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第28話
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日向が龍牙の胸元に手を置いた瞬間、龍牙は淡い光に包まれた。
この光は、日向が全快の力を使っている証。
突然のことに、龍牙も近くにいた虎珀も驚いている。
「おいっ、テメェ……何してっ」
「動かないで!じっとして!!!」
「なんだとっ……いいから、離せっ」
「嫌だ!!!お願いだから黙ってろ!!!!!」
「っ……!」
日向の怒鳴り声に、龍牙は言葉が詰まる。
日向は目を閉じて集中し、今までの中で1番力を振り絞った。
龍牙を包む淡い光が大きくなると、血だらけだった龍牙の傷がどんどん癒えていく。
「「っ!!!!!!!」」
神秘的な現象に、龍牙と虎珀は言葉を失った。
日向は歯を食いしばり、持ち得る力全てを使う勢いで、龍牙の怪我を治していく。
日向の頭は、ただ龍牙を治したい気持ちでいっぱいだった。
今まで、何度も避けられてきた怪我の治療。
もう、放っておくことは出来なかった。
「絶対、助けるっ……!!!!!!」
その気持ちに比例して、龍牙の怪我はどんどん治っていき、遂に龍牙の体を埋めつくしていた傷は全て消えた。
出血も無くなり、ずっと放置していた足の怪我も、嘘のように治っている。
全ての傷が治ると、龍牙を包んでいた淡い光は静かに消え、日向も龍牙から手を離す。
龍牙の傷が無くなったのが分かると、日向は緊張の糸が切れた。
「よ、良かった……妖魔にも、僕の力効くんだっ……」
(効かなかったらどうしようかと思ったぁ……!)
日向は、人間相手にしか力を使ったことがなかったため、内心ずっと心配していた。
自分の力のことは、日向も分かっていないことが多いため、新たな発見に安堵する。
だが、それとは裏腹に怪我を治された龍牙は焦っていた。
龍牙は慌てて起き上がり、日向の肩を掴む。
「おい!」
「えっ!?」
「お前、何した!?今の、何なんだよ!」
「え?何って、僕の力……………………あっ」
日向はそこで自覚した。
この力を容易に使ってはいけないこと。
この力を知っているのは、黄泉の中では魁蓮だけ。
そして魁蓮は、日向の力のことを彼らには伝えていない。
その全てを、前触れもなくさらけ出してしまった。
日向は自分の失態に、目眩がする。
(これ、バレてよかったんかなぁ……ハハハッ……)
バレたら殺されるのだろうか。
そんな心配が脳裏を過って、気が遠くなる。
対して、何も答えてくれない日向に、龍牙は怒りが募る。
何をされたのか分からない、ずっと感じていた怪我の痛みも消え、元通りになっていた。
普通に考えれば、怪奇現象と変わらない。
何より不満だったのは、人間になにかをされたということ。
「お前、何勝手なことしてんだよ!俺に何をした!?」
「っ……」
その時、日向は龍牙の言葉にピクっと反応する。
プツンと、何かの糸が切れたような気がした。
眉をギュッと顰めて、自分の肩を掴む龍牙の手を思い切り振り払うと、日向は強引にバシッと龍牙の両頬を掴む。
いきなり頬を捕まれ、龍牙は目を見開いた。
「いってぇ!テメェ!なにしてっ」
「あのさぁ!?」
「っ!」
日向は龍牙の言葉を遮ると、日向はグイッと龍牙の顔を引き寄せて、間近な距離で龍牙を睨みつける。
そして、溢れんばかりの不満を言葉に乗せた。
「お前、いい加減にしろっての!どれだけ心配したと思ってんだよ!だいたい、あんな傷ほったらかすって馬鹿なわけ!?なんで我慢なんかすんだよ!怪我をしたら治す!当たり前のことだろうが!」
「はっ……?」
「しかも、弱者とか弱っちぃとかボカスカ言いやがって!そりゃ僕は弱いよ!戦ったことねぇし!でも、だからといって心配しちゃ駄目な理由じゃないでしょーが!」
「ちょっ……」
「お前が人間嫌いなことは分かってる!僕に話しかけられるのも、心配されるのも嫌だってことも分かってる!だけど!怪我をしているのが妖魔だとしても、それを放っておけるほど僕は冷めた人間じゃない!」
「っ…………」
「何考えてたか知らんけど、怪我してんの隠してんじゃねえよ!何かあってからじゃ遅い!
