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Fifth Chapter...7/23

昏い悪夢

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 地下室へと続く長い階段。
 いつ終わるとも知れぬその連鎖を、私はひたすらに進み続けていた。
 時折、水の滴る音だけが辺りに響く。そしてその度、私は胸を刺すような恐怖に立ち竦むのだった。
 やがて……血塗られた扉が眼前に現れる。ぬらりと赤黒く光るノブを、それでも開かねばならないと、理由も分からないのに私は掴み、押し開ける。
 そして。
 そこに倒れたる、物言わぬ骸。
 既に血肉の一つも残らぬ、白骨の死体。
 真っ黒な眼窩。
 私は悲鳴を上げる。けれど、周りには誰一人として生者はおらず。
 助けを求めるような叫びは、ただ虚しく地下室へ響き渡るだけ。
 気付けば死体から、魂のような半透明の何かが浮かび上がってきて。
 それが彼女の――静香の幻影を形作るのだ。

「どうして助けてくれなかったの?」

 ――違うのよ。

 言い訳がましく、私は何度も繰り返す。
 首を振り続ける。
 でも、違わないのだ。
 私が彼女たちを救えなかったのは、覆しようもない事実で。
 彼女の幻影から逃げようと、私は身を翻す。
 するとそこには……もう一人の私が行く手を塞ぐように、立っていた。

「あなたにタツミを名乗る資格なんてないわ」

 彼女はそう吐き捨て、ゆっくりと私に近づいてくる。
 そして、その体が私を通り抜ける。
 瞬間、私から肉体が消え失せて。
 もう一人の私が、嗤う。

「返してね」

 嘲るような笑みは、やがてけたけたという狂気的なものに代わり。
 彼女と静香は二人、姿を失くした私を見下すような目で見つめ続けた。

 ――許して、静香。

 私は、残された精神だけで、謝り続ける。

 ――許して……お姉ちゃん。

 闇は、どこまでもその濃さを増していくばかりだった。





 目覚めは最悪だった。
 昨日の探検がいまだに忘れられず、夢にまで反映してしまったようだ。
 それにしても、引き摺り続けている過去の傷が、両方とも抉られるとは……朝からかなり元気が失せた。

「……はぁ」

 私は、嫌なことを忘れようと努めても中々思い通りにならない性格だ。まあ、他の人だってそういう人ばかりなのだろうが、こうして過去を思い出す度、精神的なダメージを負っている。
 この街に来て、多くの人と触れ合って。当時よりはだいぶ変わったけれど、完全に消え去ったわけではないから。
 いや、完全に消え去ってしまったら、それはもう私ではなくなってしまうのだろうが。
 ベッドの上、上体を起こして溜息を一つ。
 スマホで時刻を確かめてから、私はゆっくりとベッドを抜け出た。
 ……今日から期末試験だ。
 今までの勉強の成果を示す場なわけで、気合を入れて臨むべきなのだが、生憎テンションは上げられそうもない。
 ここは事情を知らない満雀ちゃんにでも絡んで、癒してもらうしかないかしら。
 割合真剣にそんなことを考えつつ、私は身嗜みを整えてリビングへ向かう。そして家族といつも通り朝食をとって、定刻通りに家を発った。
 昨日の雨は上がっていたが、空には未だ厚い雨雲が垂れ込めている。そのせいか、普段なら健康を気遣って散歩する人がちらほらいる道も、今日は静かだ。
 都会からは遠く離れた街ではあるが、環境は整備されているので舗装されていない道路はほとんどない。森からの帰り道のように、足元を心配する必要もなかった。
 学校に到着し、教室の扉を開くと、予想に違わずそこには玄人がいる。今日も今日とて、端に位置する自分の席で静かに読書中だった。
 私が来たところで、彼は読書を中断し、栞を挟んでパタリと閉じる。それを見計らって私は挨拶を交わした。
 虎牙も、程なくして登校してきた。私も玄人もそれなりに昨日のことを引き摺っていたが、虎牙だけはいつも通り、欠伸をしながら教室に入ってくる。そのメンタルの強さを少しは分けて欲しいと思ったりもしたが、笑われそうなので心の中だけに留めておく。
 とりあえず、三人揃ったら言っておきたいことがあった。ちょうど教室には三人だけになったので、私は彼らにこう告げた。

「いい? 昨日のことはなかったことにするわよ」
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