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First Chapter...7/19
仁科タツミ
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「どうぞ」
「失礼します」
中で待っていたのは、当然のことだが双太さんだった。杜村双太。まだ二十五歳という若さで、この病院にやってくる患者さんの半数ほどを診ているという凄い人だ。それだけではない、何を隠そう双太さんは、私たちが通う学校の先生まで受け持っているのだ。要するに、とてつもない頑張り屋さんなのである。
学校が終わる時間までは教師として、それ以外の時間は医師として。二足の草鞋を履いて、双太さんは日々頑張っている。今日だって、私たちに教鞭をとってくれた後の診察なわけだ。
「やあ、龍美ちゃん。ゆっくりだったね」
「いやー、暑さでちょっとぼーっとしちゃったんですよ」
「それ、大丈夫なのかい?」
「全然問題ないですよ、この通りピンピンしてるんだから」
私はにっこり笑いながら、片手で自分の胸をばんばんと叩いてみせた。双太さんは何とコメントすればいいのか判断つかずに、曖昧な笑みを浮かべていた。そういうところ、愛嬌あるなあと思う。
「まあ、元気ならいいんだけど」
「体は元気ですけどね。心労はありますよ、いくらか」
「心労、ね。龍美ちゃんが言うとなあ」
「あ。信じてない」
双太さんにそんなことを言われてしまうのは、少し心外だ。まあ、普段から明るいキャラで通しているから、仕方のない部分はあるけど。
「いやいや。そんなことはないよ。……とりあえず、健診はさっさと済ませちゃうね」
「ん、はいはい」
促されるまま、私は両手を双太さんの前に差し出す。それを見たり、触ったり、或いは機械を使ったりしながら、流れ作業のように健診は進んで行く。
「……ちょっと、ぼーっとした拍子に昔のことが頭に浮かんじゃったんです」
腕から体の方へ、双太さんの手が移ったときに、私はポツリと呟いた。そこで一瞬、彼の手が止まる。
「……そっか」
慰めるように双太さんは、片手で私の肩をそっと叩いた。見つめる瞳は、物悲しそうなものになっている。こんな風に、すぐ誰かの思いに共感できる彼が好きだった。素直に尊敬していた。
健診は心身ともに不調がないかを確かめる場ということで、双太さんに診てもらっている合間に、私はそれなりに、自分が満生台に引っ越してくることになった訳を打ち明けていた。それは、言葉にするにはとても難しく、重苦しく、けれども出してしまえばその重さがふっとなくなっていく。そんなもので。
それには双太さんの人柄もあるのだろう。私はこの診察室で、何度となく彼に思いを吐露し、重荷を取り払ってもらったのだ。そのことには、ただただ感謝するばかりである。
満生台には、『満ち足りた暮らし』を求めて、多くの人がやって来る。私たちもその一家族だったし、他の皆もそうだ。きっと私だけじゃなく、親友たちもまた、同じように心の重荷を減らしてもらっているんだろうな。
「龍美ちゃん。君は、生き残ってしまったわけじゃないよ。そうじゃない。だから、そう考えることに意味はないからね」
「……ありがとうございます。えへへ、分かってはいるんですけどね。たまーに、双太さんの励ましが欲しくて」
「僕を便利に使わないでくれないかな……」
心配して損をした、といった感じで、双太さんは苦笑した。私も釣られて笑う。
「はい、もういいよ。手を下げて」
「はーい」
そんなに時間はかからないのだが、同じ体勢でい続けるのは結構体に負担がかかるものだ。普段使わない箇所の筋肉が痛むのを感じる。じんじん。
「変わりないね。良かった良かった」
「心の引っ掛かりも、いつか綺麗に無くなってくれたらいいんですけどね」
「記憶ってのは難しいものだから。……忘れないまま苦しむことがなくなれば、一番いいんだろうね」
「そうですね。忘れたくは、ないかな」
全てがなかったことになったら、それはもう、きっと私とは呼べない。
