愛恋の呪縛

サラ

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第114話

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 黄泉が誕生し、魁蓮が鬼の王という異名で呼ばれ始めた頃から、今の生活は続いていた。
 今まで何事もなく、この黄泉で、あの城で、確かに皆で暮らしていた。
 ご飯も食べて、鍛錬もして、静かな夜の中で眠りについて。
 本来持つはずのない仲間意識を超えて、家族という形を成していたはずだった。
 それはきっと、魁蓮も感じていたこと。
 だから、ずっとこの生活が続くのだと、心のどこかでは思っていた。
 答えなんてないけれど、今ある生活に、司雀はこの上なく満足していた。



 ''1人にしない、そばにいる''



 胸に刻んだ、決意。
 司雀はその決意だけを抱え、魁蓮に仕えてきた。
 歪だが、他の肆魔とも家族のような生活を、送れていたはずたった。
 
 でも、そんな曖昧な幸せの日々を壊した知らせが、全ての境界線を超えて届いてきた。



【鬼の王が、封印されたぞ!】



 何の前触れもなく、黄泉にまで届いた知らせだった。
 初めは信じなかった、疑っていた。
 だって、彼が負けるはずがない、誰もがそう信じていたから。
 当然、龍牙たちだって魁蓮が封印されたなんて信じていなかった。
 でも……。



 (……いないっ……感じないっ……)



 分かってしまった。
 フッとこの世から、王の気配が無くなったことに。
 どこかに外出したとか、遠くに行ったとかでは無い。
 本当に、泡のように消えてしまったのだ。
 妖力を使って探した、探し続けた。
 でも……何も、見つからなかった。

 そして現世に顔を出せば、鬼の王が封印されたことに、人間たちが喜んでいた。
 司雀たちにとっては大切な存在でも、人間からすれば、1番滅ぼしたい存在。
 だから、喜びなんてものは当たり前に表れる。



【鬼の王がいなくなったんだ!】

【最後に笑うのは、人間様だ!】

【もう妖魔なんて、怖がる必要は無い!】


''鬼の王 封印 万歳!!!!!!!!''



 これこそ、人間と妖魔の在り方なのだと、改めて現実を叩きつけられた気がした。
 元より、関係性が良くなるなど思ったことは無い。
 でも、何か、時代を渡ると同時に、変わるのではという期待があったのが本音だ。
 心のどこかで、魁蓮がこの世に誕生してから、変化が起きるのだと。

 でも、結局はこの有り様。
 やるせない思いが募って、張り裂けそうだった。
 





【なんで魁蓮いないの!?ねぇ司雀!魁蓮はどこ!!
 早く連れてきて!!】

【なんでっ、なんで……魁蓮を返してよぉ……!
 やだあああああ!!!!!!!!!!】





 未だに蘇る、悲痛な声を上げる龍牙の姿。
 思えば、龍牙は誰よりも悲しんでいた。
 親のように見ていたのだ、当然だ。
 助けてあげたいと思っても、彼が望んでいるのは、魁蓮だから。
 自分が何かをしてあげられる訳では無い。
 助けようと手を差し伸べても、龍牙がその手を取ることは無かった。
 何より、魁蓮を求めていたのは……皆、同じだった。

 それからは、悪夢のような日々だった。
 封印されていたのは、約1000年。
 でも、実際には、その何十倍もの年月を感じた……。

























「貴方が居ない黄泉は、冬の夜のように冷たく、暗いものでした。どこへ行っても真っ暗で、絶望の底に落ちたように、動くことさえできなかった」

「………………」

「特に龍牙は、毎日毎日探していました。その時から言っていたのです。貴方を封印した人物を、自分の手で殺すのだ、と……」



 物騒なことを言っていたが、司雀は止めようとしなかった。
 だって、敵討ちと考えれば、司雀たちも賛同するものだから。
 争いになろうと、受け止めるつもりだった。



「我々にとって、貴方は必要な存在。でもどうすることも出来なかった。だから待ち続け、多くの考えも巡らせました」

「………………」

「結局、貴方は日向様によって復活した。
 私たちからすれば、日向様は恩人なのです。そういう意味でも我々肆魔は、彼に恩返しがしたい、守りたいと考えています。だから殺すことを否定している。
 そして何より、彼は貴方のっ……」



 そこまで言いかけて、司雀は口を閉じた。
 今はまだ、言わなくていいことだった。
 でも、ある程度言いたいことは言えた。
 尋ねたいことも、尋ねた。
 あとは、魁蓮の返答を待つだけ……。





