24 / 86
Fifth Chapter...7/23
昏い悪夢
しおりを挟む
地下室へと続く長い階段。
いつ終わるとも知れぬその連鎖を、私はひたすらに進み続けていた。
時折、水の滴る音だけが辺りに響く。そしてその度、私は胸を刺すような恐怖に立ち竦むのだった。
やがて……血塗られた扉が眼前に現れる。ぬらりと赤黒く光るノブを、それでも開かねばならないと、理由も分からないのに私は掴み、押し開ける。
そして。
そこに倒れたる、物言わぬ骸。
既に血肉の一つも残らぬ、白骨の死体。
真っ黒な眼窩。
私は悲鳴を上げる。けれど、周りには誰一人として生者はおらず。
助けを求めるような叫びは、ただ虚しく地下室へ響き渡るだけ。
気付けば死体から、魂のような半透明の何かが浮かび上がってきて。
それが彼女の――静香の幻影を形作るのだ。
「どうして助けてくれなかったの?」
――違うのよ。
言い訳がましく、私は何度も繰り返す。
首を振り続ける。
でも、違わないのだ。
私が彼女たちを救えなかったのは、覆しようもない事実で。
彼女の幻影から逃げようと、私は身を翻す。
するとそこには……もう一人の私が行く手を塞ぐように、立っていた。
「あなたにタツミを名乗る資格なんてないわ」
彼女はそう吐き捨て、ゆっくりと私に近づいてくる。
そして、その体が私を通り抜ける。
瞬間、私から肉体が消え失せて。
もう一人の私が、嗤う。
「返してね」
嘲るような笑みは、やがてけたけたという狂気的なものに代わり。
彼女と静香は二人、姿を失くした私を見下すような目で見つめ続けた。
――許して、静香。
私は、残された精神だけで、謝り続ける。
――許して……お姉ちゃん。
闇は、どこまでもその濃さを増していくばかりだった。
*
目覚めは最悪だった。
昨日の探検がいまだに忘れられず、夢にまで反映してしまったようだ。
それにしても、引き摺り続けている過去の傷が、両方とも抉られるとは……朝からかなり元気が失せた。
「……はぁ」
私は、嫌なことを忘れようと努めても中々思い通りにならない性格だ。まあ、他の人だってそういう人ばかりなのだろうが、こうして過去を思い出す度、精神的なダメージを負っている。
この街に来て、多くの人と触れ合って。当時よりはだいぶ変わったけれど、完全に消え去ったわけではないから。
いや、完全に消え去ってしまったら、それはもう私ではなくなってしまうのだろうが。
ベッドの上、上体を起こして溜息を一つ。
スマホで時刻を確かめてから、私はゆっくりとベッドを抜け出た。
……今日から期末試験だ。
今までの勉強の成果を示す場なわけで、気合を入れて臨むべきなのだが、生憎テンションは上げられそうもない。
ここは事情を知らない満雀ちゃんにでも絡んで、癒してもらうしかないかしら。
割合真剣にそんなことを考えつつ、私は身嗜みを整えてリビングへ向かう。そして家族といつも通り朝食をとって、定刻通りに家を発った。
昨日の雨は上がっていたが、空には未だ厚い雨雲が垂れ込めている。そのせいか、普段なら健康を気遣って散歩する人がちらほらいる道も、今日は静かだ。
都会からは遠く離れた街ではあるが、環境は整備されているので舗装されていない道路はほとんどない。森からの帰り道のように、足元を心配する必要もなかった。
学校に到着し、教室の扉を開くと、予想に違わずそこには玄人がいる。今日も今日とて、端に位置する自分の席で静かに読書中だった。
私が来たところで、彼は読書を中断し、栞を挟んでパタリと閉じる。それを見計らって私は挨拶を交わした。
虎牙も、程なくして登校してきた。私も玄人もそれなりに昨日のことを引き摺っていたが、虎牙だけはいつも通り、欠伸をしながら教室に入ってくる。そのメンタルの強さを少しは分けて欲しいと思ったりもしたが、笑われそうなので心の中だけに留めておく。
とりあえず、三人揃ったら言っておきたいことがあった。ちょうど教室には三人だけになったので、私は彼らにこう告げた。
「いい? 昨日のことはなかったことにするわよ」
いつ終わるとも知れぬその連鎖を、私はひたすらに進み続けていた。
時折、水の滴る音だけが辺りに響く。そしてその度、私は胸を刺すような恐怖に立ち竦むのだった。
やがて……血塗られた扉が眼前に現れる。ぬらりと赤黒く光るノブを、それでも開かねばならないと、理由も分からないのに私は掴み、押し開ける。
そして。
そこに倒れたる、物言わぬ骸。
既に血肉の一つも残らぬ、白骨の死体。
真っ黒な眼窩。
