でも屋を存続させるという意味合いもあるとは聞いていた。

「こんにちは、八木さん」
「ん……ああ。どうも、龍美さん」

 部品を手に持ちながら考え込んでいた八木さんは、私の声に気付いて挨拶を返してくれる。
 今日はパソコンの部品を買いに来たようだ。

「故障ですか?」
「いや、予備がなかったのに気付いたものだから、この機会に買っておこうと思ってね。昨日はヒヤヒヤしたものだ」
「昨日……?」

 昨日、何か事件でもあっただろうか。私の自動筆記は確かに事件ではあるが、疲れのせいだと結論付けたし、そもそも誰にも教えていない。ましてや八木さんがパソコンの部品を買うことには繋がらないはずだ。

「うん。龍美さんは『太陽フレア』というのを知っているかな」
「えーっと、言葉を聞いたことくらいは」

 八木さんの前で知ったかぶりをしても後が恥ずかしいだけなので、正直な答えを返す。
 彼はそうかと頷いて、

「名前の通り、平たく言えば太陽の爆発なのだけど、その規模は様々でね。極めて小さなものであれば毎日起きているし、特段生活には影響しない。ただ、大規模なフレアが発生すると、凄まじいエネルギーが地球上に降り注いでしまうことになるんだね」
「太陽の爆発……言葉を聞くと確かにとんでもないことに思えますね」
「規模によっては、本当にとんでもないことなんだ。磁気嵐やデリンジャー現象が発生して、機械装置に障害が発生してしまう」
「あ……ということは、つまり?」
「そう。昨日がまさしく、大規模な太陽フレア……太陽嵐の発生した日だったんだ」

 ようやく話の全容が理解できた。ニュースでは見なかったのだが、昨日そんな恐ろしいことが起こっていたというのか。
 でも、テレビやスマホなどは今日も問題なく使えている。復旧が早かったのかと思ったら、

「まあ、地球の軌道から僅かに離れていたおかげで、今回は特段影響がなかったようだけどね」

 というオチがついた。

「なるほど、それで何かあったときのために在庫チェックをしておこうってなって……ってことですか」
「そういうことだ。肩透かしな内容だったかもしれないけれど、実際に太陽風が直撃していたら、甚大な被害が出ていただろうからね。良かったと思わないと」

 太陽という巨大すぎる存在からの、ある種攻撃のようなものだ。地球がそれをまともに食らったら、当然無事では済まないだろう。全世界的に電波障害が発生し、混乱を極めていたに違いない。
 自分の知らないところで、恐ろしいことは日々起きているのだなあと思い知らされる話だ。

「難しい話、してるわね」

 すっかり話し込んでしまっていたので、内容が気になったらしい千代さんがこちらにやって来た。彼女はこうやって、誰とでもすぐに話せるから凄い。
 街の住民も、話すことを嫌がる人なんてほとんどいないというのはあるけれど。

「ふふ、仕事柄どうしても機械に関することは気になってしまうので。……そう言えば、お二人は今日の説明会に参加する予定は?」

 今の話から連想したのだろう、八木さんは電波塔の住民説明会について訊ねてくる。私は親に連れて行かれると答えたのだが、意外にも千代さんは参加しないようだった。

「私は父のお世話もしないといけないし。夜はあまり出歩きたくないんです」
「……お父さんって、そんなに大変な感じなんですね」
「私にお店を継がせたのも、地震のときの怪我が原因だしね。やっぱり自力で歩くのが結構難しいみたいなんだなあ」

 ということは、千代さんのお父さんは足を怪我してしまって、今もその後遺症が残っているということか。
 満生総合医療センターなら、そういうのは得意分野かと思ったが、実際は患者側が慣れるかどうかという問題はある、か。
 ……あれ。
 そこで私は少し引っ掛かる。
 私、そういうのが得意分野というのを、どこかで知ったのだっけ……。

 ――多分、双太さんの話かな。

 具体的には思い出せなかったけれど、今ここで考え込んでも仕方がないので、そう思っておくことにする。
 とにかく、これまで詳しくは知らなかったが、千代さんの家庭内事情は結構大変なようだ。

「ふむ。もし良かったら、永射さんが説明会で話した内容について、今度私が掻い摘んでお伝えしますけどね」
「ああ、いえ。そこまではしてもらわなくても」

 八木さんなりの優しさだったのだろうが、千代さんは多分、難しい話は分からないし聞いても仕方がない、と考えているのだろう。
 自分はただいつも通りに、この店を続けていけばそれでいい。彼女の意思は、きっとそれだけだ。

「八木さんはやっぱり、参加されるんですよね?」
「ええ。私はこれでも一応、電磁波問題には関心を持っている人間だからね。求められてはいないかもしれないけれど、ある意味オブザーバーのような役割をさせてもらおうかなとは思っている」
「なるほどお……」

 この前ネットで八木さんの論文は拝見したが、今でも電磁波問題は彼の気にかける分野らしい。
 彼がもし、電波塔を危険だと判断したら。満生台の未来はどうなっていくのだろう。たとえ既に稼働していたとしても、反対運動が再燃してしまったりするのだろうか。
 そのことで、八木さんが疎んじられるのだけは嫌だな、と思う。

「……満生台の発展に、電波塔が欠かせないというのは理解できるからね。果たしてその未来が『満ち足りた暮らし』の通りになるかどうか……私なんかが見極められるかは分からないけど、ね」

 せっかく格好良い台詞だったのに、途中で自信を無くしたのか、尻すぼみになってしまった。そういうところが八木さんらしいとも言えるけども。

「頑張ってくださいね、八木さん」
「ふふ、特に応援されるようなことでもないのだけどね」

 それでもありがとう、と八木さんは微笑んでくれた。

「さて、必要なものもありましたし、お勘定をお願いしますかね」
「あ、はいはいー。じゃあレジまでどうぞ」

 小さな部品を手にした八木さんは、千代さんに案内されてレジで代金を精算する。
 ただ買い物に来ただけだったのに、彼との話が盛り上がって、結構な時間が経ってしまったな。

「ありがとうございましたー!」

 千代さんの声を背に、立ち去っていく八木さんを見つめながら、私も頼まれた品を一つ一つ、買い物かごへと入れていく。
 そうして支払いを済ませ、八木さんと同じく千代さんの元気な声に見送られた、その後。
 帰り道の途上で私は、自分の目的である部品の購入をすっかり忘れていることに気付くのだった。
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