愛恋の呪縛

サラ

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第176話

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 その頃 現世では。





「だ、誰か助けて!!!!!」



 中心街の隣町は、大混乱だった。
 突如現れた異型妖魔の襲撃により、町の人々は夜中にも関わらず飛び起きて、自分の命を守るのに精一杯だ。
 悲鳴が混ざりあい、血は飛び交う。
 まさに悪夢のような状況だった。



「怯むな!行くぞ!!!」



 人々が逃げ回るのに対して、騒ぎを聞きつけた仙人たちは、異型妖魔を倒そうと奮闘している。
 しかし、やはり異型。
 一筋縄では行かないのは当たり前で、それなりに力がある仙人ですら跳ね返していた。
 次々と殺されていく人々に加わって、仙人の死体も次第に増えていく。

 そんな最悪な状況の中、2人はたどり着いた。





「おいっ……まじかよ」




 魁蓮と話をしていた瀧と凪は、目の前に広がる隣町の景色に絶句していた。
 あの最初の大きな音から、そんなに時間は経っていない。
 瀧と凪も、かなり急いできた方だ。
 それなのに、既に被害は隣町の人口の4割にまで及んでいた。
 今の時間で、この規模で、もしこのまま続けば……

 この一夜で、確実に隣町の人々は全員死ぬ。
 その時。



「「っ!!!!!」」



 絶句していた2人の頭上を、1人の影が通り過ぎた。
 動きが早すぎて、あまり姿が見えなかった。
 だが気配と圧からして、通り過ぎたのは異型妖魔。
 つまり、今起きている騒動の主犯だ。
 それが分かった途端、また別の場所から悲鳴が上がった。



「いやぁぁぁぁ!!!!!!」

「殺さないでくれぇぇ!!!」

「誰か助けて!!!」



 悲鳴が、1つ、また1つ、増えていく。
 その度に、どこか血の匂いを強く感じた。



「くそっ……!!!!!」



 このまま立ち止まってしまえば、被害は隣町を超えてしまう。
 人々の悲鳴に耐えられなくなった瀧は、瞬時に霊力を全身に流し込んで、バッと建物の屋根に飛び移る。
 屋根の上に登って分かる、隣町の被害の規模。
 
 そして遠くに見える、大きな体をした化け物。
 異型妖魔だ。



「凪!!東の方角にいる!!行くぞ!!!!」

「うん!!!」



 瀧が指示を出した途端。
 瀧と凪は同時に霊力を高め、剣を引き抜いた。
 直後、2人の霊力が形として現れ始める。
 瀧はバチバチと激しく鳴る、のようなものが。
 凪は強く吹く、のようなものが。
 人々の悲鳴が聞こえなくなるまで神経を集中させ、異型妖魔がいるであろう方角を睨みつける。
 そして……



「「っ!」」



 2人は、同時に駆け出した。
 瀧は閃光や稲妻の如く素早く駆け出して、瀧が通った場所には電気のようなものが残っている。
 対して凪も、瀧と同じ速度で、疾風の如く駆け出した。

 2人が駆け出してから、僅か2秒。
 瀧と凪は、異型妖魔のすぐそばにたどり着いた。



「おいおい、デカすぎんだろ」



 異型妖魔の近くまで来て分かったのだが、異型はかなりのデカブツだった。
 およそ3メートルにまで及ぶ大きな体は、ただそこに居座るだけでも威圧感がある。
 そして間近で感じる、妙な気配。
 異型妖魔の中でも、かなりの曲者だというのは、この時点で瞬時に理解出来た。
 その時、異型妖魔の近くに現れた2人の姿に、人々が顔を上げる。



「あれはっ……!」

「双璧だ!!!」

「双璧様ぁぁ!!!」



 瞬間移動でもしてきたかのように現れた2人に、人々は喜びの眼差しを向けた。
 終わりの見えない悪夢に、一筋の光が差し込んだようだった。

 一方瀧と凪は、異型妖魔に集中した。
 動きが速いせいか、異型妖魔はまだ瀧と凪に気づいていない。
 何かを探すように、キョロキョロと辺りを見渡している。
 完全に隙だらけの状態。



 ((行けるっ…………!!!!!!))



