愛恋の呪縛

サラ

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第238話

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「だから、待っててよ魁蓮。僕を信じてくれ!
 絶対、お前は幸せを感じるから!」



 満面の笑みで、自信満々に答える日向。
 そんな日向の姿を、魁蓮はじっと見つめていた。



「………………………………」



 先程まで泣いていて落ち込んでいたくせに、どうして彼はこんなにも楽しそうなのだろう。
 恋路の愛を教えるのが、それほど嬉しいのか。
 どうにも違和感のある日向の反応に、魁蓮は内心引っかかっていた。
 こういう時の日向は、ただ純粋な喜びだけではないような気がしたから。



「……はぁ、好きにしろ」



 しかし考えても埒が明かないと思った魁蓮は、少し面倒くさそうにそう言うと、ゆっくりとその場に立ち上がる。
 この様子だと、日向は先程のように泣くこともないだろう。
 ならば魁蓮がここにいる理由も無くなり、魁蓮は再び現世へ向かおうと妖力を込め始めた。
 その時……



「あ、待って魁蓮!次は、いつ帰ってくる?」



 (……………………………………は?)



 何だその質問は、と聞く代わりに、魁蓮は不信感満載の表情を日向に向けた。
 今の質問は、一体どういう意味で聞いたのか。
 帰る日を知りたいから、という理由以外は到底思いつかないであろう質問。
 だが仮にそうだとして、日向がそれを聞く理由は何か。

 そんな魁蓮の心の声が聞こえたのか、日向は少し焦ったような様子を出すも、すぐにいつもの笑みで魁蓮の聞きたいことに答える。



「ほ、ほら!前みたいに毎日会えないだろ?だから、次はいつお前に会えるのかなぁって」

「…………」

「僕、お前に会えるのが楽しみなんだよ。今日だって理由は違うけど、1週間後に帰ってくるはずだったのが早く会えただろう?それに、こんなにいっぱい話せた。だから、すげぇ嬉しかったんだよ」



 日向はコテンっと軽く首を傾げると、少し照れくさそうに笑いながら続ける。





「お前が怪我することなく、無事に帰ってくることが大事なんだからさ。僕はこの城の中で、それを願いながらお前の帰りをいつでも待ってるんだよ。
 それに、ちゃんと「おかえり」って言いたいし」

「っ………………」

「だから、次はいつ帰ってくるか教えてくんね?
 その日は夜更かししてでも、起きてお前の帰りを待ってるよ。今日みたいに、少しくらい話せるように」





 ……………………………。

 日向の言葉に、魁蓮はがした。
 この胸騒ぎ、近頃魁蓮に起きている現象だった。
 落ち着かなくて、熱が籠るような気持ちの悪い感覚。
 何でも知っていて、怖いものなんて無い鬼の王が、唯一脳を使うほど思い悩むこと。
 その出来事には、いつも日向がいた。
 そんな日向の笑顔が、魁蓮は…………。
 



「……………………」



 その時、魁蓮は日向に気づかれないよう、赤い瞳を光らせた。
 そして静かに、日向をじっと視る。
 魁蓮の赤い瞳は、日向をいつも通り炎の色で表すも、魁蓮の求めている答えは表さない。





 (………………チッ………………)





 魁蓮は内心舌打ちをすると、フッと光を消した。
 頭では分かっていたことだが、やはり上手くいかないと気分は悪くなる。
 魁蓮は頭を軽く搔くと、視線を逸らして重たい口を開いた。



「……次は、2週間後だ」

「っ!2週間後か……分かった、じゃあ2週間後の夜は起きてるよ!ちゃんと、無事に帰ってこいよな?」



 またも日向は、満面の笑みを浮かべた。
 魁蓮は、何故か日向の笑みを見ることが耐えられなくなり、分かりやすく眉間に皺を寄せて、妖力を再び込め始める。
 そして、その場からフッと姿を消した。

 1人取り残された日向は真剣な表情になると、その場に立ち上がり、足早に扉へと向かう。



 (2週間後か……早く、司雀に相談しないと……)





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 蓮の湖の空間から出てきた魁蓮は、現世のとある森に来ていた。
 気づけば外は暗くなっており、月が顔を出している時間帯だった。
 魁蓮は現世に戻ってきた途端、近くにあった洞窟の中へ入り、その場に腰を下ろす。



「……………………」



 その時、魁蓮は自分の目を手で覆った。

 魁蓮の特徴の一つとも言える、禍々しい赤い瞳。
 彼の目は特殊な力を宿しており、その力の強さは計り知れない。
 ただでさえ魁蓮は素の力が強いというのに、瞳の力を使われては、たまったもんじゃない。
 相手側からすれば、やってられない馬鹿力だ。
 そんな便利だと思われる瞳だが……今の魁蓮は、その瞳をはじめて、使い物にならないと感じていた。
 その理由が……………………。





「どうして自分の瞳は、相手の種族の判別や弱点を探ることが出来るのに、日向殿の本音を視ることは出来ないのだろうか……と、考えてます?」

「っ……………………」





 一切その考えを口にしてはいないのに、魁蓮の考えていることは言葉として表された。
 そしてその言葉は、目の前から聞こえてくる。
 魁蓮は眉間に皺を寄せて、ゆっくりと顔を上げた。