「くだらん話は終いか、司雀」

「……えっ……」





 だから、まさかこんな返答がくるなんて、流石の司雀も考えていなかった。
 この隔離した空間なら、話してくれると。
 どこかで、変な期待をしていたのだ。

 でも、司雀といえど、魁蓮の機嫌や気持ちまで分かるわけが無かったのだ。



「戯言を話す気は無い、さっさと結界を解け」

「っ…………………………」



 どこかで、期待していた……のに。
 無駄だった。

 新たな疑問が、1つ、また1つと増えていく。
 どうして。
 どうしてそんなことを?と。



「我の過去など、どうでもいい。過ぎたことを振り返って何になる。そしてお前は、またもや小僧のことを語ったな。まるで、小僧に対し期待でも向けているかのように……」

「そ、それはっ」

「司雀。小僧に何か期待を寄せているのであれば、それは無意味な考えだ。諦めろ。所詮は人間だ」

「っ……!」

「故に我も、小僧を殺したところで何も感じぬわ。苦しむことも無く、記憶から抹消している。
 誰がどう言おうと、小僧はいずれ、我が殺す」



 少しは、伝わるものだと思っていた。
 でもそれは、単なる自惚れだったのだろうか。
 自分の言葉ならば、聞き入れてくれると、無意識のうちに考えていたのだろうか。
 結局、魁蓮からすれば、肆魔はその程度のもの。
 家族でも仲間でも無い、ただ同じ場所に住まうだけの妖魔。
 その程度の認識に過ぎないのか。

 長年同じ時を共にしているなんて、魁蓮にとってはどうでもいいことで、過去に何があったのかもわざわざ話すようなことでもない、と。
 相手が誰であろうと、語ることは決してない。
 それが、魁蓮だ。



「話は終いだ、行くぞ」



 そう言うと魁蓮は、背中を向けた。
 そして、結界が解かれるのを待っている。
 でも、司雀は諦められなかった。
 ふつふつと、気持ちが込みあがってくる。
 このまま話が終われば、また。

 また、何も分からず時間が過ぎて行く気がした。


















【司雀、あなたなら出来る。信じてるわっ……。
 
 のこと、お願いね……】


















 脳裏を過ぎった、
 司雀にとって、大切な声。
 もう、どうなっても構わない。



「司雀、何をしてっ」





 カァンッ!





 2人がいる結界内で、甲高い音が鳴り響いた。
 魁蓮がその音に振り返ると、魁蓮はニヤリと口角を上げた。



「……珍しいな、お前が力を使うのは。
 そうまでして、小僧は殺されたくないか?」



 振り返った先では、杖を斜めで両手に持ち、どこから現れたのか分からないが、司雀の前でひとりでに浮いていた。
 そして感じる、司雀がゆっくりと力を込める気配。
 魁蓮は司雀を見つめ、行動を伺う。
 すると、司雀は覚悟を決めた表情を浮かべた。



「私は……を守る義務があります。だから日向様を殺すことも、それを殺すのが貴方なのも、許されることではない。それも含めて、私の務め……。
 戯言などでは無い、くだらない話でも無い。
 全ては……貴方と、のためなのです」



 司雀の力が強くなると、浮いていた本がバラバラと開いた。
 決意を固めた表情を浮かべながら、司雀は再び1粒の涙を流す。
 その光景に、魁蓮は小さく笑みをこぼす。



「ククッ……意味がわからんな。
 いや……お前は昔から、何一つ分からん男だった」



 魁蓮は、妖力を込めた。
 強い結界内、2つの妖力が混ざり、そしてぶつかる。

 妖魔の世界では、こんな噂がある。
 鬼の王 魁蓮は、多くの噂や謎を持つ故に、何が真実なのか分からない、謎多き存在。
 対して、その王の傍にいる妖魔 司雀は、無の男。
 噂もなければ、生い立ちも明かされていない。
 使う力は、戦うものではなく守るものばかり。
 司雀は、魁蓮とは逆で何一つ情報が無い男だった。
 何より不思議なのは、妖魔らしくない性格と、底なしの知識。
 そして妖魔では唯一と言っていいほど、人間に危害を加えたことがない、紛れもない善良な妖魔だった。
 
 そんな中囁かれる、ある1つの疑問があった。




''司雀の正体は、本当は妖魔では無いんじゃないか''と。



 その疑問は、妖魔の世界で一気に広がった。
 古い知識、古い力、人間が住まう花蓮国にも詳しく、争いを好まない。
 その影響で、魁蓮の鬼の王の異名が轟くと同時に、司雀が影で囁かれるようになったのは……



 『花蓮国の最古の存在』



 失われている花蓮国の歴史は……
 恐らく、彼が握っているのではないか、と。
 そして鬼の王に仕え続ける理由は…………

 魁蓮が、何かしら花蓮国と関係があるから、と。
 全ては……司雀しか知らない。



「この結界内では、何を話しても外には聞こえぬ。であれば、利用させてもらうとしよう。
 司雀。お前の願いとやらは何だ?
 小僧を通して、何の未来を望む?」



 魁蓮が、興味を持ってくれている。
 そのことが分かり、司雀はふぅっと息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。
 本音で語り合うことは、ずっと避けてきた。
 でも……彼には言える。



に奪われた幸せを、全て取り戻す。
 それが願いであり、私の使命です」



 初めて言った本音。
 その言葉を皮切りに、衣の下に隠された司雀の首飾りが、密かに淡い光を帯びていた。
 今の司雀を一言で表すならば……神々しい光そのものだ。
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