8 / 86
First Chapter...7/19
自動筆記
しおりを挟む
今日の夜空は、いつもより暗い気がした。新月だと聞いた後だからだろうか。それとも、本当に暗いのが分かるほどなのだろうか。
部屋のカーテンを閉めると、私は勉強机の前に座った。机上には、今日学校で習った科目の教科書が置かれている。中のページには、重要そうな部分に線が引かれ、左上には勉強をした日付が拙い字で書いてあった。
私は、勉強をするときにノートをとらない人間だ。だからその分、繰り返すことでしっかりと内容を頭に叩き込むようにしている。昔はノートに何度も書き殴ることで覚えたこともあったが、それは非効率だと結論を出したし、何より今の私には到底無理なことだった。
家に帰って復習をする、と言うこと自体は幼い頃から変わらない。そこは、染み付いた日常の一つになっているし、別段嫌なことではなかった。強制されているわけでもないのだから。
勉強机の上に乗っている本棚に目を向ける。そこには、参考書や普段よく使う辞書などが見栄え良く整列している。そんな中に一冊だけ、場違いな本があった。古今東西のオカルト現象について事細かに記された、薄い雑誌だ。
その昔、親友と呼んでいた子に、もらったもの。
いや、もらったというよりは、引き取ったもの……か。
もう、二年が経つ。始めの頃は開くことすらどうしてもできなかったけれど、時間が経つにつれその拒絶反応は消えていき、むしろオカルトに興味を持つようになっていった。
それはまるで、彼女の跡を辿るようでもあった。
優等生で通っていた私には、縁遠かったもの。そして、親友との離別によって、さらに遠のいてしまったもの。それが今は手の中にあって、私の心を疼かせていた。
……そして。
私は今、そのオカルト現象とやらに取り憑かれているのかもしれない。
そう思わせるような出来事が、近頃起きているのだった。
「……」
教科書の復習は、後回しにする。過去を思い出したのは、何かの暗示かもしれない。そう考えて、私はペン立てから適当に一本、ボールペンを抜き取り、使っていないノートも引っ張り出して、目の前に広げた。
ペンの先をそっと、ページに付ける。それから、目を閉じてゆっくりと呼吸を繰り返した。
……息を吐くたび、頭がぼうっとしてくる感覚。瞼を閉じているのに、視界が薄ぼんやりと、赤色に染まっていくような気がして。
軽い頭痛が襲う。そう、この感じだ。俗に言うトランス状態というものなのかもしれない。この眩暈と痛みがやってきたときに、私は超常現象の体験者になるのだ。
やがて、ほんの一瞬だけ。意識が飛んだような空白とともに、倦怠感が押し寄せてくる。そこで私は、自分が息を止めていたことに気づいた。慌てて酸素を取り込みながら、目を開く。……するとそこには、予想していた光景があった。
ノートの上に、文字が書かれている。
もちろん、私は手を動かした覚えなどない。にも関わらず、ペンを持った手はいつのまにかぎこちなく動いて、ノートに文字を残していたのだ。
決して寝ぼけて書いたような、判読不能なものではない。それは確かに意味を持った一つの字だった。
――鬼。
「鬼……」
自動筆記(オートマティスム)、という現象なのだと、雑誌には書かれていた。初めてこの現象に見舞われたとき、私は食い入るように雑誌の特集記事を読んだものだ。この街へ引っ越してきてからこれまでに二度、こんな状態になったことがあって、これで三度目の経験だった。
しかし……鬼か。
今までは、読めるような読めないような、読めても数字とか、簡単なものしか書かれなかった。それが、今日は鬼という、どこか不吉な文字をはっきりと残したのだ。流石に少し、良からぬなにかをを感じとってしまう。
鬼……。
この街には、古くから残る伝承があった。それは、三匹の鬼の話である。
かつてこの地には三匹の鬼がいて、悪いことをした人に罰を与えたのだとか。
満生台で鬼と言えば、その伝承が嫌でも浮かんできてしまう。時代の移り変わりによって、言い伝えを詳しく知る者はもう殆どいないらしいが、それでも。
……鬼が現れるなら、それは誰かが悪さをしたときなのだろうか。それは誰かが、罰を受けるときなのだろうか。
私は、以前行われた電波塔の住民説明会を思い出す。そこでこの街一番の地主であり、一番古くから住んでいる瓶井文さんという人が、こんなことを口にしていた。
鬼に祟られるぞ、と。
もしもあのとき瓶井さんが告げたように、電波塔が悪しきもので、それを計画した者に祟りがあるとするならば。
永射さんの顔が一瞬だけ私の頭の中に浮かんで、そしてすぐに消えた。
……大丈夫、きっとこれは、ただの偶然だ。何の意味も、根拠もないもの。
きっと、前回の説明会で聞いた瓶井さんの言葉を、私は心の奥底で怖がっていたんじゃないだろうか。だから、こうして自動筆記として現れてしまったのだ。
……オカルトを期待する反面、いざ不可思議なことが起きると否定してしまいたくなるのは都合が良すぎるかもしれない。だけど、とりあえずはそう否定して、気持ちに折り合いをつけなければ収まらなかった。人間なんて、得てしてそういうものだ、きっと。
頭の痛みは未だにひかない。夜風に当たろうと、私はさっき閉めたカーテンをもう一度開けて、窓を全開にした。頭だけを外に出せば、涼しい風が心地よく撫でていってくれる。ようやく落ち着いた感じがして、私は溜息を吐き、静かに山の方へ目を向けた。
その薄闇の中に、電波塔がそびえ立っていた。
……鬼の祟りなんて、あるわけない。
だからあの電波塔は立派に使命を果たすだろうし、街の人たちもちゃんと満ち足りた暮らしができるのだ。
八月二日まで、あと二週間ほど。
どうか何事も起きませんようにと、私は空へ祈った。
……祈ったのに。
部屋のカーテンを閉めると、私は勉強机の前に座った。机上には、今日学校で習った科目の教科書が置かれている。中のページには、重要そうな部分に線が引かれ、左上には勉強をした日付が拙い字で書いてあった。
私は、勉強をするときにノートをとらない人間だ。だからその分、繰り返すことでしっかりと内容を頭に叩き込むようにしている。昔はノートに何度も書き殴ることで覚えたこともあったが、それは非効率だと結論を出したし、何より今の私には到底無理なことだった。
家に帰って復習をする、と言うこと自体は幼い頃から変わらない。そこは、染み付いた日常の一つになっているし、別段嫌なことではなかった。強制されているわけでもないのだから。
勉強机の上に乗っている本棚に目を向ける。そこには、参考書や普段よく使う辞書などが見栄え良く整列している。そんな中に一冊だけ、場違いな本があった。古今東西のオカルト現象について事細かに記された、薄い雑誌だ。
その昔、親友と呼んでいた子に、もらったもの。
いや、もらったというよりは、引き取ったもの……か。
もう、二年が経つ。始めの頃は開くことすらどうしてもできなかったけれど、時間が経つにつれその拒絶反応は消えていき、むしろオカルトに興味を持つようになっていった。
それはまるで、彼女の跡を辿るようでもあった。
優等生で通っていた私には、縁遠かったもの。そして、親友との離別によって、さらに遠のいてしまったもの。それが今は手の中にあって、私の心を疼かせていた。
……そして。
私は今、そのオカルト現象とやらに取り憑かれているのかもしれない。
そう思わせるような出来事が、近頃起きているのだった。
「……」
教科書の復習は、後回しにする。過去を思い出したのは、何かの暗示かもしれない。そう考えて、私はペン立てから適当に一本、ボールペンを抜き取り、使っていないノートも引っ張り出して、目の前に広げた。