 瀧と凪の考えが交差する。
 この瞬間、この絶好の機会、逃したら終わりだ。

 引き抜いていた剣に力を込めていき、討ち取るつもりで立ち向かう。
 そして2人はほぼ同時に、異型妖魔へと剣を振り下ろした。
 圧倒的な速度と強い霊力、瀧の雷と凪の風。
 その2つが、異型妖魔へと向かっていく。
 そして2人の剣が、異型妖魔の胴体と首それぞれに切り刻まれようとした……直後。





「ア゛ッ…………」





 ふと、異型妖魔から野太い声がした。
 いくつもの声が重なり合って聞こえてくるような、少し気持ち悪い感じ。
 その時。





 ギィィィィン!!!!!!!!!!!





 2つの甲高い音が、隣町に鳴り響く。
 それは剣と剣がぶつかる音……だったのだが。



「……はっ……?」

「な、何でっ……」



 2人が振り下ろした剣は、異型妖魔が出した剣によって止められた。
 これだけなら、攻撃を止められただけのため何ら気にする事はない。
 戦いの中で、攻撃を止められることは普通にある。
 今の状況もそれと同じだけ。
 だが、気にするべきはそこでは無い。

 問題なのは、その異型妖魔が出した剣だった。



「何で、テメェが持ってんだよ……その剣っ……!!」



 異型妖魔の両腕は、剣に変化した。
 その変化させた剣で、異型妖魔は瀧と凪の剣を受け止めている。
 まさに異型のような戦い方だった。
 そしてその変化させた剣が……

 何故か、仙人だけが持つ特別な剣だった。



「おいテメェ!その剣は、俺たち仙人しか扱えないもんだぞ!!その剣を使えるって、どういうことだ!?」



 瀧は、異型妖魔に叫んだ。
 この異型妖魔の戦い方、正直仙人が見たら驚く展開なのだ。
 仙人が使う特別な剣は、霊力がなければ扱えない。
 つまり、相対する妖力を持つ妖魔が扱えば、普通は死に至る危険な行動だ。
 だというのにこの異型妖魔は、扱うどころか腕を変化させて、まるで自分の体の一部のようにしている。
 そして瀧と凪の攻撃を止めている剣は、それぞれ違う仙人の剣だった。
 つまり、異型妖魔は2本も扱っているということになる。



 (……あれっ……?)



 その時、凪はあることに気づいた。
 2本の仙人の剣へと変化した、異型妖魔の腕。
 凪は何故か、その剣に見覚えがあった。
 腕に力は入れたまま、異型妖魔の剣をじっと見つめる。

 そして、凪は気づいた。



「待って、その剣って……
 行方不明になった弟子たちの剣じゃないかっ……」

「っ!!!!!!!」



 凪の声に、瀧は目を見開く。
 その言葉は、まさに悪夢だった。

 ここ最近、仙人たちにはある事件が起きていた。
 それは、少し遠い任務へと向かった仙人が、次々と消息を絶っていることだった。
 もちろん、無事に帰ってきた仙人もいる。
 だが、遠い場所の任務へ向かった仙人の半分近くは、何の伝達も無く姿を消していたのだ。
 妖魔を倒す本来の目的と同様に、仙人たちは行方不明になった仲間の捜索も進めていた。
 凪は、その行方不明になった仙人の顔と名前と所有する剣、その全てを情報として覚えていた。

 だから分かったのだ。
 異型妖魔が腕を変化させて出した剣が、行方不明になっている仙人の剣だということを。
 それが分かった途端、嫌な予感がした。



「何をしたっ……弟子たちに何をしたっ!?!?」



 凪は、異型妖魔にそう叫んだ。
 考えたくはなかった、何があったかなんて。
 行方不明になったとはいえ、まだどこかでのだと、ずっと信じてきた。
 何かしら事件に巻き込まれただけで、ちゃんと無事なのだと。
 そう、何度も自分に言い聞かせてきた。