私は悲鳴を上げる。けれど、周りには誰一人として生者はおらず。
助けを求めるような叫びは、ただ虚しく地下室へ響き渡るだけ。
気付けば死体から、魂のような半透明の何かが浮かび上がってきて。
それが彼女の――静香の幻影を形作るのだ。
「どうして助けてくれなかったの?」
――違うのよ。
言い訳がましく、私は何度も繰り返す。
首を振り続ける。
でも、違わないのだ。
私が彼女たちを救えなかったのは、覆しようもない事実で。
彼女の幻影から逃げようと、私は身を翻す。
するとそこには……もう一人の私が行く手を塞ぐように、立っていた。
「あなたにタツミを名乗る資格なんてないわ」
彼女はそう吐き捨て、ゆっくりと私に近づいてくる。
そして、その体が私を通り抜ける。
瞬間、私から肉体が消え失せて。
もう一人の私が、嗤う。
「返してね」
嘲るような笑みは、やがてけたけたという狂気的なものに代わり。
彼女と静香は二人、姿を失くした私を見下すような目で見つめ続けた。
――許して、静香。
私は、残された精神だけで、謝り続ける。
――許して……お姉ちゃん。
闇は、どこまでもその濃さを増していくばかりだった。
*
目覚めは最悪だった。
昨日の探検がいまだに忘れられず、夢にまで反映してしまったようだ。
それにしても、引き摺り続けている過去の傷が、両方とも抉られるとは……朝からかなり元気が失せた。
「……はぁ」
私は、嫌なことを忘れようと努めても中々思い通りにならない性格だ。まあ、他の人だってそういう人ばかりなのだろうが、こうして過去を思い出す度、精神的なダメージを負っている。
この街に来て、多くの人と触れ合って。当時よりはだいぶ変わったけれど、完全に消え去ったわけではないから。
いや、完全に消え去ってしまったら、それはもう私ではなくなってしまうのだろうが。
ベッドの上、上体を起こして溜息を一つ。
スマホで時刻を確かめてから、私はゆっくりとベッドを抜け出た。
……今日から期末試験だ。
今までの勉強の成果を示す場なわけで、気合を入れて臨むべきなのだが、生憎テンションは上げられそうもない。
ここは事情を知らない満雀ちゃんにでも絡んで、癒してもらうしかないかしら。
割合真剣にそんなことを考えつつ、私は身嗜みを整えてリビングへ向かう。そして家族といつも通り朝食をとって、定刻通りに家を発った。
昨日の雨は上がっていたが、空には未だ厚い雨雲が垂れ込めている。そのせいか、普段なら健康を気遣って散歩する人がちらほらいる道も、今日は静かだ。
都会からは遠く離れた街ではあるが、環境は整備されているので舗装されていない道路はほとんどない。森からの帰り道のように、足元を心配する必要もなかった。
学校に到着し、教室の扉を開くと、予想に違わずそこには玄人がいる。今日も今日とて、端に位置する自分の席で静かに読書中だった。
私が来たところで、彼は読書を中断し、栞を挟んでパタリと閉じる。それを見計らって私は挨拶を交わした。
虎牙も、程なくして登校してきた。私も玄人もそれなりに昨日のことを引き摺っていたが、虎牙だけはいつも通り、欠伸をしながら教室に入ってくる。そのメンタルの強さを少しは分けて欲しいと思ったりもしたが、笑われそうなので心の中だけに留めておく。
とりあえず、三人揃ったら言っておきたいことがあった。ちょうど教室には三人だけになったので、私は彼らにこう告げた。
「いい? 昨日のことはなかったことにするわよ」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
母からの電話
naomikoryo
ミステリー
東京の静かな夜、30歳の男性ヒロシは、突然亡き母からの電話を受け取る。
母は数年前に他界したはずなのに、その声ははっきりとスマートフォンから聞こえてきた。
最初は信じられないヒロシだが、母の声が語る言葉には深い意味があり、彼は次第にその真実に引き寄せられていく。
母が命を懸けて守ろうとしていた秘密、そしてヒロシが知らなかった母の仕事。
それを追い求める中で、彼は恐ろしい陰謀と向き合わなければならない。
彼の未来を決定づける「最後の電話」に込められた母の思いとは一体何なのか?
真実と向き合うため、ヒロシはどんな犠牲を払う覚悟を決めるのか。
最後の母の電話と、選択の連続が織り成すサスペンスフルな物語。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる