愛恋の呪縛

サラ

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第213話

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 龍禅の提案に、虎珀は思考が停止する。
 言われた言葉が理解出来ず、開いた口が塞がらない。



「……何、言ってんだ」

「え?その言葉の通りだよ。
 俺、しばらく虎珀と一緒にいるって決めたから」

「一緒……って、あぁ!?」



 (ほんとにっ、何言ってんだこいつ!!!!)



 虎珀はギリッと歯を食いしばった。
 この感じ、数年ぶりだろうか。
 突拍子のないことをすることが専売特許とも言うべき、龍禅の自己中行動。
 それが今、発揮されている。
 これは、非常にマズイ。



「却下だ!!」

「えっ?何でよ、もう決めたし」

「知るかボケ!帰れ!」

「だから帰る前に虎珀と一緒にいるってば!!」

「いや、だからっ、一緒にいる必要などないから帰れと言っている!」

「はぁぁ!?俺が決めたことなんだよ!もう決まり!」



 この男はさっきから、いや、違う。
 この男は初めて会った時から、ずっと、ずぅっと何言っているのか分からない。
 何を考えて、何を決めているのか、全く。
 勝手なことばかり言って、相手の返事など待たずに全部決めてしまう。
 挙句その考えを曲げることはせず、無駄に頑固。
 虎珀はそんな龍禅の性格に、もう呆れるしか無かった。



「そもそも何でテメェと一緒にいなきゃならねぇんだ!」

「えっ!?別にいいだろ!せっかくの再会だぜ!?」

「知るか!別に俺は喜んでいない!
 というより、志柳に戻らなければいけないんじゃなかったのか!?長だろ!!」

「あぁ、それは大丈夫。志柳にいるみんなには、しばらく留守にするって言ったから」

「なっ、おまっ……勝手に話進めてんじゃねえよ!」

「勝手じゃないよ~、志柳は俺の場所だもん。つまり、虎珀が志柳に対して何言っても俺の方が上!」

「暴論か!!!!!!!」



 頭が焼き切れそうだった。
 虎珀は昨夜、ほんの少しでも龍禅を認めた自分を殴りたくなる。
 龍禅と関わると、何かと判断を間違えている気がする。
 虎珀が静かに頭を抱えると、龍禅は虎珀の肩に手を置いて、グッと親指を立てた。



「大丈夫だって虎珀!俺、結構強いし?それに……
 虎珀の邪魔はぜってぇしないから!」

「…………………………」



 (居ること自体、くっそ邪魔なんだわ……)



 なんてツッコミを言いかけたが、またも屁理屈か何かで言い返されそうだと思い、虎珀は寸前のところで言葉を飲み込む。
 自分の意見より、面倒事を避けることを優先した。
 とはいえ、初めて会った時に比べれば、彼に少し……ほんっの少しだが心を許していると思う。
 以前の虎珀ならば、この提案を受けた時点で殺し合いに切り出していただろうから。



「はぁ…………もう、好きにしろや」

「っしゃあ!」



 全てに諦めたような声で返事をする虎珀に、龍禅は両手をギュッと握って喜ぶ。
 そんなに嬉しいのだろうか。



「とにかく、俺はここから移動する」

「てことは、俺も移動するってことだよな!」

「……そう、なるな……」

「よっし!早速行こうぜ!」



 龍禅はそう決意を固めると、ヒョイっと軽々と立ち上がって空を見上げる。
 その姿はまるで、今から冒険に出かける勇者のよう。
 対して虎珀は面倒くさそうに、ゆっくり立ち上がった。
 これからのことを考えると、頭痛がする。



「そんで?虎珀は、どこ行くつもりなんだ?」



 龍禅はくるっと首を回す。
 虎珀は龍禅の問いに、顎に手を当てる。
 基本的に、方角を決めるばかりで、具体的な目的地を決めないのが虎珀のやり方。
 だが、今からは龍禅がいる。
 自分の自由がなるべく効くところがいいだろうと思い、虎珀は珍しく真剣に考える。



 (まあとりあえず、妖魔があまりいない場所か?)



 ただでさえ、化け物じみた妖力を抱えた龍禅がいるのだ。
 1人ならまだしも、彼が隣にいれば、必ずどこかで何かに巻き込まれる。
 面倒事が増えるのは、もう覚悟していた。
 虎珀は顔を上げて辺りを見渡すと、人間たちが住んでいる町とは、真反対の方向を指さす。



「こっちに行く」

「ほう?」



 虎珀がその方向を選んだ理由としては、血の気が多い妖魔は、食糧を求めるために人間たちが住む町の近くに居座る傾向がある。
 つまり、人間たちの町の方角へ行けば、恐らく妖魔の数も多い。
 ならば、食糧困難になる可能性はあるが、安全を優先すると妥当な考えだ。
 虎珀は自分に言い聞かせるように頷くと、その場から歩き出す。
 龍禅もそれに続くように歩き出した。



「よっしゃあ!行くぜ!新たなる冒険!」

「何だそれ……馬鹿なこと言うな」

「冒険は冒険だよ!俺、こういうの初めて!」

「あっそ……」



 虎珀は龍禅の言葉に、脱力して答える。
 もう何でもいいから、何も起こらないことを願って。
 その時、龍禅が満面の笑みを浮かべながら、虎珀の前へと回ってきた。
 突然前に出てきた龍禅に、虎珀は足を止める。



「何だよ」

「へへっ。
 これからよろしくな!虎珀!」

「……はいはい」



 これから自分はどうなってしまうのか、そんな心配を胸に、虎珀はため息を吐いた。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 同時刻。
 虎珀たちがいる山の、反対側にある森。
 その森の崖の上から、鬼の王・魁蓮は花蓮国をじっと見下ろしていた。
 雲ひとつない青空、国全体が明るくなっているというのに、魁蓮は木の影の下に立ち尽くして光を浴びない。
 和気あいあいとする国を見渡して、ただ呆然としていた。



「ピィッ」



 その時、立ち尽くす魁蓮の元に、大きな黒い鷲・楊が勢いよく飛んできた。
 楊は器用に木々を避けると、いつものように魁蓮の肩に乗って、羽を畳む。
 楊は素早く羽を整えると、自分の中にある魁蓮の妖力を使って、魁蓮へと声をかける。



「主君……やはり、見つかりませんでした」

「ほう……お前でも、不可能だったか」

「申し訳ございません……」

「構わん。そも、あの場に残っている妖力だけを手がかりに探したところで、見つからんのは薄々分かっていた」



 魁蓮は、楊へと視線を移す。
 そう、魁蓮はずっと、あの地下に残っていた妖力の持ち主……龍禅を、ずっと探しているのだ。
 というのも、探す理由があるわけで。
 魁蓮はニヤリと静かに口角をあげた。



「大方、奴は本来の姿とは異なる姿をしているのだろう。随分と器用に妖力を隠しているものだ」

「となると、厄介ですね」

「逆に言えば、期待はできるなぁ」



 魁蓮は何かを楽しみにしながら、ククッと小さく笑った。
 随分と機嫌が良いなと思いながら、楊は優しい笑みを浮かべる。
 楊は魁蓮と同じように国に視線を落とし、いつもの調子で話し始める。



「相変わらず、この国は美しいですね」

「ふん……どうでもいい」

「もう、そんなこと言って……僕には伝わってるんですからね?結構、気に入っているんでしょう?」

「さあな」

「ふふっ、素直じゃないところも相変わらずです」

「喧しいぞ、楊」



 魁蓮は眉間に皺を寄せて、楊を睨む。
 楊以外の者ならば、殺される恐怖を抱きそうな魁蓮の表情だが、楊は魁蓮が何を考えているのか分かるため、恐怖なんてものは感じない。
 いつも通りだと思いながら、笑って誤魔化す。
 そんな楊の態度を魁蓮も知っているわけで、魁蓮は小さく舌打ちをしながら視線を外す。

 すると楊は、先程の話題を語ろうと話を戻す。



「それにしても、主君がわざわざ探すなんて……随分と珍しいですね」

「あ?」

「探している妖魔のことですよ。余程、地下にいたというその妖魔を気に入ったのですね」

「……いいや、気に入っているのでは無い」

「えっ?では、どうして」



 楊が理由を尋ねると、魁蓮は目を伏せる。





「奴ならば……我をやもしれん」

「っ!?」





 魁蓮の理由に、楊は目を見開いた。
 そう語る魁蓮の目は、驚く程に虚ろだった。
 魁蓮のことをよく知らない者ならば、魁蓮と対等に戦える者がいない退屈から、そういう目をしているのだと勘違いするだろう。
 早く戦いたい、だから早く探し当てたい、と。
 しかし、魁蓮と思考などを多少共有できる楊は、魁蓮のその表情が、その虚ろな目が何を表すのか分かっていた。