 言い聞かせるしか、無かったのだ。



「どれだけ探しても、行方不明になった仙人は見つからないっ……手がかりも無いっ……それなのに、なぜお前がその剣を持っている!?
 私たちの仲間を、どこへやった!?!?!?!?」



 その時。



「っ!!」



 突如、異型妖魔は瀧と凪の剣を、思い切り弾き返した。
 直後。



「あ゛っ!!!!!!」



 何を考えたのか、異型妖魔は剣を弾き返した瞬間、瀧の腹部に重い蹴りを入れて、瀧を地面へと叩きつける。
 対して凪は、弾き返された影響で、僅かに体がふらついた。
 するとそれに気づいた異型妖魔が、狙いを凪に定めた。
 反対側にいる瀧には目もくれず、ただ凪を殺すことだけに集中して。
 そして自分から狙いが逸れたと理解した途端、瀧は嫌な予感がした。



「凪ぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!」

「っ……!!」



 瀧の声に、凪はハッと顔を上げた。
 だが、その時には遅かった。
 凪に集中した異型妖魔の剣は、既に凪へと振り下ろされようとしていた。
 凪は体勢を整えようと足に力を入れるが、整えたところで斬られて終いだ。
 瀧も助けに行こうとしたが、かなり深くまで蹴りが入ったのか、ガクッと力が一瞬抜ける。



 (くそっ、くそっ……!!!!!!!!!!)



 しかし、万が一瀧が動けたとしても、異型妖魔の動きの速さを見れば、間に合わないのは確定だった。
 そして、仙人の剣へと変化した異型妖魔の腕が、素早く凪へと振り下ろされる。



 (まずいっ……!!!!!!!!!)



 気づけば、剣は顔面のすぐ目の前に………………。

 その時だった。





 キィィィン!!!!!!!!!!!





 また、甲高い音が響いた。
 だが今度は、剣同士がぶつかる音では無い。
 何か固いものが、剣を受け止めたような音。
 思わず凪は目を閉じてしまい、何が起きたのかが理解できない。
 そして何故か、何も痛みを感じなかった。
 もしや、自分は斬られていないのか。
 そう考えていると……





「手を出すな、異型」

「っ……!!!!!!」





 凪の目の前から聞こえた低い声。
 それは、先程まで交わしていた会話の声だった。
 少し恐怖を感じる、あの低い声。
 凪はハッとして顔を上げた。
 するとそこには……



「お、鬼の王っ……!!!!」



 凪に背中を向けて立つ、魁蓮がいた。
 魁蓮は異型妖魔が振り下ろした剣を、足元の黒い影から顔を出す「ジア」の鎖で受け止めていた。
 その間、影はゆっくりと異型の足元に広がる。
 ただ静かに、ゆっくりと……。



「ピィ!」

「っ……?」



 その時、腹部の痛みに耐えていた瀧の元に、楊が飛んできた。
 楊は瀧の状況を飛びながら確認すると、瀧の前へと降り立つ。
 見たところ、まだ怪我はしていなかった。
 楊はそれが分かると、全身に力を込めていき、じわじわと体を大きくさせた。
 そして、楊の体は人が2人乗れるくらいにまで大きくなる。



「はっ、はぁっ!?コイツ、ただの鷲じゃねえの!?」



 自分より大きくなった楊に、瀧は驚く。
 そんな瀧の反応など気にも留めず、楊は瀧に背中を向けて異型妖魔を睨みつけた。
 漂う異様な気配と、異なる2本の仙人の剣。
 誰が見ても、それが異常な光景だと分かる。



『主君……』

「あぁ、分かっている。
 可能であれば、生け捕りにしてやろう」
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