僕のこの力は、死んでしまったら意味ないんだよ!!」
そう叫ぶ日向の目には、涙が溢れていた。
弱い、弱者、戦えない。
それは自分が1番分かっていること、だからこそ悔しい思いを何度もしてきた。
なんでも治せる万能な日向の力でも、死者には効かない。
生きているうちでしか、助けることが出来ない。
そのせいで、今まで助けられなかった命も沢山ある。
「お前は強いよ、本当に。でも、そのせいで何もかも我慢しているように見える……怪我をするのは、弱いやつの証だって言っているようで……
そんな事ない……強い人だって、怪我くらいするだろ……」
「……………………」
「お前らみたいな強い奴には分からねぇかもしんねぇけど、何も戦えない弱い僕らは、いつも怖いんだ。強い人は……何もかも我慢して、弱い面を見せてくれないから。知らないところで死ぬんじゃないかって」
日向は、瀧と凪を思い出していた。
現代最強の仙人である2人は、仙人にも民にも期待を寄せられている。
でもその裏で、彼らにしか分からない苦しみがあることを、日向は知っていた。
強者ゆえの孤独、それを陰から感じていた。
龍牙も同じ、強くあろうとするあまり、1人で抱え込もうとする。
そんな姿が、瀧と凪と重なってしまった。
「弱いとこくらい、あったっていいだろ。戦って怪我するのは、頑張った証であって弱い証じゃない!強い人は弱いところを見せちゃいけないなんて、誰が言ったんだよ!お前の周りには、頼れる仲間がいるんだから!1人で抱え込もうとすんな!
お前が妖魔でも、僕は自分を助けてくれた人には死んで欲しくない!」
「っ……」
「だからっ……」
日向は龍牙から手を離すと、真っ直ぐに龍牙を見つめた。
そして、精一杯の優しい笑みを浮かべる。
「ありがとう、助けてくれて」
「っ!」
「お前のおかげで、虎珀も僕も、ここにいるみんなも死なずに済んだんだよ。だから、ありがとう」
人間と妖魔。
この2つは、決して対等に生きることは出来ない。
この先の時代も、きっと拮抗し合う。
その未来があるとしても、ひとつひとつがそうとは限らないだろう。
龍牙は、日向を嫌っていながらも守ってくれた。
怪我はないかと気遣ってくれた。
町のみんなを守るため、司雀に結界を張れと指示を出した。
彼自身がどう考えているかは分からないが、彼のおかげで皆が救われた。
その勇姿に、日向は感謝していた。
「ごめん、大声出して。口も悪かった……
でも、今言ったことは全部本音!だけど、ありがとう。僕が無傷なのは、龍牙がいてくれたからだ」
「…………………」
「てか、お前ほんと強いのな!司雀と虎珀が信じるのも分かるわ~。超かっこよかったもん!」
「っ!」
「なあなあ、さっきの炎のやつ。あれどうやってんの?噴火ってこと?凄かったよな!超熱かった!
あ!てか、体どう?僕、この力を妖魔に使ったことなくて。なんか気分悪いとかないか?大丈夫か?」
そう心配する日向の姿を、龍牙は真っ直ぐに見つめていた。
龍牙の中では、何もかもが疑問だった。
初めて会った時から、ずっと罵り続けていた。
1度、本気で殺そうとしたこともある。
日向を見れば、過去に自分をいじめた人間たちを連想していた。
だから、龍牙にとって日向は害だった。
だが、今の彼の姿は、龍牙が今まで見てきた人間とは大きく異なっていた。
心の底から心配をしてくれて、感謝してくれる。
人間でありながら、妖魔の無事を喜んだ。
何も分からない、何がしたいかも分からない。
それなのに……
「……えっ?」
「っ……」
龍牙は、涙を流していた。
(まただ……あん時と、同じ……)
痛くないのに、涙が溢れる。
初めて魁蓮に会った時と、同じ現象。
龍牙は涙を拭うわけでもなく、ただなるがまま。
日向はどこか悪いのかと、少し焦っていた。
しかし、そんな日向を落ち着かせるように、龍牙は日向の頭に手を置く。
「……?」
「……ハハッ、変なやつだな。妖魔の俺のこと気にするとか、イカれてんじゃん」