ペンの先をそっと、ページに付ける。それから、目を閉じてゆっくりと呼吸を繰り返した。
……息を吐くたび、頭がぼうっとしてくる感覚。瞼を閉じているのに、視界が薄ぼんやりと、赤色に染まっていくような気がして。
軽い頭痛が襲う。そう、この感じだ。俗に言うトランス状態というものなのかもしれない。この眩暈と痛みがやってきたときに、私は超常現象の体験者になるのだ。
やがて、ほんの一瞬だけ。意識が飛んだような空白とともに、倦怠感が押し寄せてくる。そこで私は、自分が息を止めていたことに気づいた。慌てて酸素を取り込みながら、目を開く。……するとそこには、予想していた光景があった。
ノートの上に、文字が書かれている。
もちろん、私は手を動かした覚えなどない。にも関わらず、ペンを持った手はいつのまにかぎこちなく動いて、ノートに文字を残していたのだ。
決して寝ぼけて書いたような、判読不能なものではない。それは確かに意味を持った一つの字だった。
――鬼。
「鬼……」
自動筆記(オートマティスム)、という現象なのだと、雑誌には書かれていた。初めてこの現象に見舞われたとき、私は食い入るように雑誌の特集記事を読んだものだ。この街へ引っ越してきてからこれまでに二度、こんな状態になったことがあって、これで三度目の経験だった。
しかし……鬼か。
今までは、読めるような読めないような、読めても数字とか、簡単なものしか書かれなかった。それが、今日は鬼という、どこか不吉な文字をはっきりと残したのだ。流石に少し、良からぬなにかをを感じとってしまう。
鬼……。
この街には、古くから残る伝承があった。それは、三匹の鬼の話である。
かつてこの地には三匹の鬼がいて、悪いことをした人に罰を与えたのだとか。
満生台で鬼と言えば、その伝承が嫌でも浮かんできてしまう。時代の移り変わりによって、言い伝えを詳しく知る者はもう殆どいないらしいが、それでも。
……鬼が現れるなら、それは誰かが悪さをしたときなのだろうか。それは誰かが、罰を受けるときなのだろうか。
私は、以前行われた電波塔の住民説明会を思い出す。そこでこの街一番の地主であり、一番古くから住んでいる瓶井文さんという人が、こんなことを口にしていた。
鬼に祟られるぞ、と。
もしもあのとき瓶井さんが告げたように、電波塔が悪しきもので、それを計画した者に祟りがあるとするならば。
永射さんの顔が一瞬だけ私の頭の中に浮かんで、そしてすぐに消えた。
……大丈夫、きっとこれは、ただの偶然だ。何の意味も、根拠もないもの。
きっと、前回の説明会で聞いた瓶井さんの言葉を、私は心の奥底で怖がっていたんじゃないだろうか。だから、こうして自動筆記として現れてしまったのだ。
……オカルトを期待する反面、いざ不可思議なことが起きると否定してしまいたくなるのは都合が良すぎるかもしれない。だけど、とりあえずはそう否定して、気持ちに折り合いをつけなければ収まらなかった。人間なんて、得てしてそういうものだ、きっと。
頭の痛みは未だにひかない。夜風に当たろうと、私はさっき閉めたカーテンをもう一度開けて、窓を全開にした。頭だけを外に出せば、涼しい風が心地よく撫でていってくれる。ようやく落ち着いた感じがして、私は溜息を吐き、静かに山の方へ目を向けた。
その薄闇の中に、電波塔がそびえ立っていた。
……鬼の祟りなんて、あるわけない。
だからあの電波塔は立派に使命を果たすだろうし、街の人たちもちゃんと満ち足りた暮らしができるのだ。
八月二日まで、あと二週間ほど。
どうか何事も起きませんようにと、私は空へ祈った。
……祈ったのに。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
嘘つきカウンセラーの饒舌推理
真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる