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十四章 ヒカル七日目

終演 ②

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「……これから、どこへ?」

 全員で家を出て、僕らは改めて行動を開始する。カナエさんは、そんな僕らとは別行動をとるようだった。

「私にできるのは、村の人たちを逃がすことくらいだから。そのために、できることをするわ」
「……あの船、ですね」

 コウさんが、思わせぶりに言うと、カナエさんはくすりと笑い、

「……知ってるんですね」
「ええ。一応、島をぐるりと調べていましたから。……その船のために、黄地和さんをここに残したんです」
「なるほど……」

 僕らを置いてきぼりにして、二人で話をしているので、クウがたまらず、

「どーいうことですかっ」

 と、二人に割って入った。

「あ、ああ。そうだね。船というのは、昔村人たちを乗せてきた船のことなんだ。非常時のために、それが今も島にあるんだよ。定期的に点検をしながら、ね」
「でも、村人全員を乗せるっていったら、かなりの大きさじゃないですか? 四、五十人くらいいますよ? そんな船がどこに……」
「地の檻の奥にね。もう少し地下に潜る穴があって。その先に、海に繋がっている洞穴があるのよ。そこに船が泊められてる」
「あ、あんなところに……」

 それは盲点だった。

「確かに、島ならそういう場所もある、か。何年も暮らしてきて気付かなかったなんてなあ……」
「はは、ずっと暮らしてきたからこそ、気付くことが難しいんだと思うよ」
「考えさせられますなあ」

 クウはそう言いながら、何度も頷く。それを見ながら、僕らは苦笑した。

「それじゃあ、村人たちを船まで連れて行くことにしよう。突然のことだから、納得してくれない人もいそうだし、時間はかかりそうだけど、お昼までには、全員が船で島を出られるようにしたいね」
「……任せてください。なるべく早く、終わらせてみせます。私のやるべきこと……必ず、やり遂げますから」

 カナエさんは微笑んで、それから背を向けて歩き出した。
 これから、村人たちに全てを打ち明けて、船まで来てほしいと訴えるのだろう。
 それは、苦しい告白になるかもしれない。罵倒され、手を上げられるかもしれない。
 それでも彼女は、……ようやく、諦めない道を選べたから。
 それを迷わず、進んでいくだろう……。

「僕たちも、行こう。そうだね……まずは、黄地さんたちに報告しようか。真っ先に行って、船の確認もしてもらいたいし」
「了解です」
「行きましょーっ」

そして僕らも、カナエさんに背を向け、歩き出す。
ようやく同じになった目的を、果たすために。





 黄地家に戻り、僕らはリビングで、カズさんとユメさんに首尾を報告する。

「……なるほど。それは良かったです」

 カナエさんを説得し、船の鍵を手に入れられたことを告げると、カズさんとユメさんはほっと安堵の息を吐いた。

「カナエさんも、きっと悩んでらしたのね……。簡単に許せるわけではないけれど、怒ることも、できそうにないわ」
「……そうだな。怒りをぶつけるとすれば……彼に、ぐらいだが。彼も、周りが見えないほどに焦がれてきたんだろう、大切な人に。まあ……その思いは、非難はできないか」
「好きな人のためにっていう気持ちは、僕も痛いほどに分かります。本当に、苦しみぬいてきたんだろうな、と。……それでも、その選択だけは、その結末だけは止めないといけない。悲劇を繰り返すような最後だけは……いけませんから」

 もしも僕が同じ状況になったら。クウが全てを喪ってしまったら。それを考えただけでも、胸が締め付けられるほどに怖い。悲しい。
 でも、その思いが更なる悲しみを生むことは、あってはならないはずだ。

「ヒカルの言う通りだよ。記憶を辿るったってさ、こんなことまでしちゃ、結局救われないと思う。燃え盛る森の中で、記憶を取り戻してハッピーエンド? なるわけないじゃない」

 辛辣な言葉を述べるクウだが、それはむしろ、彼らに同情しているからこそ、なのだろう。
 だからこそ、そんなやり方では救われないのに、と嘆いているのだ。

「追い詰められて、もうそれしかないと思いこんでしまった彼には、ただ一つの道しか見えていないわけだ。……僕らは、そんな彼に訴えかけるしかない。もっと違う道だって、まだきっと、希望はあるはずなんだと。……たとえ、それが根拠の無い言葉だとしても」
「……はい」

 彼を説得して。計画を終わらせて。
 そして、別の選択肢があるのかといわれれば、僕らは何も提示できないだろう。
 だけど、希望を決して捨てないでいることは、できるはずだから。考え続けることは、できるはずだから。
 ……全てが終わったら、僕らは考え続けよう。
 それが、あの人たちへ、僕らができることだ。