一つ一つが重なって、結局今の私がここにいるんだ。この仁科タツミが。
「失礼します」
中で待っていたのは、当然のことだが双太さんだった。杜村双太。まだ二十五歳という若さで、この病院にやってくる患者さんの半数ほどを診ているという凄い人だ。それだけではない、何を隠そう双太さんは、私たちが通う学校の先生まで受け持っているのだ。要するに、とてつもない頑張り屋さんなのである。
学校が終わる時間までは教師として、それ以外の時間は医師として。二足の草鞋を履いて、双太さんは日々頑張っている。今日だって、私たちに教鞭をとってくれた後の診察なわけだ。
「やあ、龍美ちゃん。ゆっくりだったね」
「いやー、暑さでちょっとぼーっとしちゃったんですよ」
「それ、大丈夫なのかい?」
「全然問題ないですよ、この通りピンピンしてるんだから」
私はにっこり笑いながら、片手で自分の胸をばんばんと叩いてみせた。双太さんは何とコメントすればいいのか判断つかずに、曖昧な笑みを浮かべていた。そういうところ、愛嬌あるなあと思う。
「まあ、元気ならいいんだけど」
「体は元気ですけどね。心労はありますよ、いくらか」
「心労、ね。龍美ちゃんが言うとなあ」
「あ。信じてない」
双太さんにそんなことを言われてしまうのは、少し心外だ。まあ、普段から明るいキャラで通しているから、仕方のない部分はあるけど。
「いやいや。そんなことはないよ。……とりあえず、健診はさっさと済ませちゃうね」
「ん、はいはい」
促されるまま、私は両手を双太さんの前に差し出す。それを見たり、触ったり、或いは機械を使ったりしながら、流れ作業のように健診は進んで行く。
「……ちょっと、ぼーっとした拍子に昔のことが頭に浮かんじゃったんです」
腕から体の方へ、双太さんの手が移ったときに、私はポツリと呟いた。そこで一瞬、彼の手が止まる。
「……そっか」
慰めるように双太さんは、片手で私の肩をそっと叩いた。見つめる瞳は、物悲しそうなものになっている。こんな風に、すぐ誰かの思いに共感できる彼が好きだった。素直に尊敬していた。
健診は心身ともに不調がないかを確かめる場ということで、双太さんに診てもらっている合間に、私はそれなりに、自分が満生台に引っ越してくることになった訳を打ち明けていた。それは、言葉にするにはとても難しく、重苦しく、けれども出してしまえばその重さがふっとなくなっていく。そんなもので。
それには双太さんの人柄もあるのだろう。私はこの診察室で、何度となく彼に思いを吐露し、重荷を取り払ってもらったのだ。そのことには、ただただ感謝するばかりである。
満生台には、『満ち足りた暮らし』を求めて、多くの人がやって来る。私たちもその一家族だったし、他の皆もそうだ。きっと私だけじゃなく、親友たちもまた、同じように心の重荷を減らしてもらっているんだろうな。
「龍美ちゃん。君は、生き残ってしまったわけじゃないよ。そうじゃない。だから、そう考えることに意味はないからね」
「……ありがとうございます。えへへ、分かってはいるんですけどね。たまーに、双太さんの励ましが欲しくて」
「僕を便利に使わないでくれないかな……」
心配して損をした、といった感じで、双太さんは苦笑した。私も釣られて笑う。
「はい、もういいよ。手を下げて」
「はーい」
そんなに時間はかからないのだが、同じ体勢でい続けるのは結構体に負担がかかるものだ。普段使わない箇所の筋肉が痛むのを感じる。じんじん。
「変わりないね。良かった良かった」
「心の引っ掛かりも、いつか綺麗に無くなってくれたらいいんですけどね」
「記憶ってのは難しいものだから。……忘れないまま苦しむことがなくなれば、一番いいんだろうね」
「そうですね。忘れたくは、ないかな」
全てがなかったことになったら、それはもう、きっと私とは呼べない。
一つ一つが重なって、結局今の私がここにいるんだ。この仁科タツミが。
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