「……喧しいぞ、楊」



 魁蓮が顔を上げた先にいたのは、どこかニヤニヤといたずらっぽく笑う楊だった。
 楊はすこぶる機嫌が悪い魁蓮など気にせず、翼を軽くバサバサと動かして、少しおどけて続ける。



「日向殿のお気持ちが知りたくなってしまって、視えるはずもない心の声を覗こうとするとは……随分と拗らせてますねぇ、主君?」

「……………………」



 自分のことは一切話さず、本音を語らない魁蓮。
 そんな彼が、自分の気持ちを隠せない理由、それが楊だ。
 全部とは言わないが、楊は魁蓮と妖力が繋がっている影響で、魁蓮が特に強く考える思いを感じ取ることが出来る。
 些細な考えや思いには気づかないが、魁蓮が頭を抱えるほど悩んだり、何か心が大きく揺らぐようなことが起きれば、それは楊にも遠慮なく伝わってしまうのだ。

 つまり、楊が今言っているのは……魁蓮の本音。
 それを魁蓮は1番理解しているからこそ、楊の今の態度がとことん気に食わない。



「相変わらず、タチの悪い奴だ」

「あれ、八つ当たりですか?嫌なら日向殿に素直になればいいだけですよ。簡単でしょう?」

「………………………………煩い」



 楊の言葉に、魁蓮は腕を組んでそっぽを向く。
 まるで子どものような反応だ。
 だが司雀と同じで、ある意味怖いもの知らずな楊は、機嫌がどんどん悪くなる魁蓮に、1歩、また1歩と近づいた。



「主君。本音を語ることは、決して恥ずかしいことではありません。そりゃあ貴方にも自尊心というものがあり、どうしても守り抜きたい自分の姿はあるのでしょうが、隠さない方が良いこともあります」

「……………………」

「それに……あれほど主君の無事を祈り、純粋に主君と向き合ってくれるのは、日向殿くらいですよ。
 ならば主君も、相応の態度をしてあげなければ」



 素直になれ。
 楊はそう言うが、魁蓮からすれば十分すぎるほど素直に接しているつもりだった。
 それに魁蓮は、考えていることを話さないのは昔からであって、今に始まったことではない。
 むしろ、多くを語らなかったことで困ったことはほとんどなかった。
 ならば別に、胸の内に閉じ込めている本音を語る必要は、それほど重要なことではないのだ。
 魁蓮はそれを分かっているからこそ、不必要な己の本音は決して口にしない。

 口には、しないのだが……………………。



「とにかく、もう少し優しさを持って接してみてください。あんなに主君に真正面からぶつかってくれる子なんて、そうそう居ないんですから。だからっ」

「……そんなこと、分かっている」



 楊の軽い説教が始まろうとした途端。
 魁蓮はポツリと独り言を呟くと、その場に立ち上がって、楊を置いて洞窟から抜け出した。



「えっ、ちょっ、主君!?どこへっ」

「来るな。1人にしてくれ」

「1人って……あぁ、もう……」



 楊が呆れていることなど気にせず、魁蓮は洞窟の近くにあった崖へと足を進めた。
 夜の森の崖から見下ろす、花蓮国の景色。
 幾度とこの景色を目に焼き付けて、そして見守ってきた。
 国の象徴とも言える美しい大自然は、花が好きな魁蓮の心さえ簡単に揺さぶってしまう。



「………………………」



 ひんやりと冷たい風が頬を撫で、冬を知らせた。
 まだ明かりが沢山ついている花蓮国の街を見つめながら、魁蓮はその場に腰を下ろした。
 そしてふと、あることを思い出す。



「……天花寺、雅……」



 それは、魁蓮が今まで集めてきた情報の中に何度も出てきた名前。
 初めて聞く割にはどこか懐かしさを感じ、ポツリとその名前を呟けば、胸の奥がザワついた。
 なぜこの名前は、こんなにも自分の頭に残り続けるのか……魁蓮は、ただひたすらにその名前を脳裏に浮かべていた。

 その時…………………。





【お前が怪我することなく、無事に帰ってくることが大事なんだからさ。僕はこの城の中で、それを願いながらお前の帰りをいつでも待ってるんだよ。
 それに、ちゃんと「おかえり」って言いたいし】





 どういう訳か、魁蓮の脳内に突如浮かび上がったのは、先程の日向の言葉だ。
 ずっと頭を埋めつくしていた天花寺雅という名前も、日向の些細な言葉でかき消される。
 魁蓮はその事に少し驚きながらも、片手で顔を覆うと、小さく笑い始めた。



「ハハッ……我は少しくらい、あの小僧のことを忘れることは出来んのか?ククッ、あぁなんと忌々しい……」



 ポツリと呟きながら、魁蓮はゆっくりと後ろに倒れて、草が生い茂る地面に背中を預けた。
 頭の中を埋め尽くす、日向の言葉。
 その言葉を思い出しながら、魁蓮は笑い続け、そして……空を見上げながら、偽りのない本音を零す。





「あの小僧に、我がここまで振り回されるとは……ククッ、満更でもない己が、実に忌々しいなぁ……。
 次は、2週間後か………………

 あぁ、待ち遠しいな…………小僧…………」





 空に浮かぶ、無数の星々。
 その輝きを見つめながら、魁蓮は日向の笑顔を思い浮かべていた。

 自分の心が、激しく揺さぶられていることに気づかないまま……。
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