愛恋の呪縛

サラ

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第229話

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「たっだいまぁ~!」



 あれから志柳の中を駆け抜けていた2人は、とある場所にたどり着いた。
 志柳の中にある建物の中でも、一際大きく、どこか趣のある屋敷。
 ここは、代々志柳の長になった者たちが住む当主の屋敷で、今は龍禅が住んでいる。

 龍禅は誰もいない屋敷に向かって帰還の挨拶をすると、適当に靴を脱いでそそくさと中に入る。



「久々の我が家ー!……って、半年ぶりだとやっぱり埃っぽいところあるなぁ?はぁ、掃除しねぇと」



 誰もいなかったとはいえ、半年も手もつけてこなかった屋敷の中は、少し埃が舞って廃れた空気を纏っている。
 無駄に広い屋敷内は、龍禅が1人で掃除をするには苦労するが、今日は虎珀が客として来ているのだ。
 綺麗な状態で迎えた方が良いと、龍禅はなるべく前向きに考えて掃除に対する面倒臭い気持ちを吹き飛ばす。
 そうして龍禅が屋敷内を見て回った頃……



「何故なんだ、龍禅!」



 屋敷内に響き渡る、落雷のような怒声。
 龍禅はその声に振り返ると、そこには未だ玄関に立ち止まり、歯を食いしばって龍禅を見つめる虎珀の姿があった。
 誰が見てもわかるくらい虎珀の機嫌は悪く見えるが、龍禅はいつも通りの調子で応える。



「んー?どしたー?虎珀ぅ」

「どうしたもこうしたも、何故ここに来た!?」

「何故って、黒神のことが知りたいんだろ?だから来たんだよ。なんてったって黒神の情報は、この屋敷の最奥にっ」

「違う!俺が言っているのはそうじゃない!」



 まるで、先程あった出来事を忘れたような態度の龍禅に、虎珀は再び声を張り上げる。





「何故、俺を疑わなかった!?あれだけ志柳の民が訴えかけていたというのに、お前は1つも聞き入れないどころか、俺を庇った!お前は、自分が何をしたのか分かっているのか!?」





 虎珀の言葉に、龍禅は呆れたように笑いながら、虎珀の元へと近づく。



「俺が何をしたかなんて分かってるよ?虎珀を守った、それだけさ。な~んでそんなに怒ってんの~?」

「守ったんじゃない!あれは、裏切り行為と変わらない!余所者の肩を持つなど、どうかしている!」

「余所者じゃないよ。虎珀は、俺の友達でっ」

「そう思っているのはお前だけだ!なのにお前はっ」

「ちょいちょい、落ち着いて虎珀。
 どうしてそんなに怒ってるのか、教えて?」

「っ…………」



 龍禅の言葉に、虎珀は目を伏せる。

 この半年間、龍禅からほぼ毎日聞かされていた志柳の話。
 毎日なんてうんざりするかもしれないが、虎珀はそんなこと一切思わなかった。
 というのも、龍禅は毎度志柳の話題を出す割には、話す内容は全てバラバラで、そしてどれも濃い内容だった。
 それは、しっかりと志柳を見守っていなければ出来ないこと。
 彼がいかに志柳を、そこに住んでいる民をちゃんと見ていたのか、虎珀は十分すぎるほど知っていた。
 心の底から大事に思っていて、少しでも志柳を傷つけようものならば、龍禅はきっと地獄の果てだろうと追いかけて許すことはないだろう。

 だからこそだった。
 それほどの価値観を持っているにも関わらず、龍禅は帰ってきた瞬間、民を裏切るようなことをした。
 虎珀は、それが一切理解出来なかったのだ。



「確かに、志柳に来たのは俺が頼んだからだ。だが、少しでも危険なことが起きるようなら、俺は別に引き下がっても構わなかった。
 なのにお前は、友達友達と言ってばかりで……時と場合を考えろよ!長なら、民の意見を大事にしろ!」



 どの立場でものを言っているのかと思うかもしれないが、虎珀は至って真剣だった。
 別に、龍禅のことを案じて言っているのでは無い。
 ただ、善悪を何よりも重んじている虎珀は、先程の龍禅の行動が正しいことでは無いことくらい分かっていた。
 なのに龍禅は、正しさよりを優先した。
 そんなの優先したところで良いことはないのに、どうしてそんなことをしたのかと、虎珀は納得していない。



「お前は、あんなことをするべきじゃっ」

「''善と悪には、等しく正義あり。
 且つ、大いなる覚悟あり''」

「……えっ?」

「''見据え、求めるは、他者の言加ことくわや恩恵ではなく信念のみ。
     世間より疎まるとも、己に恥じぬ生き方を。
     恐るるなかれ。されば、己の真の力となりて''」

「……っ?」



 ふと、龍禅が何かを語り出した。
 虎珀が片眉をあげて首を傾げると、龍禅は優しい笑みを浮かべて続ける。



「今のは黒神様の言葉だ。俺、この言葉大好きでさ。

 善と悪は、どちらにも正義がある。同時に、大きな覚悟がある。人々が見据え、そして求めるべきなのは、周りの人の意見や口添え、そして恩恵などではなく、自分の信念だけ。たとえ周りから疎まれることだとしても、己に恥じない生き方をしなさい。恐れることは無い。それはいつか、自分の本当の力になる」