「……主君っ……絶対、辞めてくださいよ……」

「何がだ」

「僕を誤魔化そうとしても無駄です。司雀殿にも、あれほど言われたはずです」

「はて、なんの事だがなぁ。我はっ」

「主君っ……お願いですからっ……」

「………………………………」



 楊は震える声でそう呟き、魁蓮の頬へと擦り寄る。
 妖力を通して伝わるのは、楊の魁蓮への思い。
 主君を守りたい、支えたい、そう考える強い気持ちだった。
 しかし、魁蓮はその気持ちが伝わるのに気づきながらも、楊の願いに頷くことは無い。



「……今すぐにとは言わん……だが、備えはいる」

「っ……そんなもの、要らないですって……!だってあなたが、死ぬ必要なんて何もっ」

「必要ではない。そうしなければならんのだ」

「っ……主君っ……僕は、嫌ですっ……。
 主君が死ぬのだけは、絶対嫌ですっ……」



 ふと、楊の中にある考えが流れ込む。
 今の魁蓮が考えている、真っ暗で悲しい思いが。
 その考えが流れ込んできた途端、楊の目から涙があふれる。
 そして、訴えかけるように声を張り上げた。



「嫌っ……主君、そんなこと思わないでください!」

「……思うくらいは勝手だ」

「嫌ですっ!主君、それが本当に理由ならば……僕は、地下に残っていた妖力の張本人を探したくなんてありません!!!」

「………………」



 その時…………………………。





「っ……!」





 楊の脳内に、ある人物が浮かび上がる。
 いや、正確に言えば、魁蓮が思い浮かべている人物が伝わってくるのだ。
 
 美しい花々のような儚さを持ち、綺麗な雪のような白い長髪をなびかせ、澄んだ水の中に満ちる星々のような瞳。
 唯一無二、見とれる程の美しい姿……。

 楊はその姿が誰かを理解すると、涙を流しながら魁蓮を見つめる。
 対して魁蓮は、眉間に皺を寄せて目を伏せていた。
 その表情は、酷く苦しそうで。



「……主君っ……」



 楊からすれば、まるで生き地獄のような苦しさだ。
 表情だけで辛そうな気持ちが伝わってくるのに、楊に限っては魁蓮が何を考えているのかが伝わってくる。
 魁蓮が今何を考え、何を抱えているのか、その全てが妖力を軸に伝ってきて、彼の苦しみを感じさせる。
 こんな苦しい思い、耐えられる気もしない。
 楊の息が少し浅くなってくると、魁蓮はゆっくりと視線を上げ、国を見下ろした。



「……………………」



 影を落とした虚ろな瞳に映るのは、正反対の明るい国。
 人間が笑顔を浮かべながら、今日という日を満喫している風景。
 その風景を見る度、魁蓮はどうしようも無い喪失感と苦しさに襲われた。
 楊に気づかれないよう、拳をギュッと握る。



「……帰るぞ」

「っ……」



 魁蓮はそう言うと、国に背中を向けて歩き出す。
 楊は魁蓮の肩に乗ったまま、口を閉じた。
 草を踏む魁蓮の足音だけが響き、魁蓮と楊の間に気まずい空気が漂う。



「ずっと、考えているんだ」



 ふと、沈黙を破るように魁蓮が口を開いた。
 楊が顔を上げると、魁蓮はいつもの、冷酷な表情のまま語り出す。



「我が未だ生きていることを……は、怒るだろうか、と」

「えっ……」

「死ぬべきは、自分ではなく我だったと……

 は、ずっと……」

「っ………………」



 みやび
 楊にとっては幾度と聞いてきたその単語。
 楊は魁蓮がそれを語る理由を察して、顔が歪む。
 悲しくなる気持ちを押し殺して、魁蓮に優しく寄り添うように声を出した。



「思いませんよ、絶対。あの方がそんな人では無いことは、貴方が1番知っているでしょう?」

「……………………」

「むしろ、生きて欲しいと思っていますよ。
 大丈夫です、恨まれてなんていません」

「……………………」



 だが、楊は分かっていた。
 きっと、何を言っても無駄なのだろう、と。
 だって……





「……雅……どこにいる……」





 でなければ、魁蓮からこんなか細い声、出るはずがないのだから……。
 楊は涙が再び溢れそうになるのを堪え、2人は暗闇の中へと姿を消した。
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