愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
上 下
100 / 269

第99話

しおりを挟む
 日向の件から数日後。
 体に異常は無かったものの、念の為にと、日向は過度な運動を抑えていた。
 肆魔の支えもあり、この数日間、特に目立った変化も無かった。
 そして、魁蓮もこの数日間は、ずっと城に居てくれた。

 そんなある日の朝……。



















夏市なついち?」



 朝餉を食べ終え、食器洗いの手伝いをしていた日向は、司雀の提案に顔を上げた。
 司雀はニコッと笑みを浮かべると、言葉を続ける。



「黄泉の城下町では、春市、夏市、秋市、冬市と、四季によって特別な市場が設けられるんです。簡単に言えば、お祭りに近い感じでしょうか。
 今日は夏市が開催される日なので、よければご一緒しませんか?龍牙たちも誘って」

「市場か!なんか楽しそう!行きたい!」



 お祭り。
 この言葉は、大体の人が喜ぶものだろう。
 当然、日向もそのうちの一人だ。
 お祭り、特に夏場のお祭りなど、醍醐味ではないか。



「では、皆さんにもお声がけしてもらってよろしいですか?恐らく、部屋にいますので」



 すると司雀は、1枚の紙を日向に渡す。
 紙には、この城の構図のようなものが書かれていた。
 司雀の手書きだろうか、とても分かりやすい。
 改めて紙で確認すると、この城が大きいことが分かる。



「日向様は、皆さんの部屋は初めてですよね?よければ、この構図をお渡ししますので、必要な時に使ってみてください」

「わぁ!ありがとう!たまに迷ってたから助かる!
 ほんじゃっ、ちょっと行ってくる!」

「はい、お願いしますね」



 日向は紙を受け取ると、そのまま食堂を後にした。
 
 この黄泉の城は、5階建ての大きな城。
 日本城で表すならば、本丸と二の丸のように、上段と下段が連なった構造となっていて、下段にある水堀が城を取り囲んでいる。
 基本的に、日向は城の中で過ごすことが多いため、城の外の構造については詳しくはなかった。
 紙で確認すると、下段は日向が使っている庭よりも、広い庭が広がっている。
 特に目立ったようなものは置かれていない。
 建物などは、ほとんど上段に建てられていて、町からすれば完全な孤立状態とも言えるだろう。



「でっけぇなぁ、ここ」



 仙人の拠点である「樹」も、それなりには大きな屋敷だった。
 だが、やはり鬼の王が住む城だからか、その圧倒的な大きさには驚かされる。
 ここまで大きな城だと言うのに、住んでいるのは魁蓮と肆魔と日向だけ。
 勿体ないと言えば勿体ないのではないだろうか。



「えっと、とりあえず……まずは龍牙たちかな」



 日向は司雀に貰った紙に視線を落とし、全員の部屋の場所を確認する。
 1階には、客人を招く大広間と広い庭。
 2階には、食堂や修練場へと向かう長い廊下に大浴場など、全員が共有するような部屋が集中している。
 3階には、肆魔のそれぞれの自室が集中していた。
 4階には、日向の部屋が端にあり、少し離れた場所には日向専用の浴場がある。
 聞く話によれば、なるべく魁蓮に近い場所に居れるようにと、日向だけ4階になったらしい。
 そして5階に、魁蓮の部屋があった。

 すると日向は、あることに気づく。



 (あれ……あの場所がない)



 気づいたのは、魁蓮が作ったという蓮の湖の場所。
 その空間が、紙には書かれていなかった。
 日向の記憶では、あの湖の空間は庭の反対側にある。
 つまり、1階の1番奥。
 そもそも、誰1人としてあの空間のことを話している者がいない。



 (もしかして、知らないのか……?)