「えっ、そこまで言う……?」
「ばーか、悪口じゃねぇよ」
龍牙はふと、日向を見つめた。
そして、あることを思い出す。
「……悪かった」
「えっ?」
「見た目、気味悪ぃって言って」
日向は、昨日言われた龍牙の言葉を思い出した。
ずっと、気にしてくれていたのだろうか。
「っ!……あははっ、全然いいって!むしろ、そっちが普通の反応だと思うぜ?」
「……それと……」
「ん?」
「……あんがと、治してくれて。ほんとは、ずっと痛かったんだ。でも、こんな弱っているところを魁蓮に見られるのが嫌だったから」
龍牙の本音に、日向は驚いていた。
やはり、妖魔も人間と同じように痛みを感じるのだ。
強者であろうとするために、ずっと我慢をさせていたのだろう。
「うん、何となく分かってた。でも、もう我慢すんなよ?もし怪我をしたら、僕のところ来なよ」
「えっ……?」
「1番は怪我をしないことだけどさ。もし怪我してしまったら、いつでも治しちゃる!僕はこういうことしか出来んから。それに……
お前が元気になってくれることが、1番だからな!」
「っ!!!」
「せめて、僕の前では隠さんでいいからね」
日向は、満面の笑みを浮かべた。
まるで太陽のような、眩しい笑顔。
そして日向の言葉、全てが龍牙の心に突き刺さる。
初めて見た人間、不思議な力と不思議な見た目。
でも、その内側には誰よりも温かい心を持っている。
今まで、何もかも1人でこなしてきた。
怪我を心配されたことも無く、痛めつけられるばかり。
初めて龍牙のことを心配し、挙句元気でいて欲しいと願ってくれる。
感じたことの無い、温かさだ。
龍牙は日向から視線を外すと、ポツリと呟く。
「……龍牙……」
「ん?」
「龍牙って、呼んでいい……」
「え、いいの!
じゃあ、龍牙も僕のこと、日向って呼んでよ!」
「っ!」
「あははっ、なんか嬉しいなぁ。龍牙って呼んでいいんだぁ。やったね!」
日向はへなへなと、本当に嬉しそうに笑った。
その反応があまりにも無邪気で、龍牙は自然と嬉しくなってしまう。
「ひ、日向!」
「お?なになに?」
「もし……」
龍牙は、真っ直ぐに日向を見つめた。
これが正解なのかは分からない。
でも、嘘はつけなかった。
「もし、また何かあったら……俺が守ってやる!危険な目に合わないように、俺が日向を守る!」
「え、まじで?そりゃ頼もしいわ!
あ、だったらさ。もし龍牙が怪我したら、僕がすぐに治してあげるね。助け合いっこだ!」
「助け合いっこ……うんっ!助け合いっこ!」
2人は、互いに笑いあった。
初めて、心が通った瞬間だ。
その様子を、虎珀は後ろから見守っていた。
少しずつ変わっていく龍牙の態度、真っ直ぐに龍牙を見つめる日向の視線。
その光景が、あまりにも温かく感じた。
その時。
「無事か」
「っ……!」
虎珀の背後から声が聞こえた。
虎珀が振り返ると、そこには結界を解いた司雀と、魁蓮が立っていた。
虎珀は魁蓮に気づくと、浅く一礼をする。
「魁蓮様、お帰りなさいませ」
「忌蛇が知らせてくれた。すまない、遅くなったな」
「いえ、龍牙のおかげで皆無事です」
「……………………」
魁蓮は、じっと日向たちを見つめた。
日向に向けて笑顔を浮かべる龍牙の姿に、魁蓮はふぅっと安堵の息を漏らす。
「あの龍牙を丸め込んだか」
「そのようですね」
ポツリと呟いた魁蓮の言葉に、司雀は優しい声音で答える。
魁蓮の隣に並び、親のような眼差しを日向たちに向ける。
「龍牙が親離れしそうで、寂しいですか?」
「たわけ」
「ふふっ。ですが、初めてですね。龍牙が貴方以外であんなに笑顔を向けるのは」
「さあな……小僧のあの力は、妖魔にも効くのか……」
「やはり、知っていたのですね」
「ああ。それを皮切りに連れてきたからな」
「全くもう、相変わらず肝心なことは教えてくれませんね……
でも良かったです。龍牙と仲良くできたようで」
「ふん………………」