「よし、じゃあカナエさんの手伝いに行こうか。昼までに、必ず全員を集合させるよ」
「はい、行きましょう」

 僕らはカズさんたちに暇を告げると、黄地家を出た。
 そして、近くの民家に、事情の説明をしに向かうのだった。





 正午を少しだけ過ぎたころ。
 僕らは森へ向かう道の前、石碑が立てられているあたりに集合した。

「……これで、全員のはず。先に森へ向かってもらったから、私たちも行きましょうか」

 村の人たちを説得したのは、九割がたカナエさんだ。だけど、それを当たり前だというように、淡々と彼女は報告した。

「分かりました。すぐに向かいましょう」

 コウさんは労うように微笑んで、言う。

「ただ……やっぱり、ではあるんですけど。ワタルくんと、ツバサちゃんは……見つかりませんでした」
「……そうか」

 コウさんには、それは予測していたことだったらしい。

「……二人はカナエさんと、同じ側だったんですよね」
「……まあ、そうなるかな。あの子たちも、全てを知ってなお、ここで過ごしていた。そんな子たちよ」
「あの二人が、かあ……」

 僕とクウにとっては、一番の親友とも言える二人。そんな二人も、演技者でしかなかったという事実は、重い。
 クウが空を見上げて言うのに、僕もつられて空を仰ぐ。

「さあ、出発しよう」

 そして僕たちは、地の檻を模した洞窟へ向かう。
 村の人たちの中でも、この道は初めて通った人が殆どだっただろうな、と思いながら、雑草の茂る細道を上っていく。そして十分ほど歩き続けて、洞窟の大きな入口が見えてきた。
 中に入り、奥の扉を開けて進む。そして、カズヒトさんが囚われていた檻も通り過ぎて、更に奥へ。
 鍵の掛かっていた、冷たい鉄扉の向こうに立ち入ると。
 そこには、……見たことのない、大きな船が泊められていた。

「もうほとんどの人には、船に乗り込んでもらっています。あはは、ここで遊びまわってる子もいるけれど……」

 カナエさんが目を向けた方を見ると、確かに幼い子どもが二人、洞窟の中を走り回っていたりする。
 他にも、船体をしげしげと見つめている村人の姿もあった。

「準備ができたら、すぐに出発はできると思います。……ただ、心配なことがあって」
「それは?」

 カナエさんは、表情を曇らせる。

「黄地さんに確かめてもらったんですけど、やはり十数年前のものだというのがあって。ちゃんと動いてくれるかが、実際にやってみるまで分からないそうです。見た感じでは、壊れているところはないようですけど……」
「ふむ。悩ましいが、動いてくれるのを祈るしかないね。……私に、そういうものを用意できるような財力があればよかったんだけど、生憎私は、あまり良い人生を送ってこれなかったんでね」
「……コウさん……」
「……はは、気にしないでくれ」

 自嘲気味に笑うコウさんに、僕は奇妙な切なさを感じた。
 良い人生を送れなかったという、本物の自分に。

「燃料も、本土までギリギリ持つか持たないかというところ。どこかに予備がないかと思ったんだけど、やっぱりありませんでした。……不安材料はそんなところです」
「分かりました。……いずれにせよ、やるしかないんですがね」
「……まあ、そうですね」

 カナエさんは苦笑する。

「トキコさん、あなたは他の人たちと一緒に、船に乗り込んでおいてください。何かあったら、すぐ出発できるように」
「で、でも……」
「それが、あなたの責任なんですから。お願いします」
「……わ、分かりました」

 カナエさんは頷くと、そうだ、と声を出して、

「コウさんは……これ、持ってますか?」

 ポケットから取り出したのは、小型の機械だった。
 ……そうか、あれが携帯電話というのか。正確にはスマートフォンというらしいが。

「ああ、それくらいなら」

 と言って、コウさんも携帯電話をポケットから取り出す。
 今では全世界的に普及しているようだけど、この閉鎖された村、もとい島では、携帯電話を持っている人などいなかった。それに多分、オリジナルの村が存在したのが、一九八五年だからというのも、最新機器が無い理由にあるのだろう。
 とにかく、僕らにとっては初めて見る、とても珍しい物だ。

「これで、連絡をとることにしましょう。何かあれば、すぐに出発させます」
「それがいいですね。……じゃあ、送ります」

 コウさんはそう言うと、自分の携帯をカナエさんの携帯に近づける。どうやらそれだけで、連絡先の送受信ができるという。
 僕とクウは、その不思議な光景を二人してじいっと見つめていた。
 島を出たら、僕らもこんなことをするようになるのかな。