「…………………………」

「俺、この言葉が座右の銘なんだ。
 自分のした事が、世間から見れば賞賛されるようなことじゃなかったとしても、俺は俺のやりたいようにやる。生きたいように生きる。だから……虎珀を守ったのは、俺が君を信じるって決めたから。俺が見てきた虎珀は、そんなやつじゃないから」



 龍禅は虎珀の前で立ち止まると、ニコッと微笑んだ。
 大切な民の声には耳を傾けず、たった一人の友を信じるという情を優先した龍禅。
 民が虎珀に対して放った言葉が世間の声と言うのなら、虎珀を信じた龍禅はきっと、黒神の言葉で表すと……疎まれる存在だろう。
 それでも龍禅は、虎珀を守ることこそが信念だったと、そう言っているのだ。

 大勢いる民より、一人の友の手を取った。
 それが……龍禅なりの正義であり、覚悟だと。



「……馬鹿かよ、お前……」



 虎珀は、手で顔を覆った。
 黒神の言葉をモットーに生きているのならば、龍禅の行動はきっと間違っていない。
 自分が信じたいと思ったものを信じ、世間の声というものを跳ね返した。
 物語の中ならば、きっと勇ましく、かっこいい男だと賞賛されるだろう。

 だがこれは、現実なのだ。
 世の中というものは、そんな甘くは無い。



 (どうしてこうも、こいつは後先を考えない……?)



「虎珀……」



 その時、顔を伏せていた虎珀の頬に、龍禅がそっと手を伸ばす。
 虎珀がその手に導かれるように顔を上げると、龍禅は切なさを含んだ笑みで、虎珀を見つめた。



「さっきはごめんね。ここの妖魔たちが、君の気も知らないで好き放題言って。君を、傷つけてしまった。それなのに……君は優しいね。こういう時でさえ、俺の事を考えてくれているんだろう?」

「っ!別に、そういう訳じゃっ……」

「ふふっ、でもありがとう。そうじゃなかったとしても、俺にはそういうふうに感じるんだ。
 君みたいに優しい子が、鬼の王の仲間なわけない」

「…………………………」

「やっぱり、虎珀は最高だねっ!」



 こういう時、どう反応するのが正解なのだろう。
 虎珀は、龍禅が自分のことを考えてくれているのも、大切だと思ってくれていることも知っている。
 でもきっと、その度合いは想像以上のものだろう。
 虎珀が平気だと思うことでも、龍禅にとっては重要なものだったりするのかもしれない。

 一体龍禅は、虎珀のことをどう思っているのだろうか……。



「さてと!じゃあ、行きますか!」

「……は?」



 虎珀が考え事をしていると、現実に引き戻すかのように、龍禅がパンっと手を叩いた。
 すると龍禅は再び虎珀の手を掴むと、いきなり屋敷の中を駆け抜ける。



「おわっ!ちょっ、龍禅!なにしてっ」

「あははっ!ほらほら早く!
 屋敷の一番奥にある部屋で、黒神様が待ってる!」

「あぁっ!?何馬鹿なこと言ってっ」

「本当だよ!黒神様が、君を待ってるよ!」

「っ……?」



 そう言いながら、2人は屋敷の中を駆け抜ける。
 無駄に大きな屋敷は、2人が走るには十分な広さで、誰の邪魔も受けない。
 そうして走り続けていると、2人は少し薄暗い廊下に足を踏み入れた。
 長く続く廊下を駆け抜けると、重苦しい雰囲気が漂う頑丈な扉が2人を迎える。



「ついたぜ!この先だ!」



 龍禅は、扉を指さした。
 虎珀が息を整えながら扉を見上げると、扉はご丁寧に結界が張られている。
 代々志柳の当主になった者たちが、こうして結界を張ってまで守り抜いているのだ。



「あ、ちょい待ってな?今、結界解くから」



 そう言うと龍禅は虎珀から手を離し、妖力が籠った手のひらを扉に向け、そして触れた。
 直後、扉の結界はスゥっと消えていき、同時に扉が重たい音を立てながら開いていく。



「っ!」



 虎珀がその光景に驚いていると、開いた扉の向こうからは、少しひんやりとした風が吹いてきた。



「どうぞ?虎珀」



 龍禅は虎珀の顔を覗き込んで、中に入るよう促す。
 虎珀は一瞬踏みとどまったが、ゴクリと唾を飲み込んで覚悟を決めると、不思議な雰囲気が漂う室内へと足を踏み入れた。
 ギシ、ギシ、と床の軋む音が鳴り響き、その室内の古さを感じさせる。

 その時…………



 

 ボッ!!!!!





 虎珀の後ろから着いてきていた龍禅が、室内にある全てのロウソクに火をつける。
 そしてようやく、黒神の全てが残されているという部屋が、その姿を現した。



「……っ!」



 重たい扉の向こう側。
 黒神の情報を求めてやってきた虎珀を待っていたのは……天井近くまである大きな本棚に、隙間なく並べられた書物や巻物たち。
 そして、部屋の一番奥にあったのは、黒い剣と……

 何者かの人物が描かれた、屏風だった。





「ようこそ。黒神の全てが記された、歴史の部屋へ」
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