すると、魁蓮は笑い合うふたりの元へと近づいた。
この光は、日向が全快の力を使っている証。
突然のことに、龍牙も近くにいた虎珀も驚いている。
「おいっ、テメェ……何してっ」
「動かないで!じっとして!!!」
「なんだとっ……いいから、離せっ」
「嫌だ!!!お願いだから黙ってろ!!!!!」
「っ……!」
日向の怒鳴り声に、龍牙は言葉が詰まる。
日向は目を閉じて集中し、今までの中で1番力を振り絞った。
龍牙を包む淡い光が大きくなると、血だらけだった龍牙の傷がどんどん癒えていく。
「「っ!!!!!!!」」
神秘的な現象に、龍牙と虎珀は言葉を失った。
日向は歯を食いしばり、持ち得る力全てを使う勢いで、龍牙の怪我を治していく。
日向の頭は、ただ龍牙を治したい気持ちでいっぱいだった。
今まで、何度も避けられてきた怪我の治療。
もう、放っておくことは出来なかった。
「絶対、助けるっ……!!!!!!」
その気持ちに比例して、龍牙の怪我はどんどん治っていき、遂に龍牙の体を埋めつくしていた傷は全て消えた。
出血も無くなり、ずっと放置していた足の怪我も、嘘のように治っている。
全ての傷が治ると、龍牙を包んでいた淡い光は静かに消え、日向も龍牙から手を離す。
龍牙の傷が無くなったのが分かると、日向は緊張の糸が切れた。
「よ、良かった……妖魔にも、僕の力効くんだっ……」
(効かなかったらどうしようかと思ったぁ……!)
日向は、人間相手にしか力を使ったことがなかったため、内心ずっと心配していた。
自分の力のことは、日向も分かっていないことが多いため、新たな発見に安堵する。
だが、それとは裏腹に怪我を治された龍牙は焦っていた。
龍牙は慌てて起き上がり、日向の肩を掴む。
「おい!」
「えっ!?」
「お前、何した!?今の、何なんだよ!」
「え?何って、僕の力……………………あっ」
日向はそこで自覚した。
この力を容易に使ってはいけないこと。
この力を知っているのは、黄泉の中では魁蓮だけ。
そして魁蓮は、日向の力のことを彼らには伝えていない。
その全てを、前触れもなくさらけ出してしまった。
日向は自分の失態に、目眩がする。
(これ、バレてよかったんかなぁ……ハハハッ……)
バレたら殺されるのだろうか。
そんな心配が脳裏を過って、気が遠くなる。
対して、何も答えてくれない日向に、龍牙は怒りが募る。
何をされたのか分からない、ずっと感じていた怪我の痛みも消え、元通りになっていた。
普通に考えれば、怪奇現象と変わらない。
何より不満だったのは、人間になにかをされたということ。
「お前、何勝手なことしてんだよ!俺に何をした!?」
「っ……」
その時、日向は龍牙の言葉にピクっと反応する。
プツンと、何かの糸が切れたような気がした。
眉をギュッと顰めて、自分の肩を掴む龍牙の手を思い切り振り払うと、日向は強引にバシッと龍牙の両頬を掴む。
いきなり頬を捕まれ、龍牙は目を見開いた。
「いってぇ!テメェ!なにしてっ」
「あのさぁ!?」
「っ!」
日向は龍牙の言葉を遮ると、日向はグイッと龍牙の顔を引き寄せて、間近な距離で龍牙を睨みつける。
そして、溢れんばかりの不満を言葉に乗せた。
「お前、いい加減にしろっての!どれだけ心配したと思ってんだよ!だいたい、あんな傷ほったらかすって馬鹿なわけ!?なんで我慢なんかすんだよ!怪我をしたら治す!当たり前のことだろうが!」
「はっ……?」
「しかも、弱者とか弱っちぃとかボカスカ言いやがって!そりゃ僕は弱いよ!戦ったことねぇし!でも、だからといって心配しちゃ駄目な理由じゃないでしょーが!」
「ちょっ……」
「お前が人間嫌いなことは分かってる!僕に話しかけられるのも、心配されるのも嫌だってことも分かってる!だけど!怪我をしているのが妖魔だとしても、それを放っておけるほど僕は冷めた人間じゃない!」
「っ…………」
「何考えてたか知らんけど、怪我してんの隠してんじゃねえよ!何かあってからじゃ遅い!