「じゃあ……私たちは、戻ります」
「……頑張ってくださいね。あの人を、……止めてあげてください」
「ええ、分かってます」
「もっちろんです!」

 カナエさんを不安にしないよう、僕らは明るく、そう答えた。

「……ということです。頑張りますよ」
「……ふふ」

 カナエさんは、村人たちに声をかけ、船の中へ入っていく。
 それを見送ってから、僕らは冷たい鉄の扉を開き、戻っていった。





 もうすぐ洞窟の出口。外への光が見え始める場所。
 そんな場所まで、歩いてきたときだった。

「うわっ!?」
「きゃあっ!」

 突然の爆音と振動が、僕らに襲い掛かった。
 それは、ほんの一瞬のことだったが、あまりの衝撃に、僕とクウは尻餅をついてしまった。

「爆発……!?」

 コウさんは、すぐに外へ向かって走っていく。
 僕らもその後に続いた。
 外へ出た瞬間、まず感じたのは熱気だった。気温のせいだけではない、異様な熱気が肌を刺激する感じだ。
 そして、すぐに景色の異常にも気付く。まだ昼頃だというのに、視界に広がる光景は……赤く染まっていた。

「火だ! 森が……燃え始めてる。やはり、あのときの再現か……しかし、早すぎる」

 コウさんは、苛立ちを隠さずに、声を荒げて言う。確かにまだ、火事が起きるような時間ではない。
 一連の出来事は全て過去に起きたことの繰り返し。なら、火事もまた鴇祭が始まる時刻に起きるはず、なのだが。

「カナエさんが、僕らに味方してくれたから、ですかね……」
「かもしれない。……だが、そんなに早く気づかれるとはね。まあ、あちらもすぐに連絡をとる手段なんかはあったに違いない、か」

 コウさんの言う通り、ワタルさんも携帯を持っていたりするのだろう。ワタルとツバサちゃんが、監視役にでもなっているのかもしれない。

「でも、火が回るの早すぎない? ついさっき爆発音が聞こえたばっかりなのに」
「……クウちゃんの言う通りだ。恐らくだけど、昔よりも周到に、火を起こす装置が仕掛けられていたんだろうね。島の地下に発電装置があったりするみたいだけど……何か関係している可能性はある。どういう仕組みかは分からないけどね……」

 過去に使われた焼夷弾を、更に改良したようなものが、地下に仕込まれていたのかもしれない。島はワタルさんのものと言っても過言ではないのだから、時間をかければ設置すること自体は容易だったのだろう。
 炎に包まれた世界に左見右見していると、突然電話の着信音が鳴った。コウさんがポケットからスマートフォンを取り出す。どうやら携帯の着信音だったらしい。

「……はい。……え? 本当ですか」

 電話はカナエさんからのようだ。しかし、どうも良からぬ内容らしい。

「……いえ、それなら……船を出してください。離れた所で泊めておけるのなら……ええ。無理そうなら……そのまま本土へ向かってください。……はい。お願いします」

 短い会話の後、コウさんは通話を切って、携帯をポケットにしまった。

「……カナエさん、どうしたんですか?」
「どうやら、さっきの爆発でかなり島が揺れたらしくてね。洞窟が……一部崩落したらしい」
「ええ!? だ、大丈夫なんですか?」

 クウの声が裏返る。コウさんは、怪我人はいないと前置きした上で、

「天井部分が崩れて、洞窟の中は今、落ちてきた岩が道を塞いでいる状態らしい。私たちはもう、船のある場所には行けないと考えるしかないだろう。だから、村人たちの安全を考えて、船を出すように言ったんだ」
「……そうですね……崩れそうな洞窟の中に、ずっといるのは危険すぎる。離れた場所で待っててもらうのが……一番いいんでしょうね」
「ああ。ただ、やはりオンボロの船だからね。停泊しておけるかどうかも分からない。もしかしたら、そのまま本土へ向かうことになるかも、しれない」
「そうなると……」
「……応援がくることを祈ろう。カナエさんが呼んでくれるさ」
「……祈ります。精一杯」

 両手を組んで祈る仕草をしながら、真剣な表情でクウは言った。
 ……本人は本当に真剣なのだろうが、その仕草がおかしくて、僕は笑いを堪えきれなかった。
 彼女は、いつも張り詰めた空気を緩和してくれる。

「……よし、もう後戻りはできない。する必要もない。行こう、彼を止めに」
「はい、行きましょう。早く行かなきゃ、この火に飲まれちゃいますからね」
「走れ、走れ!」

 クウの発破で、僕らは小走りで駆け出す。炎に包まれた、幻想的なこの森の中を。
 その先にある、僅かに光る希望へ向かって。
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