 ありえない話では無い。
 あの空間は、魁蓮が作った幻想的な空間。
 日向は魁蓮の力が備わっているため、問題なく行き来できている。
 だが、肆魔があの空間に入ればどうなるだろう。
 恐らく、無事では済まないはずだ。



「アイツ、秘密主義っぽいしな……」



 長年共にしている司雀でも、魁蓮については5割も知っているのか怪しいところだ。
 むしろ、なぜ魁蓮はあんなにも自分のことを語りたがらないのだろう。
 肆魔のことを、仲間だと思っていないのか……。







「……ここか?」






 考え事をしながらたどり着いたのは、龍牙の部屋。
 外側は、他とはあまり変わったところはないが、ここで合っているのだろうか。
 日向は緊張しながらも、部屋の中へと声をかける。



「りゅ、龍牙ー?」



 直後。
 何やら部屋の中から、ドタドタと走る音が近づいてきた。
 もう姿を見なくても、その足音が誰なのか理解出来る。
 日向はその音に気づいて、苦笑いを浮かべた。
 すると、ピシャンっと大きな音をたてて、扉が開かれた。



「ひ、日向ぁぁぁ!!!!!!」



 部屋の中から出てきたのは、目を輝かせる龍牙。
 日向が部屋に来てくれたことが嬉しくて、心の底から喜んでいる。
 考えてみれば、なぜ日向は今まで訪ねようとしなかったのだろうか。



「龍牙、今平気?」

「ぜんっぜん平気!!!!!!」

「ははっ。実はさ、司雀がみんなで夏市に行こうって提案しててさ。一緒に行かね?」

「夏市?……あ、そっか。久しぶりすぎて忘れてた。
 日向が行くなら、もちろん行く!」



 龍牙は拳をドンッと胸に当てて、自信満々に言う。
 そもそも、龍牙が断るとは思っていなかった日向は、予想通りの反応に笑みを零す。
 何より、お祭りのようなものならば、嫌がる人はあまりいないのではないだろうか。

 とりあえず、1人目は確保出来た。



「ほんじゃ次は……虎珀だな」

「俺も行っていい?」

「おう!むしろ、龍牙に道案内してもらおうかなって思ってたからさ」

「まっかせとけ!と言っても、虎の部屋はすぐ近くだけどな」



 龍牙は部屋から出てくると、扉を閉めて日向と廊下を歩きだした。
 余程日向が来てくれたのが嬉しかったのか、龍牙は鼻歌を歌いながら歩いている。
 そんな姿に、日向はクスッと吹き出した。
 その時、ふと日向はあることが気になり出す。



「そういや、龍牙と虎珀って仲がいいの?」

「え?なんで?」



 突然する質問では無いのだろうが、ずっと気になっていたのは事実だった。
 初めて黄泉に来た時から感じていた、少しの疑問。
 印象としては、仲が悪いというのが第1だったのだが、よく見ればそうでも無い関係性。
 しっかりとした答えが見えない龍牙と虎珀の、二人の関係性が、日向はどうしても気になってしまった。




「だって、虎珀はいつも龍牙のこと気にしてるし、龍牙は虎珀のこと「虎」って愛称みたいに呼んでるし。
 虎珀は、龍牙のこと弟みたいに扱ってるよね?」



 そう、あれを簡単な言葉で表すならば、弟の面倒を見ている兄というべきか。
 弟っぽい一面がある龍牙と、龍牙の尻拭いや手助けをよくしている虎珀。
 むしろ、兄弟と言われた方がしっくりくる。
 でも実際、2人は兄弟ではないのだろう。

 その時、そんな日向の考えを読んでいたかのような答えが、龍牙の口から放たれた。



「あー、まあ実際弟だからな」

「…………え?」



 龍牙の言葉に、日向は足が止まる。
 確かに兄弟みたいだとは思っていたが、冗談のつもりだった。
 妖魔に限って、兄弟など存在するのかも分からない。
 そんな中での龍牙の発言。
 当然、日向はそのままの意味で受け取ってしまう。
 すると、そんな日向の反応に気づいたのか、龍牙はニコッと笑った。



「あっはは!違う違う!俺と虎が兄弟なんじゃなくって、俺が弟って立場だからってこと!」

「……え?どういうこと?」



 その時、龍牙は元気な笑顔を浮かべて口を開いた。



「俺……がいたんだ~」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...