僕のこの力は、死んでしまったら意味ないんだよ!!」
そう叫ぶ日向の目には、涙が溢れていた。
弱い、弱者、戦えない。
それは自分が1番分かっていること、だからこそ悔しい思いを何度もしてきた。
なんでも治せる万能な日向の力でも、死者には効かない。
生きているうちでしか、助けることが出来ない。
そのせいで、今まで助けられなかった命も沢山ある。
「お前は強いよ、本当に。でも、そのせいで何もかも我慢しているように見える……怪我をするのは、弱いやつの証だって言っているようで……
そんな事ない……強い人だって、怪我くらいするだろ……」
「……………………」
「お前らみたいな強い奴には分からねぇかもしんねぇけど、何も戦えない弱い僕らは、いつも怖いんだ。強い人は……何もかも我慢して、弱い面を見せてくれないから。知らないところで死ぬんじゃないかって」
日向は、瀧と凪を思い出していた。
現代最強の仙人である2人は、仙人にも民にも期待を寄せられている。
でもその裏で、彼らにしか分からない苦しみがあることを、日向は知っていた。
強者ゆえの孤独、それを陰から感じていた。
龍牙も同じ、強くあろうとするあまり、1人で抱え込もうとする。
そんな姿が、瀧と凪と重なってしまった。
「弱いとこくらい、あったっていいだろ。戦って怪我するのは、頑張った証であって弱い証じゃない!強い人は弱いところを見せちゃいけないなんて、誰が言ったんだよ!お前の周りには、頼れる仲間がいるんだから!1人で抱え込もうとすんな!
お前が妖魔でも、僕は自分を助けてくれた人には死んで欲しくない!」
「っ……」
「だからっ……」
日向は龍牙から手を離すと、真っ直ぐに龍牙を見つめた。
そして、精一杯の優しい笑みを浮かべる。
「ありがとう、助けてくれて」
「っ!」
「お前のおかげで、虎珀も僕も、ここにいるみんなも死なずに済んだんだよ。だから、ありがとう」
人間と妖魔。
この2つは、決して対等に生きることは出来ない。
この先の時代も、きっと拮抗し合う。
その未来があるとしても、ひとつひとつがそうとは限らないだろう。
龍牙は、日向を嫌っていながらも守ってくれた。
怪我はないかと気遣ってくれた。
町のみんなを守るため、司雀に結界を張れと指示を出した。
彼自身がどう考えているかは分からないが、彼のおかげで皆が救われた。
その勇姿に、日向は感謝していた。
「ごめん、大声出して。口も悪かった……
でも、今言ったことは全部本音!だけど、ありがとう。僕が無傷なのは、龍牙がいてくれたからだ」
「…………………」
「てか、お前ほんと強いのな!司雀と虎珀が信じるのも分かるわ~。超かっこよかったもん!」
「っ!」
「なあなあ、さっきの炎のやつ。あれどうやってんの?噴火ってこと?凄かったよな!超熱かった!
あ!てか、体どう?僕、この力を妖魔に使ったことなくて。なんか気分悪いとかないか?大丈夫か?」
そう心配する日向の姿を、龍牙は真っ直ぐに見つめていた。
龍牙の中では、何もかもが疑問だった。
初めて会った時から、ずっと罵り続けていた。
1度、本気で殺そうとしたこともある。
日向を見れば、過去に自分をいじめた人間たちを連想していた。
だから、龍牙にとって日向は害だった。
だが、今の彼の姿は、龍牙が今まで見てきた人間とは大きく異なっていた。
心の底から心配をしてくれて、感謝してくれる。
人間でありながら、妖魔の無事を喜んだ。
何も分からない、何がしたいかも分からない。
それなのに……
「……えっ?」
「っ……」
龍牙は、涙を流していた。
(まただ……あん時と、同じ……)
痛くないのに、涙が溢れる。
初めて魁蓮に会った時と、同じ現象。
龍牙は涙を拭うわけでもなく、ただなるがまま。
日向はどこか悪いのかと、少し焦っていた。
しかし、そんな日向を落ち着かせるように、龍牙は日向の頭に手を置く。
「……?」
「……ハハッ、変なやつだな。妖魔の俺のこと気にするとか、イカれてんじゃん」
「えっ、そこまで言う……?」
「ばーか、悪口じゃねぇよ」
龍牙はふと、日向を見つめた。
そして、あることを思い出す。
「……悪かった」
「えっ?」
「見た目、気味悪ぃって言って」
日向は、昨日言われた龍牙の言葉を思い出した。
ずっと、気にしてくれていたのだろうか。
「っ!……あははっ、全然いいって!むしろ、そっちが普通の反応だと思うぜ?」
「……それと……」
「ん?」
「……あんがと、治してくれて。ほんとは、ずっと痛かったんだ。でも、こんな弱っているところを魁蓮に見られるのが嫌だったから」
龍牙の本音に、日向は驚いていた。
やはり、妖魔も人間と同じように痛みを感じるのだ。
強者であろうとするために、ずっと我慢をさせていたのだろう。
「うん、何となく分かってた。でも、もう我慢すんなよ?もし怪我をしたら、僕のところ来なよ」
「えっ……?」
「1番は怪我をしないことだけどさ。もし怪我してしまったら、いつでも治しちゃる!僕はこういうことしか出来んから。それに……
お前が元気になってくれることが、1番だからな!」
「っ!!!」
「せめて、僕の前では隠さんでいいからね」
日向は、満面の笑みを浮かべた。
まるで太陽のような、眩しい笑顔。
そして日向の言葉、全てが龍牙の心に突き刺さる。
初めて見た人間、不思議な力と不思議な見た目。
でも、その内側には誰よりも温かい心を持っている。
今まで、何もかも1人でこなしてきた。
怪我を心配されたことも無く、痛めつけられるばかり。
初めて龍牙のことを心配し、挙句元気でいて欲しいと願ってくれる。
感じたことの無い、温かさだ。
龍牙は日向から視線を外すと、ポツリと呟く。
「……龍牙……」
「ん?」
「龍牙って、呼んでいい……」
「え、いいの!
じゃあ、龍牙も僕のこと、日向って呼んでよ!」
「っ!」
「あははっ、なんか嬉しいなぁ。龍牙って呼んでいいんだぁ。やったね!」
日向はへなへなと、本当に嬉しそうに笑った。
その反応があまりにも無邪気で、龍牙は自然と嬉しくなってしまう。
「ひ、日向!」
「お?なになに?」
「もし……」
龍牙は、真っ直ぐに日向を見つめた。
これが正解なのかは分からない。
でも、嘘はつけなかった。
「もし、また何かあったら……俺が守ってやる!危険な目に合わないように、俺が日向を守る!」
「え、まじで?そりゃ頼もしいわ!
あ、だったらさ。もし龍牙が怪我したら、僕がすぐに治してあげるね。助け合いっこだ!」
「助け合いっこ……うんっ!助け合いっこ!」
2人は、互いに笑いあった。
初めて、心が通った瞬間だ。
その様子を、虎珀は後ろから見守っていた。
少しずつ変わっていく龍牙の態度、真っ直ぐに龍牙を見つめる日向の視線。
その光景が、あまりにも温かく感じた。
その時。
「無事か」
「っ……!」
虎珀の背後から声が聞こえた。
虎珀が振り返ると、そこには結界を解いた司雀と、魁蓮が立っていた。
虎珀は魁蓮に気づくと、浅く一礼をする。
「魁蓮様、お帰りなさいませ」
「忌蛇が知らせてくれた。すまない、遅くなったな」
「いえ、龍牙のおかげで皆無事です」
「……………………」
魁蓮は、じっと日向たちを見つめた。
日向に向けて笑顔を浮かべる龍牙の姿に、魁蓮はふぅっと安堵の息を漏らす。
「あの龍牙を丸め込んだか」
「そのようですね」
ポツリと呟いた魁蓮の言葉に、司雀は優しい声音で答える。
魁蓮の隣に並び、親のような眼差しを日向たちに向ける。
「龍牙が親離れしそうで、寂しいですか?」
「たわけ」
「ふふっ。ですが、初めてですね。龍牙が貴方以外であんなに笑顔を向けるのは」
「さあな……小僧のあの力は、妖魔にも効くのか……」
「やはり、知っていたのですね」
「ああ。それを皮切りに連れてきたからな」
「全くもう、相変わらず肝心なことは教えてくれませんね……
でも良かったです。龍牙と仲良くできたようで」
「ふん………………」
すると、魁蓮は笑い合うふたりの元へと近づいた。
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